第二章 幕間4.ポンポンちゃん②
「……準備いいぜ」
オレは片手で構えを取り、準備が出来た事をおっさんに伝えた。
「では、始め!」
「ハアアアァー!」
おっさんの合図で、気合の乗った掛け声と共に突進してくるオリヴィア。
取り巻きの歓声が、実に鬱陶しい。
なんだよ?突進って?
ただの猪じゃないか。
この女からは、才能のかけらも感じない。
本人は気付いていないのだろうか?
何故、こいつはそんな誇らしげな顔をしているんだ?
ふと、子供の頃の自分が頭をよぎる。――それは濁った瞳をしていた。
この女は、さぞかし素敵な生活を送って来たんだろうな。
でなければ、敵を前にしてこんな表情は出来ないだろう。
頭が沸いているとしか思えない。
……さっさと終わらせるか。
オレは無言で一歩下がると、左手に持っていた小石を投げつける。
これは、先ほど靴ひもを結び直すフリをして、こっそり隠し持った物だ。
「なっ!」
オリヴィア驚きの声を上げ、辛うじて大盾でそれを防いだ。
さわがしい女だ。……嫌になる。
本気では投げていないのだが、オレの高い筋力のせいかオリヴィアは少し態勢を崩したようだ。
見ると彼女の大盾は小石の形にヘコんでいた。
本気で投げればそんな盾、打ち抜けたんじゃないだろうか。
――そうしたら、もっと早く終わったな。
オレは彼女に向かって駆け寄り、体制を低くし、左手に砂をすくい上げる。
そして、態勢の崩れた大盾を思いきり蹴り上げ、彼女の顔に向け砂を浴びせ掛ける。
大盾は弧を描き、さわがしいギャラリーの方へ飛んで行った。
盾職が、盾を放しちゃ駄目だろ?
「ぐぅっ!卑怯な……がはっ……!」
なにやら叫んでいるオリヴィアに足払いを仕掛けると、倒れた彼女の首筋に木剣を突きつけた。
勝負ありだよな?
本来なら、ここで首を落として楽にしてやるんだが……。
「貴様ぁ!オリヴィア嬢に対して何て事を!」
「卑怯なっ!身の程をしれぃ!」
取り巻きたちは、口々に訳の分からない事をほざきながら、今度は真剣を抜きオレを睨み付けた。
そして、そのまま一斉に襲いかかってくる。
「いいねぇ。……さすが、真剣勝負だ。お前らの方が分かってるみたいだな?」
オレは木剣を構え、あえて取り巻きたちの肩に攻撃を打ち下ろして行く。
理由は簡単、頭を狙うと殺しちゃうからな。
一通り取り巻きたちをボコボコにした後、オレはオリヴィアに向き直った。
「――勝負あり。でいいか?……それとも、まだやるかい?」
「私の、負け……ですわ」
オリヴィアはビクッと震え、そう言った。
なんだ、……もう諦めるのか。
「……卑怯かと思いましたが、戦いとは常に実戦であり勝利こそが大事。……という事ですわね。ありがとう、いい教訓とさせて頂きました」
そう言って、オリヴィアは水で目を洗う。
「さあ、貴方達もハルト様に謝るのです。これは甘えた私達への、ハルト様なりの指導なのですわ」
その言葉に、取り巻きたちもオレに詫びを入れ出す。
――こいつら、何を勘違いしてるんだ?
おいおい『真剣勝負』だろ?
こんな木剣でも、当たり所が悪ければ簡単に死ねるんだぜ?
オレたちが練習してるのは『確実に殺す』技だろ?
オレはもはや考えるのも面倒臭くなり、短剣をオリヴィアに差し出す。
「――さて、じゃあ……さっさと、死ねよ」
一瞬時間が止まったように動きを止めた後、オリヴィアは信じられないものを見るような目でオレを見る。
「な……何を?」
「『真剣勝負』なんだろ?オレが殺したら犯罪になるから、『自分で死ね』って言ってんだよ」
「しかし……あれは……」
「『冒険者とは常に実戦』なんだろ?何やらプライドもあるようだし、死ぬ覚悟もあるんだろ?」
「……ですがっ」
オリヴィアは、下を向いて黙ってしまった。
取り巻きたちは一度ボコれば大人しいものだ。
オリヴィアと一緒に静かに押し黙っている。
おっさんもこちらを黙視していた。
おいおい、みんな黙りやがって。……オレ、沈黙嫌いなんだよな。
「おい、おっさん。この国の『真剣勝負』ってのは、命を懸けないでやるもんなのか?オレの国で『真剣勝負』ってのは、『殺し合い』の意味もあるんだが……この場合、オレの使い方が間違っているのか?」
「……いや、間違っていない。勝負の場で真剣勝負を謳い、複数で、さらに真剣まで抜いたのだ。お前の使い方で合っている」
「……だってさ。お前ら、黙ってないでささっと死ねよ」
それにしてもなんでオレはこんなにムカついているんだ?
普段なら、別に「冗談でした」で済ませるのにな。
……ああ、クソ、頭痛ぇな。
「……そろそろ許してやらないか?今回連れて来たのは、お前の練習を見せて、厳しさを教えようと思ったからなのだ。――このオリヴィアも、お前をパーティに誘いたいと言っていてな。……自分をアピールしたかったのだろう」
そうなのか?
そういえば、自己紹介した後、なにやらモジモジしていたような気がしないでもないが……。
だからって、こいつら……甘ったれすぎだろ?
「おっさん、オレもう帰るよ。……今後、こいつらが朝の鍛錬に来るならオレはもう来ない。――ちょっと、こいつらとは合わないみたいだ」
「……分かった。……それよりもハルト、顔が真っ青だが大丈夫なのか?」
顔が真っ青?
さっきから頭痛がするからな。
帰ってネムと二度寝するか……。
「大丈夫、こういう時は寝れば治るから。――じゃあな、貴族さま方。楽しくチャンバラごっこしてろよ」
とまあ、こんな事があったんだよね……。
ちなみに、頭痛は二度寝したらすっかり治った。
ネムたんはいつもオレの薬箱なのさ。
目を覚ました後考えてみると、完全にオレがやらかしていた事に気付いた。
と言うか、やり過ぎだ。
原因は何となく分かっている。
昔からなんだが、キレるとたまに冷酷な自分が顔を出す事がある。
全てが憎らしかった頃の自分だ。
いつの頃からか……ネムに会ってから無くなったと思ったんだけどな。
これでは完全にDQNだよな?
次の日、オレはおっさんには平謝りした。
おっさんの面子も潰してしまった可能性があったからだ。
おっさんは「お互い、出会う場所が悪かったのだろう。お前は間違っていない。……少々やり過ぎたがな」と言ってくれた。
やっぱ、やり過ぎだよな。
ミィーカに相談したら「ハルトの普段の練習を見たら、私だってうかつに『手合せしよう』なんて言えねぇよ。貴族が悪いんだ」とフォローされてしまった。
どうもヤンキーに認められている気がする。
オレは異世界に来て、ヤンキーデビューしてしまったらしい。
それにしても、練習中オレってそんなに殺気まき散らしてるの?
これからは気を付けよう。
先ほどから黙っているオレに、ネムは《この子にいじめられたの?》と念話を送ってくる。
そんなネムに「いいや、オレがボコボコにした後イジメました」なんて言えない。
それにこれは、ネムに見せたくないオレの一面なんだよな……。
オレは考えたあげく《苦手な女の子なんだよ》と伝えておいた。
おっさんは、初めの内は気を使って「傷薬をくれる優しいゴブリンの話」や「燕尾服を着たゴブリンに挨拶された話」など、ゴブリンにまつわる冒険者の噂話なんかを話してくれるのだが……。
これからゴブリンを倒しに行くのに、そんな話聞いたら殺りづらいじゃないか!
そこも気を使ってほしい。
沈黙に耐えかねたのか、おっさんはまた口を開く。
「あれからオリヴィアは、欠かさず鍛錬に来ているぞ。他の者は来ない。……大したものだ」
「……へぇ、それはすごいな」
気まずくて白々しい返事しか出来ない。
毎朝の鍛錬に来ているという事は、ミィーカと一緒に練習しているのかな?
お嬢様とヤンキーって合わなそうなんだが、大丈夫なのだろうか?
まあ、オレと顔を合わせるよりマシなんだろうが……。
ちなみにオレは、あれ以来、自宅でトレーニングを続けている。
気まずくて行けないのだ。
だがその事を、おっさんは何も言ってこないんだよな。
ちらりと、オリヴィアを見た。
初め見た頃はフルプレートアーマーだったが、今は金属製ではあるが、動きやすそうに改良されている。
……だが、見るからに重たそうだ。
女性でその鎧は大変だと思うんだがな。
オレの視線に気づいたのか、オリヴィアは口を開いた。
「私も、……その……今更ながら『覚悟』を致しました」
覚悟ねぇ。
オレから言いだしてなんだが、あまり好きな言葉では無いんだよな。
「女で冒険者ってのは、色々大変だと思うぞ」
「……でしたら、女も捨てますわ。――元々私が大盾を持ったのはその為、男になど負けないつもりでおりました。……冒険者である事を、我が誇りと致しましょう」
何をそこまでこの娘を駆り立てるのかねぇ。
あの後考えたんだが、覚悟が無いのは別に悪い事ではないんだよな。
オレだって大学時代は適当にやっていたし、バイトだって真面目にやっていなかった。
社員や、真面目に勉強してるやつには「覚悟が足りない」と思われていただろう。
オレだって舐め腐って生きて来たんだ。
オリヴィアだって、取り巻きだって、適当に冒険者やってハクをつけたら騎士にでもなって、結婚すれば幸せな人生が待っていたかもしれない。
それをオレが噛みついてコケ落としただけなんだよな。
今回オリヴィアは、何を思って同行したのだろうか?
一人しか来ていないと言う事は、取り巻きたちはオレが来ることを知って参加を取りやめたのだろう。
そりゃあそうだ。
オレも相手と同じ立場では絶対に参加しない。
ひょっとしたら、オリヴィアはオレなんかよりよっぽど強い、凄いやつなんじゃないか?……と、少しだけ思った。




