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第三章 2.赤い瞳

「Cランクのハルトさんじゃないですか。今日は、よろしくお願いしますよ」


 そう言って挨拶してきたのは、今日同行する事になった男五人組の冒険者グループのリーダーで、名前は……忘れた。


 前に一度近場で狩りをした時に、野営地で一緒になったグループで、Dランクだったのは覚えている。


 冒険者の数はかなり多い。

 強い印象に残っていないと、名前なんて忘れちゃうんだよね。


 特にこの世界の住人は洋名っぽいんだ。

 ただでさえオレは他人の名前なんか忘れやすいのに、洋名って今まで触れ合っていないせいか、輪をかけて忘れやすいんだよな。


「こちらこそ、今日はよろしくな」


 オレはそう言って、笑って誤魔化すのだった。


 この人たちとも何度か顔を合わせたら、その内名前ぐらい覚えるだろう。


 ちなみに、冒険者同士ランクの確認は互いに行うが、レベルは聞いてこないんだよな。


 おっさんにも聞かれた事がない。

 どうやら、自分がどのレベルなのかという情報は、職業上極秘にしたい問題らしい。


 見栄とプライド。

 そして、けん制のため……なのかもしれない。

 

 それにしても、このリーダーもその仲間たちも気さくに話しかけてくれるな。


 おっさんと別れ、現在は目的地である洞窟に向かう途中。

 人見知りが発動し、若干気まずい思いをしていたのだが、おかげで大分気持ちが楽になってきた。


 お茶やお菓子なんかもくれるし、いい奴らかもしれないな。

 他の冒険者とはあまり関わった事はなかったが、冒険者はこうやって親睦を深めたりするんだろう。


 依頼を共にしたら、運命共同体だもんな。


 いっちょ、オレも頑張るかね。

 決して食べ物に釣られた訳じゃ無いんだからねっ!




《ハルト、山賊だよ!数は……8。いや、森の奥にかくれてる『べつどうたい』12を合わせて、20だ》

《了解。さすがネムだ!》


 目的地までちょうど中間位に差し掛かった頃、ネムから念話が届いた。


 久しぶりの山賊登場だな。


 さて、8人か。

 こちらには、オレたちの他に冒険者5名いる。

 もはや山賊など恐るるに足らないが、別働隊の12人が不気味だな。


 取りあえず、冒険者たちにこの事を伝えるか。

 オレはリーダー各の男に状況を説明する事にした。


「この先に山賊が出たようだ」

「なっ、……何故わかるっ?」


 何故か、急に挙動がおかしくなるリーダー。


 ああそうか、いきなりそんな事言ってもビックリするよな。


「気配だよ。……冒険者なら分かるだろう?」


 適当な事を言ってごまかすオレ。


 「冒険者なら分かるだろう?」っていいセリフだ。

 大抵の事は、この言葉で誤魔化せる気がする。


「……さすが、Cランクのハルトさんですねぇ」


 ほらな。

 うまく誤魔化せたみたいだ。


「お世辞はいいよ。数はオレたちより少し多いくらいか?――他に、仲間がいなければな」


 あまり正確な数字を言うと怪しまれる。

 こう言っておけば怪しまれないだろうし、注意もしてくれるだろう。


 案の定、このグループに焦りの色が浮かぶ。


「大丈夫だ。あちらさんは、まだオレたちが勘づている事を知らない。奇襲を仕掛け、一気に殲滅させよう」

「あっ。……ああ、そうだな」


 リーダーの顔色が悪い。

 人を殺す事に抵抗があるのだろうか?


 確かに、オレだって抵抗が無い訳じゃない。

 未だに剣や魔法を使って、人を殺した事は無いしな。

 だが、なるべく殺さない方向で行きたいが、相手だって殺しにかかってくるんだ。


「気持ちは分かるが、こちらが殺らなきゃ殺られちまうぞ?」

「ああ、分かってる。……分かってるよ」


 顔を真っ青にさせるリーダー。

 その発言、まるで自分に言い聞かせてるみたいだ。


 これは、思いのほか頼りにならないな……。


「取りあえず、作戦を立てるぞ」


 このグループのリーダーに任せる訳にはいかない。 

 とりあえずオレはこの場を仕切り、作戦を伝える事にした。




「うわあああああっーー-!」


 冒険者グループの一人が、奇声を発しながら山賊に突っ込んでいく。


 おいバカッ!

 それじゃあ、奇襲にならないだろ!


 オレたちの立てた作戦はこうだ。

 馬車を囮に使い、オレとネムが先行しながら森の中を進む。

 山賊たちを引き寄せたら、背後からオレたちが出て行き冒険者グループと挟み撃ちにする。


 毎度バカの一つ覚えの奇襲だが、今回も相手の方が数が多い。

 正々堂々戦っても勝てるだろうが、万が一の可能性もあるのだ。


 ――だが、これじゃあ計画が台無しだ。


 山賊たちも、大声を発して突っ込んで行く冒険者を見て警戒されたか、逃げ出してしまった。


 別働隊と合流されるとマズイな。


《ネム、オレはあいつを連れ戻す。お前は残りのやつらと馬車を守ってくれ》

《分かった。……ムリはしないでね》

《もちろんだ。それより、残りのやつらを頼む。これ以上、バカな行動を起こされても困るからな》


 オレは残りの冒険者に状況を説明し、迷惑な冒険者を連れ戻す事にした。




「――チッ!」


 走って追いかけるが中々発見できない。

 これ以上進むと、山賊の別働隊が待ち伏せしている可能性がある。


 そろそろ引き返した方がいいか?


 あいつだって冒険者だ。

 覚悟を持っての行動だろう。


 覚悟か……。


 不意に、オレはオリヴィアの事を思い出した。


 ……なるべくは助けてやるか。


 そう思い直し、オレは冒険者を探す事とした。




「クッソ、それにしてもあいつ、どこへ行ったんだ?」


 探し始めて10分ほど経過した。

 迷惑な冒険者は中々発見できない。


 全速力で走って行ったからな。

 マジで死にたがり野郎だ。


 こうなっては仕方がない。

 一度戻って、ネムと合流して情報を確認した方がいいだろう。


 ――そう結論に至った時だった。

 木々の間から洞窟の中に入っていく冒険者を発見した。


 世話掛けさせやがって。

 本当に馬鹿野郎だな!

 のこのこ洞窟の中に入って行くなんて、罠だったらどうするんだよ!?


「おーい、待てよ!」


 周囲を警戒しながら呼びかけるも返事が無い。

 聞こえていないようだ。


 ……しょうがないな。


 オレは剣を鞘から抜き放ち、洞窟に入る覚悟を決めた。




 洞窟の中は薄暗く、少しだけ肌寒かった。


 こんな事ならネムを連れてくるんだった。

 どこに敵がいるか分かったもんじゃない。


 天井から水滴がオレの手のひらに滴り落ちる。


 ……?

 ああ、そういえば、もらった焼き菓子を食べる為グローブを外していたんだった。


 オレは鞄からグローブを取り出そうとして――やめた。


 奥に影が見えたからだ。


 オレは、剣を構える。


 子供か?

 かなり小さい人影だ。


 何故、こんな所に子供がいるんだ?

 ネムの情報には無かった存在だな。


 人影はオレの間近まで来ると、消え入りそうな声で呟いた。


「……たすけて……くだ……さい」


 暗がりの中、よく目を凝らして見る。


 ボロボロの服――と言うより布だな――をまとった子供だった。


 やはり、子供か。


 オレは少し警戒を弱める。


 髪の毛はボサボサの銀色で、身体は痩せこけている。

 薄汚れた肌は青白く生気を感じない。


 鉄製の首輪を付けているな。……という事は、奴隷なのか?


 これじゃあ、オレが以前食人鬼から助けた農奴たちの方がよっぽど健康的に見える。


 ん?

 耳が垂れ下がってはいるが、ササの葉のように長くとがっている。


 モニカ先生より長いし……エルフだろうか?


 ボサボサの前髪の隙間から瞳が覗く。

 その瞳は、ルビーのように赤い。


 オレは何かを思い出しそうになったが、思い出せないでいた。

 他の事が、頭を支配していたからだ。


 ――それは、その瞳に宿る絶望。


 オレだって、世捨て人ぐらい見たことはある。

 死にたがっていたヤツの目だって見た。


 だが、これは……。


 この子供の人生で、ここまで絶望する事があるというのだろうか?

 それでもまだ、助かりたい――死にたくはないものなのか。


「……ごめん……なさいっ……!」

「……なっ!?」


 その疑問に一瞬だけ、反応が遅れてしまった。

 子供が後ろ手に隠し持った短剣に、手の甲を少し切りつけられてしまう。


「ごめんなさい。……ごめんなさいっ。……わたしっ……ううっ……」


 子供はオレを切りつけた後、足がもつれたのか倒れ込んでしまう。


 いや、斬りつけるという動作に身体が対応しきれなかったみたいだ。


 ……おいおい、謝るくらいなら初めからやってくるんじゃねーよ。


 ボロボロの姿からは分からなかったが、声をよく聞いてみると女の子のようだ。


 初めの「助けて下さい」ってのは、オレの気を引くウソだったのだろうか?

 それにしちゃあ、迫真の演技だったがな。


 ……演技で、あんな瞳は出来るもんなのか?


 さしずめ、お腹が減って止む無くオレに襲いかかって来たというところだろうな。


 オレは、冒険者からもらった焼き菓子の残りを鞄から取り出す。


「ああ、いいよ。腹が減ってるのか?……これ、を……?」


 ……あげるよ。


 そう言いかけると、急に目まいを感じ、オレの身体が地面に付いた。

 どうやら、その場へ倒れ込んでしまったらしい。


「なっ……?」


 身体が痺れて思うように動かない。

 倒れて地面に身体を打ち付けた痛みよりも、焦りが先に来る。


 まさか、短剣に毒が塗ってあったのか?


 完全に油断していた。

 まさかこの子も、山賊とグルだったという事だろうか?


「ごめんなさい。……ごめんなさい。……ごめんなさ……」


 倒れ込んだオレを横目に見ながら、呟くように謝り続ける少女。


 お互い倒れ込んだままで、今度はお見合いかよ。


 少女と目が合った。

 その少女の瞳の絶望はさらに濃くなったように感じる。


 ……そんな眼をするな。

 その眼は……嫌いだよ。


 くそっ!ここで終わる訳には行かない。……このくらい、まだ動けるはずだ。

 オレの体力さんを、舐めるなよっ!


 オレは大きく息を吸い込んで、身体を立ち上がらせようとする。


 ――その時、鈍い音と共に、オレの頭に強い衝撃が伝わった。


 とんがり帽子がオレの頭からハラリと落ちる。


 消えそうな意識の中で後ろを振り返ると、棍棒を持った冒険者の姿が目に入った。


「おいおい、しぶとい奴だな?……痺れ薬を食べ物にも沢山仕込んでおいたんだけどな?」

「……おま、え……まさか」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みと浮かべると、冒険者は再度オレに棍棒を振り下ろす。


 そこで、オレの意識は途絶えた。





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