第二章 幕間4.ポンポンちゃん①
オレたちは馬車に揺られていた。
その馬車の中はといえば、今、沈黙に支配されていたりするんだ。
……うん、大変気まずいよ?
馬車に揺られているといっても、別にドナドナされている訳じゃあ無い。
冒険者ギルドの依頼に向かう途中だ。
ランドルのおっさんの馬車は、乗り心地があまりよくないのだが、最近では大分慣れてしまった。
なので、リバースしそうと言う訳でもない。
今回の依頼は、フアージの原生林に面した畑の害獣駆除という、割と簡単なお仕事だ。
害獣にも色々な種類が居るのだが、今回はゴブリンの仕業らしい事が足跡などから判明している。
このゴブリン、一匹倒しても銭貨1枚程度にしかならないのだが、依頼を受けた新人冒険者くんが前日に風邪をこじらせたとかで、担当者がオレと同じ新人ちゃんであったらしく、オレたちにお鉢が回ってきたとういう訳だ。
普段はこんな依頼引き受けないのだが、それはもう嵐のような勢いでお願いされてしまい、断るに断りきれなくなってしまったんだよね。
まあ、それはいいんだ。
別に依頼料が少ないのも、他に獲物を狩れば問題ない。
ゴブリンは弱いし、ソウルイートすればスキルも吸収できる。
オレからすれば、美味しい相手である。
ただ、問題が一つある。
それが沈黙に耐えられないオレが、先ほどから黙っている理由なんだが……同乗者が居るのだ。
名前は、オリヴィア・ポンポンヌ。
年齢18歳、種族は人間だな。
可愛らしい名前だが、この娘貴族であり、ポンポンヌ家とは迷宮発見のベルーガ卿の遠縁の血筋であり、武門で誉高い一族なんだとか。
ワインレッドの髪に、多少気の強そうな大きな瞳、これでドリルカールだったら「間違いなくお嬢さま」という美しい顔立ちをしている。
ああ、ちなみに爆乳ちゃんである。
ミィーカよりデカいんじゃないかニャ?
この子もギルドでは新人ちゃんが担当者であり、ゴブリンは集団で襲ってくることが多いので、念の為と一緒に派遣された口だ。
目印は乳よりデカい大盾だな。
この大盾、ベルーガ卿のシンボルらしく、彼は大盾を担いで最前線で味方を守りながら指揮を取った人物らしい。
このオリヴィアは、ベルーガ卿に強い憧れを抱いているらしく、女だてらに大盾を担いで冒険者をしているようなのだ。
実は、おっさんと知り合った次の日に見かけたのがオリヴィアのようで、数少ないおっさんの客の一人なんだよな。
と、ここまで説明してみて、オレが黙っている理由が分からないかもしれないが、実は彼女とは大変気まずい状況にあるのだ。
……オレがやらかしてしまったんだよな。
念のために言うと、別にオレが彼女に手を出したとかそんな事ではない。
だってオレ、物理的に何も出来ないしね。
……最近これが、自虐ネタになってきてしまったよ。
オレが何をやらかしたのか……それは彼女と出会った一か月ほど前にさかのぼる。
――オレは、オリヴィアと出会った日の事を静かに思い出すのであった。
今日は、日課になった朝のトレーニングにおっさんの客の貴族――貴族で冒険者だな――がやってくる日だ。
前日の説明では、その貴族冒険者の方から「是非鍛錬に参加したい」と言ってきたそうで、おっさんも少し嬉しそうだった。
だが、朝いつものトレーニング場所(おっさんの家の庭)に行った時、状況が少しおかしい事が分かった。
なんでも、トレーニングをする為、おっさんが馬車でお貴族さまを迎えに行くとの事だったのだ。
おっさんが人がいいのか、貴族の位が高いのか分からないが、仮にも元Aランク冒険者の朝の鍛錬に新人冒険者が参加させて頂くというのに、その本人に迎えに来てもらうなど、かなり礼儀を欠いたおかしな行為である。
オレ自身、体育会系の極端な考え方はあまり好きではないが、それでも最低限のマナーぐらいは必要だとは思っている。
たまにどこかに忘れてきてしまうんだがな、テヘッ。
さすがに頭にきたオレは、おっさんにその事を告げるのだが「そういえばそうだな。まあ次回があるなら今度は自分たちで来させよう」と言って迎えに行ってしまった。
実はオレ、貴族冒険者にあまり良いイメージは無かったりする。
こいつらにとって「冒険者だ」(もしくは「であった」)と言う事は、自身を飾る装飾の一部であり、社交の一環なのだ。
位の低い貴族が冒険者となり、この地に観光で訪れる大貴族の護衛(と言う名の観光案内)をし、あわよくば取り入る。
もしくは、金で冒険者のランクを買い、それを実績として位の高い騎士になる。
――というのが、こいつらのやり方だ。
Cランクまでは、領主や国の許可なくギルドで任命出来るんだとか。
中にはまともな貴族冒険者もいるそうなのだが……オレはまだ見たことないね。
大体にして、このイーブスの街の景気が悪いのは、こいつらとギルド幹部との癒着が原因で、優秀な冒険者が上のランクになれないのも原因の一部だったりするんじゃないかと、オレは邪推してしまうのだ。
暫く住んでみて分かった事だが、このイーブスの街は表通りこそ綺麗だが、裏通りへ一歩踏み出せばかなり治安が悪かったりするんだ。
先日もとある貴族の護衛で、フアージ山脈の周辺に点在するという湖の一つ『ニーガ湖』に行ってきた。
そこで、「生息する首長竜を調査する」という依頼を受けたのだが、……結果は散々であった。
オレも初めは「太古のロマン!首長竜を見れて、金がもらえる。まさに一石二鳥じゃん」なんて思って出発したのだが、一緒に護衛の任務についた貴族冒険者は護衛をせずに終始依頼者の貴族さまのご機嫌取り。
挙句の果てに、オレたちに雑務を押し付け、えばり散らす始末だ。
「お前ら下賤の者は近づくな」だそうである。
もう二度と、貴族の依頼は受けないと決めたね。
今から来る貴族冒険者もロクなやつじゃないね、きっと。
そんな事を考えながら、おっさんの帰りを待っていた。
ちなみに、ミィーカは教会の朝の掃除があるとかで来ていない。
ネムもまだ家で寝ている。
途中何度か帰ってやろうかと思ったのだが、前もっておっさんに「お前も挨拶位していってくれ。その内、馬車を共にする事もあろう」と頼まれていたので帰れない。
とりあえず、挨拶だけして帰ろう。
そう、オレは結論付けた。
しばらく剣の素振りをしながら待っていると、おっさんの馬車が戻って来た。
「あら?貴方が本当にあの大マシュラを倒したと言うの?……想像していたより、ずいぶん小さいですわね」
……プチッ。頭の中で、何かがキレた。
ちなみにこれが、彼女の第一声だ。
「あら、ごめんなさい。――私の名前は、オリヴィア・ポンポンヌ。かのベルーガ卿とは同じ血族の者よ。……以後お見知りおきを」
オレは溢れる殺意を必死に抑える。
相手の身長は170㎝くらいか。
オレが身長をサバを読んでる分だけ相手の方が高い。
小さいとみられても、おかしくは無いだろう。
気が強いのだって、貴族だものしょうがない。
ゲームなんかでよくあるキャラだ。――オレは、大人なのだよ。
「あら、まともな挨拶も出来ませんの?」
くっ……まあ、そうだよな。
挨拶ぐらいしないとまずいよな。――オレは……大人なんだもの。
「ハルト・カトウだ。これも何かの縁だ。……よろしく頼むよ」
「ハルトね、――ハルト。……まあ、男性でしたの?てっきり私と同じ女性かと。失礼いたしましたわ」
……プチプチプチッ。
今やオレの頭の中は、あのストレス発散兼、緩衝材・通称『プチプチ』を雑巾絞りした時よりプチプチ鳴っている。
彼女が何か話し、周りの取り巻きのような男女も挨拶してきたが、もはやオレの耳には入らかった。
「……おっさん、挨拶も済んだ事だし、オレは帰る事にするよ」
「あ、ああ。……気を付けて帰るのだぞ」
オレの殺気に気付いたのか、おっさんは少し口ごもっていた。
こういう時は、帰ってネムたんの肉球のにおいを嗅ぐのに限る。……最近ネムもお風呂に入るようになったせいで芳醇な香りがしなくなったが、長時間嗅げば問題ない。
むしろ、香りを探す作業がご褒美だったりするのだ。
「あら、もう帰ってしまいますの?あなたの実力を見せて頂くため手合せ――私との真剣勝負をお願いするつもりでしたのに」
ネムの事を考えて気を紛らわせていた時、この女が空気の読めない事を言いだした。
そもそも、オレは彼女の言うような「手合せ」は嫌いだ。
ランドルのおっさんとも一度も試合形式での練習は行ってはいない。
おっさんはいつも敵をイメージしながらシャドーを行い、オレはそれを見ながら自分に合ったものを盗み、自分の型にしていく。
オレは『剣技レベル2』は持っているが、どうもレベルが高ければ強いという訳ではないようだ。
レベル2相当の動きは出来るのだが、その動きを自身に落とし込んで行かなくては意味が無い事が判明したんだ。
これは、魔法に例えると分かりやすいかもしれない。
例え魔法は使えても、使うタイミングは自身の判断になる。
剣技も同じで、要はどんなにレベルが高くても、自身の経験や鍛錬がないと意味は無いという事だ。
練習中、おっさんからもオレからも一度も「手合せをしよう」などと言った事はない。
冒険者という仕事上、敵が常に人型の生物とは限らないし、練習するのは「確実に殺す」技だ。
剣道みたいなスポーツでは平気だったが、オレは知り合いとの「手合せ」で「確実に殺す」技なんか使いたくなかった。
おっさんは、ミィーカとはよく試合形式で練習するんだが、オレの時はその気持ちを汲んでくれているらしい。
そもそもオレは、実戦の一瞬のひらめきや判断で勝利するような天才肌ではない。
見ていると、おっさんやミィーカはそのタイプだがな。
残念ながらオレは、地道な反復練習で型を身体に覚え込ませて、やっと動けるようになるタイプだ。
つまり、やるだけ無駄なんだ。
それにしても、「真剣勝負」で「手合せ」か……。
ゾワゾワと血の気が引いていくのが自分でも分かる。
「貴方は逃げてしまいますの?」
この女は何が目的なんだよ?
オレの沈黙をどう勘違いしたか知らないが、この女はオレを挑発してくる。
「残念ですわ。もう少しプライドのある方だと思いましたのに」
プライド……この女は何を勘違いしているんだ?
冒険者にプライドなんかねえんだよ。
決して正義の味方なんかじゃない。
自分より弱い魔物ぶっ殺して、生態系を破壊し、根こそぎ掻っ攫う略奪者。
……汚れ仕事が冒険者だ。
まだ冒険者になって日は浅いが、オレはその事くらい理解してやっている。
「プライドねぇ。……お前にはあんのか?」
「私にはありますわ!貴族として、ベルーガ卿に連なる者として、必ず迷宮を発見すると言う強い自負が!」
手を胸に当て、誇らしげに、高らかに、オリヴィアはそう宣言する。
こいつは、何でこんなに嬉しそうなんだ?
まったく理解できない。
「何か勘違いしているようだが、オレは剣士じゃない。それでも『真剣勝負』で『手合せ』するかい?」
そう、オレは剣士じゃない。
剣の為に命を懸けるつもりはサラサラ無いし、自分とネムの命を守る為ならどんな卑怯な事だってするつもりだ。
「……あら?やっとその気になりましたの?」
この女は何故か頬を赤らめた。
「貴族さま。これはダンスのお誘いじゃ無いんだぜ?」
「もちろんですわ。――私を女性扱いしていると、痛い目を見ますわよ?」
「おい、本当にやるのか?」
心配したのか、おっさんが声をかけてきた。
「ああ、『真剣勝負』で『手合せ』をしてやるよ」
「ランドル様、貴方には審判をしてもらいますわ」
審判だって?
ますます、この女が何をしたいか分からなくなって来た。
オリヴィアはオレから少し離れると、木剣を手に取り、自身の大盾を構えると「いつでもよろしくてよ」なんて気楽に言ってくる。
オレは、木剣をおっさんから受け取り、靴ひもを結び直すフリをする。
……それにしても『木剣』ね。
これは本当に嗤えてくる。




