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第二章 幕間3.森王ザリガニと運び屋たち②

「こっちだよっ!」


 馬車の中で話せなかったからか、ネムは楽しげにオレたちと話す。


 やっぱり、お話し大好きなんだな。


 ネムによれば、野営地から歩いて20分ほどの所に、森王ザリガニの生息地があるそうだ。


 その数、約200匹。


 ……あまり捕り過ぎても生態系がおかしく(いやむしろ価格が下がる)なるかもしれないので、今回は10匹ほどを捕まえギルドに卸し、何匹かは味見やお土産にする予定だ。


「ネムを疑っている訳では無いが、こんな野営地の近くに本当に居るのか?」

「だいじょうぶだよっ。まかせてよ!」

「そうか、合い分かった。……だが、この辺りは遭難者も多いと聞く、気を付けて進もう」

「分かったよー。はやく、ザリガニ食べたいなっ!」


 ネムは本当にルンルン気分のようだ。

 言葉の節々に音符が見えそうである。


 おっさんは意外と心配性なんだよな。

 ネムの能力にはマッピングもあるから心配いらないんだが。……それを言う訳にもいかないか。




 しばらく進むと、急にネムがソワソワして声を上げた。


「ちょっとまって!……あれ?おかしいな?」

「どうした?ネム?」

「それが、急にルートをはずれちゃったんだ……」


 うーん、そんな事あるんだろうか?

 まさか、ザリガニを食べる事を考えていて、よそ見していたんじゃないだろうな?


 可愛いやつ……そんなネムたんも素敵である。


「よし。じゃあ、いったん来た道を戻るか」

「そうだな。そうしよう」

「……ごめんね」


 こういう時は下手にショートカットせずに、来た道を戻るのが一番。

 オレは山歩きで学んだのだよ。


 オレとおっさんは、ネムに「気にするな」と言って来た道を戻った。




 そして――


「――やっぱりだ。またルートをはずれちゃった」

「……よそ見をしていた訳じゃなんだよな」

「うん。さっきはボクもそう思ったんだけど、今度はちゃんとかくにんしていたよ。……初めは北西に進んでたはずなのに、今は南西に進路がかわってる」


 どういう事だ?

 歩いていて方向が分からなくなる事はよくあるが、ネムにはマッピング能力がある。


「何があったのだ?」

「ああ、おっさん。ちょっと問題発生でな」

「……ふむ。まあ、焦る事はないぞ」


 ネムの耳はぺしゃんと垂れている。

 責任を感じているんだろうな。


 オレはネムの頭をやさしくなでてやる。


「……なあ、おっさん。ここへ来るまでに、幻覚系の植物とか生えていなかったか?」

「いや、弱い毒性の植物なら生えていたが……そんな物騒な植物など、生えてなどいなかったぞ」


 ふむ、幻覚系の植物でもないか。


 ……この奇妙な現象が、遭難者を出す原因なのかね?

 ゲームなんかだと方向感覚を狂わす罠があるけど、広い森の中でやられると本当に洒落にならないな。


「――あっ!」

「どうした?」

「あ、あの……いや、なんでもないよ。……ちょっと待ってね」


 なんだか歯切れが悪いな。

 まだ、気にしてるのだろうか?

 こういうのは連帯責任だし、ネムのせいじゃ無いんだから、気にしなくてもいいんだけどね。


 その時だ。

 ネムから念話が届いた。


《……ハルト、聞こえる?》


 どうしたんだろう?

 今近くに居るのはおっさんだけだし、普通に話せばいいのに……。


 まさか、おっさんに聞かれたくない話か?


《どうした?……内緒話かい?》

《……うん。『何でも分かる帽子』でいろいろ調べてみたんだ。そしたら、なんでルートが急にはずれちゃったのか分かったんだけど……ランドルさんに話していいか悩んでいるんだ》

《えらい!さすがネムだ。分かった事もえらいが、自分一人で考えずに、ちゃんと相談出来るなんてもっとえらい!……じゃあ、二人で相談しようか》

《うんっ!》


 周囲に魔物がいない事を確認して、オレはおっさんに「ネムと二人で相談したいことがある」と告げおっさんと少し場所を離れた。


 おっさんは、そんなオレたちに嫌な顔ひとつせず従ってくれる。


 出来た大人だぜ。

 レイくんをからかっていた自分が、ちょっぴり恥ずかしくなってしまったよ。




「実はね――」


 ネムの口から、ある事実が告げられる。

 それは、このファージの迷宮発見に繋がるかもしれない衝撃的な内容であった。


 ネムが言うには、森王ザリガニの生息地は特殊な結界が張られており、普通にはたどりつけない場所にあるんだとか。


 通りで、今まで森王ザリガニが希少だった訳である。


 森王ザリガニの生息域は、結界に守られた正に『聖域』だったのだ。


 で、肝心の森王ザリガニの聖域までの行き方なんだが、野営地にある石碑に魔力を流しこみ、結界を弱めれば行けるとの事だった。


 どうやら、全ての石碑に道を惑わせる封印が施されている様なのだ。


 そこで、ネムは気付いてしまったらしい。

 ファージの森で150年間迷宮が発見されなかった訳が――


 この森は、石碑を目印に特殊なルートを辿らないと『地下迷宮』の入り口まで到達できない封印が施されている。……つまり、この『ファージの原生林』自体が巨大な迷宮であったという事に。


 この事に気付いたのは、150年でベルーガ卿とネムだけだろう。


 これでは、闇雲に森を切り開いていっても迷宮は発見出来ないだろうな。


 ネムが調べた所、今回森王ザリガニの聖域までは一つの封印を解くだけで到達で出来るのようだが、他はそう簡単には行かないらしい。


 全て森を切り開いた後、どうしてもたどり着けない場所がある事に気が付いて、発見に至る可能性があるかもしれないが、はたして後何百年かかることやら……である。


 ベルーガ卿の迷宮発見の手がかりとも言える手記や、その元となった資料はベルーガ卿が地下迷宮まで持って行ってしまったという。

 地下迷宮への行き方は、地下迷宮にたどり着かないと分からないという、皮肉な結果になってしまった訳か。


 オレとネムは相談し、この事をおっさんに話す事に決めた。

 このおっさん、欲に駆られて軽率な行動する人間ではない事はオレたちがよく分かっているし、もし仮にそのような行動に出られたとしても『石碑』は発見された物でも何百とあるのだ。


 ネムの能力が無いと到達は不可能に近いだろう。ってのが理由だな。


 もちろん、ネムに石碑から地下迷宮のルートを割り出す能力がある事は伝えない。

 万が一おっさんが口を滑らすだけで、ネムに危険が及ぶ可能性があるからだ。

 今回はたまたま気が付いたという事にした。


 オレたちが打ち明けると、おっさんは神妙な顔を作った後――


「……この事は重大すぎる。しばらくは三人だけの秘密としよう。それと――あまり俺を信用し過ぎるな。さすがに悪い誘惑に駆られそうだ」


 ――と言った。


 おっさん、案外簡単に俺たちの話を信じてくれたな。


「オレたちの話しが、妄想かもしれないぜ?」

「……試せば分かるのだろ?」


 おっさんは脂汗びっしりである。

 確かに野営地から20分足らずで希少な食材の生息域を発見されたら、信じるしかないだろうな。


 このおっさん、地下迷宮を発見したらショック死するんじゃないだろうか?

 それだけ迷宮発見は名誉な事なのかね。


 オレたちは「忘れ物をした」と言って野営地まで戻り、レイくんをからかった後再度出発した。


 オレがレイくんをからかっている間に、ネムには石碑に魔力を流してもらった。


 酒を飲んで寝ていたマライじいさんが起き上がり、おっさんを見た後に「……まだ、死ねませんなぁ」と子供のように嬉しそうな顔でつぶやいた。


 何か勘づいたようだったが、何も話していないし問題は無いだろう。




 そして――


「……これは、信じるしか無いようだな」


 森王ザリガニの聖域は、確かに『聖域』だった。


 深い森は、その周囲だけ光が差し込み、なにやら朽ちた遺跡のような人工的な建造物の跡もある。

 そしてその中央に、浅いエメラルドグリーンの水辺が広がっていた。


 まさに神秘的な光景だった。

 ああ、妖精とか出てきそうな感じ……だな。


 浅い水辺――水深は10㎝くらいか?――のあちこちに、巨大な森王ザリガニが身動き一つせずにジッとうずくまっている。


 寝ているのかな?

 森王ザリガニなんて名前はついているが、実は水生生物だったという事か。


 オレたちは話し合い、この中から大きいものを7匹(5匹はギルドに、1匹は試食用に、もう1匹はお土産用だな)持ち帰る事にした。


 さすがに出所がヤバいだけに、10匹は多い気がしたからだ。


 オレたちがザリガニを捕まえている間に(と言っても200㎝もあるから結構大変だった)おっさんは、蔓や木の枝を山刀で切り払い即席の台車を作っているようだ。


 本当に器用なおっさんである。




 冒険者ギルドでは一匹金貨40枚と、破格の値段で買い取ってもらう事が出来た。


 お土産の切り身を新人ちゃんに渡すと飛び上がった後、土下座をされて喜ばれた。

 その姿はまさに「見よ、これが真のDO・GE・ZAである」と言うくらい綺麗な土下座だった。


 この新人ちゃんの成長は光の速さより早いようだ。

 ……きっと将来、大物になるに違いない。


 ミィーカにもこの土下座を見せてやりたいと思ったのだが、冷静に考えるとギルド職員に土下座されるってあまりいい光景ではないよな。


 そして、おっさんにモニカ先生と教会、そしてやまびこへお土産を届けてもらい、今回の依頼は終了となった。


 もちろん、例の事はギルドに報告していない。

 時期を見て……だな。




 そして、状況は野営地へ戻る。


「おお、長生きはするもんですなぁ。まだまだ死ねませんわい!」

「ハルト……いや、ハルトの兄貴ッ!信じてやしたぜ!?……うぉ、うめぇ!」

「ああ、おいしい!止まらない、止まらないよっ!」

「さあハルトよ、この森王ザリガニはな、ミソをつけて食べるのが一番美味いのだ。――さあ、遠慮せず食べるがよい」


 あ、いや、確かにいい匂いはするんだが、これだけデカいと中々グロくて食指が伸びないんだよな。


 ザリガニって、オレの中でどぶ川にいるイメージがあるし。

 ……その、寄生虫とか……心配だろ?


「兄貴ッ、兄貴ッ!兄貴が食べないなら、ミソ、俺が貰っていいすか?」


 レイくんはオレにすっかり懐いてしまったらしく、この有様だ。


 ああ、エアしっぽがはち切れそうに回ってるのが、オレには見えるよ!?

 あの狂犬のような君は、どこに行ってしまったというの?


 これではただの駄犬である。


 本当に残念でならない。

 オレはまた一つ、大切なモノ(おもちゃ的な)を失ってしまったのか。


「こら、一人で飲むでない。わしにもよこさんか」

「……俺も、もう少しもらおう」


 おっさん三人でデカいザリガニの頭を持ち、ミソの回し飲みを始める。

 オレはその状況にダダ引きしていると、三人はオレに「遠慮するな」と言ってザリガニの頭を渡してくる。


 これが、異世界とのカルチャーギャップなのか!?


 おっさん達が、焚火を囲んで人間サイズのザリガニのミソをすするって……サバトだぜ?




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