第二章 幕間1.料理
「野菜炒めは、もうあきたよぅ」
冒険者になり初心者エリアも卒業間近と言った頃だろうか、オレたちにはある問題が発生していた。
ちなみに、冒険者には2タイプの冒険者がいる。
訓練された冒険者と、訓練されていない冒険者。……違った、魔物の狩りをメインする冒険者と、広い森林内の迷宮探索を行う冒険者だな。
オレたちが前者で、後者はただ闇雲に探索を行う訳ではなく、ギルドの方針に従いながらギルドの依頼の元で、探索を行っているらしい。
「ねぇ、聞いてるの?……野菜炒めはもうやだよう」
先ほどから話しているのはオレの愛しの猫ちゃん、ネムだな。
こんな生意気なこと言ったら普通許さんのだが、ネムたんだもん。
しょうがないよね。
「……ああ、一週間続けて野菜炒めなのはどうかと思うぞ」
今話したのはランドルのおっさんだ。
こんな生意気なこと言ったら普通許さんのだが、ガラの悪いおっさんだもん。
しょうがないよね。
――っておい!
毎日オレの家で飯食っといて、文句言ってんじゃねぇよ!
問題とはこれである。
あっいや、おっさんが毎日家に来て飯食ってる事ではない。
問題は問題なのだが、運び屋を頼んでいるのだ。
仕事が終わったら、飯ぐらい一緒に食べても悪くないだろう。
問題は、オレが野菜炒めしか出来ない事だ。
そりゃオレだって、野菜スープや肉炒めだって出来るのだが、結局味は変わらない。
毎日同じ物を食べてる気がするのだろう。
サラリーマン時代の月末はほとんどこれだったので、オレは慣れているのだが、ネムには耐えられない様だ。
知ってるかい?
オレが他を作るのは危険なんだぜ?
ちなみに、最近は外食を控えていたりする。
借金もあるし、何よりしばらくここで生活した後は旅をするのだ。
料理ぐらい作れるようになった方がいいだろう。……と、さすがのオレでも思うのだ。
しかも、冒険者は泊まり込みで狩場に赴く事も多い。
大体、街からそんな近くに狩り場が沢山ある訳ではないのだ。
一般的なファージの冒険者は、大体2~3日ほど山中でキャンプを張り、狩りをする事が多いようだ。
で、オレたちである。
オレたちはまだ、日帰りで行ける狩場でしか狩りを行っていない。
おっさんは料理がある程度出来るようだが、決して作ってくれない。
何事も練習が大事なんだとか。
大体このおっさん、無口そうに見えてけっこう口うるさい。
まあ、冒険者とは命と隣り合わせの仕事だから、元ベテラン冒険者からしたら口うるさくもなるだろうが、このおっさんはかなりの強面だ。
これじゃあ、大抵の新人冒険者はビビッてついてこないだろう。
……オレは、この世界の常識に疎い面もあるから助かっているんだけど、社会人経験無いヤツには耐えられないだろうな。
本人は心配で注意しているのだろうが、熱が入りつい厳しくなってしまうのだろう。
これは、おっさん曰く「新人冒険者の高い死亡率を何とかしたいから」……らしいのだ。
この街には約3000人ほどの冒険者がいるそうなのだが、その殆どがF~Dランクまでで、Cランクより上は100名も居ないそうだ。
年間2000人ほどの若者が、冒険者に憧れこのファージにやって来るそうだが、その殆どが死亡してしまうらしい。
Cランクって狭き門だったんだね。
ちなみにこの話、料理の手本をおっさんに頼むと毎回されるんだが、オレに料理を作れって話と関係ないよね?
料理のレシピぐらい教えてくれてもいいと思うんだが、教えてくれない。
このおっさんは基本的に、料理にしろ剣術にしろ教えるという事をしない
。
全ては直観。
身体で覚えろってタイプなんだよな。
本人は自覚してないだろうけどさ。
まあ、オレの場合、剣術の方はそれでいいんだが。
ここまで考えて、オレは大分イライラしてきていた。
違う物が食べたい?
つまり、調味料を買ってくればいいんだよな!
今までは塩コショウ味だったから、今度はニンニク味か?
大体この世界って、調味料が少ないんだよな。
醤油が無いのが痛い。
それにカレー粉も当然のように無い。
そういえば、魚醤ってのが売ってたけどどうなんだろうか?
確か魚で作った醤油みたいなもんだよな。
よし、それも買ってみよう。
後はオリーブオイルだ!
あれを使えばどんな料理も美味くなると聞いたぞ。
ヒャッハー!滝のように使ってやるぜ!?
「分かったよ。そこまで言うなら味の違う野菜炒めってヤツを見せてやろうじゃないか!」
「ハルト、野菜炒めからはなれてよっ!」
「……じゃあ、肉炒めか?」
「肉炒めも野菜が入っていないだけじゃないか!」
「……とにかく、買い物に行って食材を見てきてはどうだ?他の案が浮かぶかもしれん」
うん。おっさんにしてはいいアドバイスだ。
「よし、明日の狩りはお休みだ。ネム、明日は買い物に行くぞ。おっさん、夕方に食事に来てくれ。本物の料理という物を見せてやろう」
オレは自信満々にそう宣言すると、テーブルの上の酒を飲みほしたのだった。
そして、次の日オレは買い出しを行い、運命の夕食となった。
「名付けて『DX野菜炒めオリーブオイル・ドバドバかけ』だ!――さあ、食べてみてくれよ!」
この『DX野菜炒めオリーブオイル・ドバドバかけ』には高級食材をふんだんに使い、ニンニクと魚醤で味付けし、ふと思いついて片栗粉でとろみをつけてやったのだ。
それにみんな大好き、オリーブオイルを二人が見ている前でドバドバ振りかけてやった。
これで文句が出るはずも無いだろう。
「――これは……お前、味見をしたのか?」
めずらしくおっさんがプルプル震えている。
「ああ、味見をしたが、オリーブオイルがオレには合わなかったな。だが、世間ではこれが美味いんだろう?知ってるぞ、イケメンはみんな使うんだ!」
「あのな、オリーブオイルは悪くないんだがな……」
「ランドルさん……そろそろ、ハルトにちゃんとした料理を教えてあげて。このままじゃ、このままじゃ、……うわーん!」
ネムは、感極まったのか泣いてしまった。
あっ、オレ、そんなひどい事してしまったの?
「大体、料理なんて物は適当に作っても食える物が出来るはずなのだが……確認するが、これは嫌がらせでは無いのだな?」
「嫌がらせ?……食べ物で嫌がらせなんかするはず無いだろ!?」
だいたい何なのさ、この空気は!
だから料理って嫌いなんだ。
適当に作っても食える物が出来るヤツに、オレの気持ちが分かってたまるかよ!
「分かった。今まで教えなかった俺に非があるようだ。簡単な料理しか知らんが明日から教えよう」
スネちらかしているオレにそう言うと、おっさんは野菜炒めからオリーブオイルを取り除き、その油とニンニク、鷹の爪、キノコで料理を作り出す。
そして、その傍らで何やら野菜炒めの味を調えだす。
「――もう少し待っていてくれ」
そう言うとパスタを茹で、その茹でたパスタをフライパンで炒める。
おい、なんだこの早業は――
そうして、あっという間に料理が完成した。
「キノコの油煮と、野菜炒めの……いや、春野菜の炒めパスタだ。キノコの油煮は酒のつまみだな。パスタは少し辛めの味付けに変えてみたのだが、ネムには少し辛いかもしれん。まあ、食べてみてくれ」
へいへい、Aランク冒険者さまの実力見せてもらいますよ。
ネムも恐る恐るおっさんの作った料理に手を伸ばす。
「……おい、しい。おいしいよ!?」
そんな馬鹿な?
だって元はオレが作った料理(自覚あり)だぜ!?
オレも一口食べてみる。
まずは、キノコの油煮からだ。
「――な!?美味い!」
それはまるで、素材同士の美味さのベクトルを同じ方向に揃え、うま味を最大限引き出したような、それでいて……まったりとして……コクがなく……ん?……コクはあるな。
……うん、もう言葉が出てこないや。
語彙の少ないオレには、グルメの実況は無理なようだな。
うんそうだ、一度行ったおしゃれな居酒屋さんで食べたアヒージョみたいな味だな。
これが、みんな大好きオリーブオイルさんの実力か!
これはみんな好きになるよね。
よし!
次は、パスタに行ってみますか。
今度は安心して、思いきりがっつく事にした。
これも美味い!
こいつは、野菜の入ったペペロンチーノって所か?
よくもまあ、オレの作った野菜炒めがここまで化けたもんだ。
さすが、魔法の世界。
ランドルのおっさんは食の魔法使いやー、ってね!
ネムは「少し辛いけど、くせになるねっ」と言いながら嬉しそうに一皿食べてしまった。
「……と、この様にだな。食事とは栄養補給だけで無く、日々の活力としても重要だと俺は思うのだ」
そう言って、ランドルのおっさんは締めくくったのだった。
その日、ネムはおっさんの家にお泊りする事になった。
一人しかいない3LDKは、なんだか物悲しかったよ。
次の日から、おっさんはオレに料理を教えてくれるようになった。
とても痛い子を見るような目で教えてくれるんだ。
そして、「お前のお蔭で俺の欠点が分かった。俺は人に物を教えるのが下手な様だ」と悲しげに言われた。
ねぇ、それってどういう意味かな?
その問いに答えてくれるものは誰もいなかった。




