第二章 幕間4.ポンポンちゃん④
《うへぇ……》
作戦を決め、ネムとオレは食人鬼の暮らす洞窟に侵入した。
ネムのマッピングで調べた所、この洞窟は入り口が一つしか無いらしい。
洞窟の中は、暗く生物の骨や食べ残しで溢れかえっており、かなりの悪臭だ。
ネムがわざわざ念話を使ってオレにアピールしてくる訳だな。
こういう時、映画とかだと骨を踏んで気付かれちゃうんだよな。
観ている分にはただの間抜けに感じるが、実際その現場に行くと死の気配やら悪臭やらで気が散ってあやまって踏んでしまいそうになる。
気を付けなければ……。
こういう骨とフラグは踏まないに限るぜ!……などと、うまい事を考えてみた。
案外オレはまだ冷静のようだ。
ネムが言うには食人鬼はまだ寝ているらしい。
かなり時間をくっている。
日が沈むまであと少し、さっさと片付けよう。
途中見張りの食人鬼が、グーグーといびきをかいて寝ていた。
それにしても臭い。
そして、不潔だ。
その辺の食べ残しより、こいつらの方がよっぽど臭いぞ。
《……おはなが曲がりそうだよっ!》
ネムがものすごく不快そうな顔をしている。
オレは、食人鬼の後頭部に目がけて問答無用で『何でも切れる剣』を突き刺した。
ソウルイートでも殺せるんだが、使う場合は直接手を触れなくてはならないし、何より隙が多い。
暴れられたらアウトだし、汚いからあまり触りたくないんだよな。
「グッ、ガ……」
小さなうめきを最後に、見張りの食人鬼は息を引き取った。
まずは一匹……。
その後も食人鬼を順調に退治していき、オレたちは捕まった人間の所までやって来た。
気分は暗殺者、必殺仕〇人のテーマが頭に流れている。
食人鬼は残す所、後一匹だ。
こいつは少し離れた所にいるらしい。
ネムと相談して、先に捕まった人間の救出を優先させる事にした。
……運のいい奴だ。
よく見るとこの牢屋、生物の骨や木の枝で作られている。
何とも醜悪で、こんな悪趣味な物作れるなんて、逆にこいつら賢いんじゃないかと思ってしまうほどだ。
センスが人間とはかけ離れているんだろう。
オレは、捕まっている人たちに向け小声で話す。
「みなさん助けに来ました。生存者はここにいるだけですか?」
捕まってるのはここに居る三人って知ってるんだけどね。
念のためってやつだ。
「ああぁ……ありがてぇ、生きてるのはもうオラたちだけだぁ」
口々に感謝の言葉をオレに告げる農奴さん……あんまり、農奴って言葉好きじゃないな。
何人か食べられてしまったらしく、みんな目に涙を浮かべている。
とにかく今は、地上に戻るとするか。
「……みなさん。では、地上に戻りましょう。静かについて来て下さい」
オレたちは慎重に進み、最初に倒した見張りの一体の所までやって来た。
途中、死んだ食人鬼を見て、捕まっていた人たちは青い顔をして震えていた。
うん、臭いもんな!
《ハルト、一匹うごきだしたよ!》
ネムから念話だ。
ここは、うまくオレが誘導しよう。
「みなさん止まって下さい。一匹動き出した気配がします。静かに物陰に隠れて下さい」
捕まっていた人たちは大慌てで岩陰なんかに隠れていく。
《ネム、こちらに近づいてきそうか?》
《ううん。……あれ、おかしいな?急にマップに……入口が……?》
ネムが焦り出す。
はて、入口……?
《……ハルト!まずいよ。一匹外へぬけ出したみたい……》
《入口は一つだったんじゃないのか?》
《それが、……急に抜け穴が空いて、そこから外へ出たみたいなんだ!ポンポンちゃんが危険だよ!》
急に抜け穴?
考えられるとしたら、岩でもう一つの入り口を塞いでおいたとか……だろうか?
これはネムの能力の盲点かもしれない。
こんな原始的な手で……いや原始的だからこそ盲点か。
いや、今はそんな事考えている場合じゃない。
オリヴィアが、食人鬼に見つかったらマズい。
ここは早く外に行かなくては!
「みなさん!ここに隠れていて下さい。すぐに戻ってきます!」
オレとネムは、洞窟の入口へ向かって走り出す。
――その時だ。
「キャアアアアアアッ!」
外からオリヴィアの叫び声が聞こえてきた。
くっ、最悪の事態だ!
「ヴマゾウダ……な」
食人鬼は気味の悪い声を上げ、ニヤニヤしながら、オリヴィアを掴みあげている。
体長は10mと、今まで倒した食人鬼よりかなりデカい。
強く身体を掴まれ意識がもうろうとしているのか、オリヴィアはぐったりとして動かない。
ネムの話しでは、ほとんどダメージは受けていないそうだが……。
おのれ、奇〇種めっ!
「おい、そこのブサイク。モテないからって、女の子さらってんじゃねーよ!」
「ンンガ?……マダァ、エモノダぁ」
「獲物はお前だよ!この犯罪者野郎!」
オレは、何度も執拗に、食人鬼へ挑発を繰り返す。
『何でも切れる剣』で突き殺すのもいいが、先ほどからオリヴィアを持つ腕をぶらぶらさせており、狙いがつけづらい。
……まずは、オリヴィアの安全を優先させよう。
「ゴノぉ、ニグノグゼにぃ!」
「クセーし、何言ってか、半分も分からねェんだよ!このタワケが!」
「ナンガンガー!!美味しゾウなニオイざぜでェェエ!!」
食人鬼は怒り狂い、涎を飛ばしながらオレに掴みかかろうとする。
――今だっ!
オレの思いとほぼ同時に、茂みから声が響く。
「……風刃!!」
ネムが風の魔法を解き放つ!
圧縮された風の刃は、食人鬼のオリヴィアを掴んでいる腕を安々と斬り伏せた。
さすがは、ネムだぜ!
狙いは外さない。
寡黙な凄腕スナイパーのようだ。
「イ、イダイゾ、いだいゾゥーー!!ヌガアアアアァアアアッッゥ!!!!」
片腕を失った食人鬼は、戦意を喪失する所か怒り狂い、血走った眼をキョロキョロとさせ、攻撃してきた相手を探し出そうとする。
食人鬼から解放されたオリヴィアは、まだ意識がもうろうとして動けないでいるようだ。
食人鬼はネムを見つけられないのか、怒りの矛先をオリヴィアに定め、残った腕で殴りかかろうとする。
さて、次はオリヴィアの覚悟ってヤツを見せてもらうかね。
「――オリヴィア!盾を構えろ!!」
オレの言葉に、我に返ったオリヴィアは大盾を構える!
刹那、周囲に鈍い音が響き渡る。
「ぐっうう……!」
オリヴィアは食人鬼の攻撃を、その大盾で何とか耐えきって見せた。
地面には、攻撃の強さを物語るように、オリヴィアを引きずった跡が出来ていた。
凄いじゃないか!
格上の相手の攻撃を、よく耐えたもんだ。
――それなら、こうしよう!
オレもなんだか、ノッて来たようだ。
たまには、その場のひらめきに身体を任せてみるとしようじゃないか!
「オリヴィア、もう一度盾を地面につけて構えろ!!」
「くっ!……分かりましたわ!!」
オリヴィアは言われた通り、大盾の先を地面つけ腰を深く下し、防御の態勢を取る。
「じゃあ、行くぜ。――耐えろよ!」
「……はいっ!」
オレは、オリヴィアに向けて全力で走り出す。
そして、彼女と大盾を踏み台とし、空高くジャンプする!
「……死ねよ!ファ〇キン、カニバ野郎!!」
オレは落下する力と全身の力を使い、曲刀を食人鬼の頭に突き刺した。
食人鬼は、オレを振り払おうとジタバタと暴れる。
だが、オレが頭から剣を引き抜くと、食人鬼はプツリと糸が切れたようにその場に崩れ落ちたのだった。
「凄いぞ、オリヴィア!」
格上相手に、堂々たる壁役。
大金星じゃないか!
オレはオリヴィアに駆け寄った。
褒められれば嬉しい。
これはネムに教えてもらった事だな。
すごい事をしたら、いっぱいチヤホヤして褒めればいい。
これが『認める』ってことだよな?
オリヴィアは、放心しているようだ。
まだ、状況が理解できていないのかもしれない。
その顔は、まるで魂が抜けきってしまったかのようだ。
よく見ると、よほどこわかったのだろう、大盾を抱きしめながらのプルプル震え、女の子座りをしている。
そして、その周りには小さな水たまりが出来ていた。
こうやって見ると、守ってあげたくなるくらい可愛いらしい。
……ん?
水たまり……?
しばし、沈黙が流れた。
「……何かあったの?」
ネムが近づいてきた。
急激に思考が回り出す。
「……ネム、今オレたちは……その、血まみれなんだ。水魔法で水をかけて洗い流してくれないか?」
「へ?血まみれ?」
キョトンとするネム。
あ、うん。
分からなくてイイんだよ。
「そうだよ。……血まみれなんだ」
「……うん、わかったよ?」
いぶかしがりながらも、ちゃんと水を「ザッバッバーン」とかけてくれるネムはマジで紳士だと思う。
そうして、オレたちの血はきれいに洗い流されるのだった。
何があったかって?
オレは言わないよ。――だってオレ、大人だからねっ!?
依頼主に事情を説明し、助けられた農奴さんは依頼主の農園経営者の元へ帰っていった。
「このまま逃げるか」と聞いたのだが、「農園経営者は、ご飯をちゃんと食べさせてくれるいい人だ」と言い、残ると言っていた。
食人鬼の討伐金額は、一匹金貨1枚だけ。
普通の冒険者がどれだけ大変な思いをして稼いでいるのかが伺えるな。
ちなみに、この金額はオリヴィアと均等に山分けする事になった。
そして、帰りの馬車の中。
またしても、気まずい沈黙がオレたちを包んでいた。
「……確かにまだ働きは悪いかもしれんが、オリヴィアも毎日厳しい鍛錬に耐え抜いているのだ。許してやってくれ」
おっさんは、何かを勘違いしたのか的外れなフォローをし出す。
「……今回戦えたのは、ランドル様のお蔭ですわ」
「ポンポンちゃんすごかったんだよっ。食人鬼の攻撃を、ガッツーンってたえたんだよ!」
ああネムさんや、その辺は結構デリケートな問題をはらんでいるのだよ!?
そうしてオレの予測通り、またしても馬車内は気まずい沈黙が訪れた。
うう、気まずい……。
なにか、不自然にならないような、話のネタを考えなけばっ!
毎日の鍛錬か……うーむ。
それにしても、厳しい鍛錬……か。
確かに毎日あのしごきに耐えれば、根性はつくよな。
オレなら筋肉痛で、動けなくなるけどね。
ん?
待てよ……筋肉痛?
「……なあ、オリヴィア。今日、動きが重かったように感じるんだが、ひょっとして筋肉痛とかになってないか?」
オリヴィアは、オレの質問に顔を赤らめながら答える。
いや、顔を赤らめんなよ。
オレは何も見てない、知らないんだっ!
「……確かにそうですが、そんな事……言い訳に出来ませんわっ!」
あの、オレはな……今日のお前は、本当によくやったと思ってるんだよ。
ただその辺りの話をすると、どうにも思い出してだな……。
それにしても……まずいな。
何が、まずいって毎日の鍛錬の事だ。
「あのな、このおっさんは体力お化けなの。そんなおっさんと同じメニューなんてしたら、身体が潰れちまうぞ!」
「――しかし、ハルト様もそのメニューに耐え抜いたと聞きました。……私は、強くなりたいのですわ!」
ああ、そういう事ね。
オレの場合、基礎体力が高いからついて行けただけなんだがな。
この際沈黙は気まずいし、考えていた事の検証も含めて、ある事を話してみるか。
考えていた事ってのは、おっさんの基礎能力が同じレベルの冒険者よりもかなり高いって事なんだよな。
つまり、この世界はレベルアップとは他に、鍛錬をする事で基礎能力が上がるのではないかという事なんだ。
効果的なトレーニングでどれくらい基礎能力が上がっていくか検証してみたいと、前々から思っていたんだよね。
「あのな。オレの故郷に『超回復』って理論があってだな……」
「なんだそれは?回復魔法か?」
横で聞いていたおっさんが質問してくる。
確かに中二病っぽい名前だが、魔法じゃないんだよな。
「いや、魔法じゃなくてだな――」
オレは超回復の理論について説明を始めた。
超回復とは……。
実はオレも簡単にしか知らないんだが、要は、筋トレなんかで筋肉を傷めつけると、数日後に筋肉は修復され、以前より少し強い筋肉がつく事。――この以前の状態を超えて筋肉が回復する事を『超回復』と言うらしい。
この理論を頭に入れ、がむしゃらに鍛えずに、トレーニング後はちゃんと休養を取りながら、効率よく鍛えないと意味ないよって事かな。
ちなみにこの理論、学生時代プロレスラーに憧れたオレが、筋トレにハマり調べたものだ。
プロテインを買って本格的に鍛えたんだぜ。
今や脳筋だって、頭を使って鍛える時代なのだよ。
結果?
プロテインを飲むとお腹を壊すので……断念したよ。
まったく体格が変わらなかったと言っていい。
「なるほどな。言われてみれば当然かもしれん。これからは俺も、鍛錬を見直さなくてはならんようだ」
おっさんはつぶやく。
おっさん、お前は何を目指しているんだ?
……そうだな、ミィーカは三日に一度の鍛錬だから問題ないが、オリヴィアは問題だ。
この手のストイックなやつは、トレーニングのしすぎで故障して逆に弱くなるなんて結果になりかねない。
「いいか、厳しめのトレーニングは三日に一度くらいにしておけ。それと、普段は軽く走り込みをして、その分型稽古を念入りに行うんだ。――お前はオレと同じで思いつきやひらめきで戦うタイプじゃない。何度も反復練習をして、動きを身体に刷り込ませるんだ」
筋トレ箇所のローテーションを行いながら鍛えるのが一番効率がいいんだが、筋肉をふくらます事が冒険者にとって必ずしも正解という訳ではないだろう。
取りあえず、身体を休ませる重要性を理解してもらうのが大事である。
その上で、自信につながる方法を提案してみたつもりだ。
「分かりましたわ!」
この娘、なんだか嬉しそうだな。……そんなに筋トレが好きなのか?
「後は……そうだな。トレーニング後は、脂肪の少ない鶏肉や赤身肉、豆なんかのタンパク……いや、力の付く物を食べるように。牛乳や卵もいいぞ。……あまりに無茶なトレーニングを繰り返さなければ、おっさんみたいにキレッキレのムキムキにはならないはずだから大丈夫だ」
この辺りは、あくまで推測なんだがな。
「いいえ、問題ありません。――私はもう、女を捨てましたわ」
出たよ、必殺の「女を捨てた」発言!
試しにおっさんと同じ体型のオリヴィアを想像してみる。
……うえ、まずいぞ。
嫁の貰い手がねぇぞ、これ。
こんなトレーニングを紹介したなんてオリヴィアの両親に知れたら、オレ、刺されるかもしれん。
ここはやり過ぎないように、それとなくフォローしておくか。
「それとだな。……『冒険者である事』に誇りを持つなら、『女で冒険者である事』も誇りを持てよ。なかなかすごい事だぞ。簡単に『女を捨てた』なんて言うもんじゃないぞ!」
「かわいい女の子が、前線でがんばっていると気合が入るよねっ!」
おお、ネムよく言ったぞ。
ここはオレも便乗しよう。
「そうだな。今日はノリが違ったな」
適当なあいづちを打った後オリヴィアを見ると、ほおけた表情でオレを見ているのに気付いた。
オリヴィアは、まばたきすらしていない。
なんだ?……オレ、刺されるのか?
確かにオレは、見てはいけない物を見てしまったんだが……。
「本当ですの……?」
「……あ、ああ、本当だよ」
ヤバイ、殺られるかもしれない。
何だかえらく迫力のある表情だ。
ネムよ、先立つ不孝をお許しください。
「――今に、今に見ていてくださいね。私はきっと、あなたにふさわしい冒険者になって見せますわ!」
オリヴィアは、決意に満ちた瞳でオレにそう告げた。
そのすぐ後に、彼女の唇が「いまはまだ」「そのときは」と動いた気がした。
こ、こりは……
――噂に聞く『死の宣告』だ。
考えてみると、オレはオリヴィアに殺されてもおかしくないほどのフラグを踏み抜いている。
何が、骨とフラグは踏まないに限るだよっ!
オレは今日、一人の死神を『認めて』、自分の世界に招き入れてしまったのかもしれない……。




