第一章 1.遥斗とネム
「えーと、どうしようか……コレ」
ベランダに立ち、洗濯物を取り込みながら外を見渡してみる。
うん。
ある意味、絶景だ。
「こんな時でも取り込む手を休めないオレって、マジで有能」
風がビュンビュン吹いている。
なんだか寒くなってきた。
ちなみに、今現在オレは服を着ていない。
おっと、誤解が無いように言っておくとパンツ一丁だ。
さすがに七階建てのアパートの七階に住んでいてもフル〇ンはキツイ。
世の女子たちは「パンツ一丁でベランダにでるのもおかしい」……そうおっしゃるかもしれないが、その命題には「男の一人暮らしだとそんなもんだよ」と答えておこう。
……でだ、何が「こんな状況」かと言うとだな。
オレは、アパート最上階である七階に住んでいる。
勤めている会社へ出勤する前に、夜のうちに乾かしておいた洗濯物を取り込もうとしていた訳だ。
で、ふと外を観ると、だいたい半径5㎞四方で、街が無くなっていたのだ。
まるで世界から切り離されたように円形に地面があり、その先には何も無い。
――闇。
それ以外には表現できない。
そんなものが、その先に広がっていたのだ。
そして冒頭のセリフに戻る。
な?
こんな時に洗濯物を取り込んでいられるオレってマジで有能だろ?
オレはそのまま洗濯物を取り込み、そそくさと部屋に戻る。
……うん。やっぱり、自分の部屋って落ち着くよね!
現実逃避?なにそれおいしいの?
こんな時は、オレの愛しの猫ちゃん、『ネム』のお腹をもふもふした後、そのままお腹に顔をうずめるに限る。
「ネムた~ん、ネムた~ん、こっちおいで。もっふもふしまちょうね!」
まずは……そうだな、状況を整理して行こう。
オレの名前は加藤遥斗。
少しばかり、名前がキラキラネームなのが気になる26歳だ。
特徴としては、タレ目で天然パーマ、人より少しばかりプリプリしたケツ(略してプリケツ)をしている事だな。
そのせいなのか、それともそういう趣味なのか分からないが、学生のころ満員電車でたまにケツをさわられた。
あれはすごく気持ち悪い。
人間不信になりかけたよ!?
痴漢はダメ!ゼッタイ!!
タレ目についても言いたいことがある。
大概の人間はオレを見ると「イイ人そうだね」と言う。
そう言われると、なんだか期待に応えないといけない気になり必死で頑張り……空回りする。
そして、少しのミスで「遥斗くんて善人に見えて、実は性格悪いよね」なんて言われてしまうのだ。
またまた人間不信になりかけたよ?
言いたいことは山ほどあるが、一言で言えば、『コンプレックスの塊』それがオレだ。
生まれ変わったら、つり目でマッチョでサラサラヘアーになってやるぜ!
……話を少し戻そう。
その結果、高校時代は少々荒れた。
今思えば自分が悪かった部分は多分にあったと思う。
地元で『タレ目の悪魔(笑)』と言えばオレの事だな。
幼いころから、戦争帰りで剣道の師範だったじいさん(オレ祖父な)にみっちり剣道を仕込まれており、棒キレでも持てば喧嘩には強い自信があった。
ただ、あまり喧嘩はした事が無い。
いつも棒キレで脅して口で勝つというのがオレのスタイルだ。
今考えると、只のチキン野郎でしかないな。
そんな訳で、実家でオレの居場所はなかった。
何とか大学に行かせてもらい、高校を卒業してすぐに一人暮らしを始めた。
今も実家を離れ一人暮らし……いや、一人と一匹で暮らしている。
彼女?彼女は夢の中にしか存在しない。
そうフ〇イト先生がおっしゃていたと大学で聞いたでござるよ?
……そ、そうだ。ネムの話をしよう。
この子とは、三年前くらいに公園で雨の日にプルプル震えていた所を保護して以来、一緒に暮らしている。
名前の由来は、拾った時に近くに生えていた木の名前『合歓の木』からだ。
なぜオレが木の名前が分かったかと言うと、木に名札がついていたからだな。
中々いい名前をつけたもんだと今でも思う。
緑の瞳の黒猫で、尻尾が長く、耳のてっぺんの毛が少し長いのが特徴かな。
拾った時は病気でまぶたが開かなかったが、動物病院で貰った目薬を使ったらすぐにまぶたが開き、目が見えるようになった。
気分屋だが甘えん坊で、とにかくその……かわいいのだ。
この子のために、ペット可のアパートに引っ越したほどだ。
ネムはオレの肩の上に乗るのが好きで、座っていると膝の上に乗ってきて、寝る時はいつもオレの頭の横にきてほっぺたをさわってくる。
オレがシャワーを浴びていると、たまに風呂場のドアを開けて心配そうにこちらを見つめてきたりする。
扉を開けるウチの子って、マジで天才じゃなかろうか?
ネムの自慢話をし出すと千夜一夜でも終わらない(使い方間違ってないよね?)自信があるが、たまに行く女の子の居るお店でネムの話をすると、途中から疲れた顔をされるのでこのくらいにしておく。
そうそう、仕事は雑貨なんかを扱う商社で営業をしている。
やさぐれていたオレも、今や優しくて頼りがいのあるモテモテ営業マンだ。
いつでも女子社員や上司に頼まれごとをされるし、みんなが帰った後もその事で残業の嵐だ。
な、頼られてるだろう?
決して社畜じゃナイヨ。
そんなオレが、まさか家の中で猫にデレデレなんて誰も思わないだろうな、フフッ。
……と言うか、会社でプライベートの話なんかした事無いんだけどな。
オレが雑貨の商社に勤めている理由?
それはもちろん、雑貨好きなゆるふわ天然女子と知り合うためだ。
成績?……いや、売り上げは、おかげさまで割とイインデスヨ、ハイ。
ふと、オレは会社で嫌われているんじゃないかと疑心暗鬼に駆られるが、それを振り払うためネムのピンクの肉球に鼻を近づける。
こいつの肉球、ピンク色なんだぜ!?
スンスン。……うむ、こうばしさの中にアミノ酸系のうま味を感じるこの香。
たまらない、たまらないよっ。
肉球のにおいにトリップしながらふと思う。
――今日はもう、会社行かなくてイイんじゃね?
会社はオレの家から近くには無いし、向こうがどうなっているかも分からん。
こういう場合、無暗矢鱈に動き回るより、家にいた方が安全だよね。
ひょっとしたら、この状況「夢オチでした」なんて事もあるかもしれないしね。
夢から覚める方法?
また寝ればイイんじゃね?
ウンウン、そうに違いないよ。おやすみ!
そして、オレはそのままネムと一緒に布団にもぐりこみ、眠りにつくのだった。