第二章 12.トラウマ
早朝、夜もまだ明ける前に、扉の開く音がして目を覚ました。
誰か入ってきたのか?……いや、ランドルさんが外に出ていったんだな。
ちなみにランドルさんは独身で独り暮らしだ。
美人な奥さんがいるんじゃないかとか、ランドルさんに似ても似つかないほど可愛らしい娘さんがいるんじゃないかとか、……ちょっとだけ期待したのはここだけの話し。
引退した冒険者の生活とは、さみしいものの様だ。
オレはと言えばぐっすり寝て、目覚めバッチリ元気百倍である。
元々低血圧で目覚めは悪く、寝ようと思えばいくらでも寝られる体質ではあるが、この新しい環境に身体が興奮しているのだろう。
今の所、寝覚めも良い様だ。
アルコールは身体に残っていない。
昨日も実は、3杯しか飲んでいなかったりする。
3杯であれだけ酔えるんだもの、オレは幸せ者である。
この街の朝は肌寒い。
ネムは身体を丸くして、オレの横で幸せそうに眠っていた。
寝てばかりいる気がするが、猫は寝るのが仕事みたいなもんだしね。
肌寒いで思い出したが、よく考えるとこの国の名前はおろか、季節・月・曜日なんかもまったく知らないんだよな。
後でネムの、『何でも分かる帽子』で確認してもらおうかな。
オレはネムをひとなでした後、ランドルさんの用意してくれた水差しからコップに水を注いで飲み干す。
プハァ、生き返るぜ。
さて、オレも目が覚めたし、ランドルさんが何かしているなら手伝いにでも行こうかな。
「おはようございます、ランドルさん」
「おお、早いな。おはよう。起こしてしまったか?」
ランドルさんは馬小屋で馬の世話をしていた。
一匹づつ丁寧にブラッシングしている。
「いえ、ちょうど目が覚めたんですよ。何かお手伝いできる事はありますか?」
「ああ、助かる。……そうだな、乾草を持ってきてもらえるか?」
運び屋になると、馬の世話は欠かせないんだろうな。
しばらくはこの街で準備を整えて、『元始の海を枯らすモノの一部』を探すつもりだが、旅をするなら馬車を買った方がいいんだろうか?
でも、こうやって馬の世話をすると、生き物を飼う責任みたいなのを感じるんだよな。……そんな事を考えてしまった。
その後、ランドルさんがトレーニングをすると言ったので見学させてもらう事にした。
ランドルさんの冒険者時代のランクが気になったので聞いてみたんだが「たいした事ないぞ」とだけ言われて濁されてしまった。
いやあんた、絶対高ランクでしょ!
オレの身長よりも長そうな大剣をブンブン振り回すランドルさん。
彼が言うには、現役時代この大剣の他に、斧・長弓・山刀なんかを得物にしていたらしい。
「素手でも強そうですね」と質問したら、「人間以外に使った事は無い」と肉食系の笑みで答えられてしまった。
振り回している時ふと思ったのだが、この人どこを怪我したというんだろう?
見た限りまだまだ現役で行けそうである。
聞いてみるとどうやら利き腕を毒でをやられてしまい、それ以来動かすと痛むらしい。
日常生活では問題ないぐらいまで改善したようだが、戦いではもう役に立たないだろうと本人は言った。
ちなみに、この大剣をオレも振らせてもらった。
鍔(ガードと言うらしい)の部分の四葉のクローバーのような輪飾がとってもおしゃれな感じがして使ってみたくなったからだ。
これは、ゲームなんかで見かけるクレイモアだよな。
結果、振る事は出来たのだがバランスが取り難く振り回されているような状態になってしまう。
ランドルさんはオレが振り回せる事に驚いていたようだったが、よく考えたら他人の武器を借りちゃうってかなり無礼だよな。
オレはお礼を言って大剣をランドルさんに返した。
一通りランドルさんのトレーニングに付き合った後、身体を拭かせてもらい、朝食を頂く事になった。
体力が高くなかったら、とてもついて行けなかったよ。
ネムを起こして朝食を食べている時に、いつもあんなハードなトレーニングをしているのかと質問したらニヤッと悪い笑みを浮かべた後「お前を試したのだ」と言われてしまった。
あのメニューは一般人にやると死人が出ると思うの。
ちなみに後でネムに確認したのだが、ランドルさんのレベルは37、体力と精神力は30オーバーだそうだ。
筋力は腕を痛めているからか少ないようだが、数少ない基礎能力値30オーバーがここに居たのだ。
これは、まだまだ現役行けるんじゃね?
朝食を済ませた後、ギルドまで馬車で連れて行ってもらえる事になった。
「ギルド会員登録と貸家探しに付き合いたかったのだが、今日は久しぶりに仕事が入っていてな。今日は、また俺の家に泊まっていけ。貸家探しには明日付き合おう」
さすがにお世話になってばかりでは悪い。
慌ててオレは遠慮する。
「いえ、さすがにそこまでしてもらう訳にいきませんよ。借家は自分で探してみます」
「貸家は当てがあってだな。――それに、俺は客が少なくてな。どうやら新人には受けが悪いようだ。ある程度ベテランになってくると、専属の運び屋が居たりする。……未来の客候補を、今のうちに囲っておきたいのだ」
気にするなと暗に伝えてくれているのだろう。
そういう事ならお願いするか。
元々運び屋はランドルさんに頼むつもりだったしね。
ギブ&テイクになるのかな?
オレの方が貰ってばかりな気がするけど……おいおい返せたらいいな。
それにどうもオレは、このおっさんが気にいったらしい。
年は離れているが、仲良く出来そうだ。
「そういう事なら、お願いします」
オレはランドルさんとがっちり握手を交わしたのだった。
馬車に乗りこむ時、ランドルさんから二枚の紹介状を貰った。
一枚は冒険者ギルドのモノ、もう一枚は……?
紹介状を交互に見比べるオレに、ランドルさんは声をかける。
「冒険者時代に懇意にしていた武器屋だ。ドワーフの店でな、紹介状が無ければ売ってくれん。ギルドで会員登録した後、そこで自分に合うものを見つけるといい。その店、少々値は張るが、質はいいぞ。……金ならあるだろ?」
ドワーフの店か、ファンタジーぽくていいよな!
そういえば、他にどんな種族がいるのだろうか?
何となく気になって、お礼をした後質問してみた。
「この街には、他にどんな種族がいるんですか?」
「後は、耳族と……獣人の奴隷が少数居る位だな」
奴隷がいるのか……。
なんだか嫌だな。
社会の仕組みとして、しょうがない部分もあるのか?
オレだってよく考えれば、社会の奴隷みたいなもんだったしな。
まああれだ、こういう時は深く考えないのが一番である。
「獣人というと、獣の耳としっぽの生えた人間の事でしょうか?」
「いや、それは耳族の事だな。獣人とは獣の顔をした二足歩行の種族だ。素早く、力が強い種族が多い。彼らは先の戦争で敵側に回った種族でな。……この辺りでは、モンスターと変わらない扱いを受けている」
……『理想世界』の割に戦争があるのね。
なんだか、嫌な気分になる。
話題を変えるか。
「耳族はどうなんですか?」
「そうだな。彼らは人気者だぞ。俺も昔、耳を触らせてもらった事がある」
耳族は人気者か。……ゲームや物語ではよく迫害されてたりなんかするんだが、よく考えると獣耳にしっぽが生えた女の子とか、人気が出ない訳無いよな!
「耳族ですか。いいですね!」
「では、知り合いに牛耳族の男がいるので、今度耳を触らせてもらえるよう頼んでみよう」
牛耳族の男か……オレは想像してみる。
って、おい!
牛耳族の男って、なんだか非常に残念だぞ。
「いえ、けっこうです!」
「緊張する事は無い。俺の時は彼奴も乗り気では無かった様だったが、ハルトは若いし、中性的な見た目をしているからな。彼奴も嫌がらんだろう」
いや、結構ですよ。
大体なんでオレが中性的なんだよ。
確かに、なで肩だしプリケツだけどさ……。
待てよ?
この世界では彫の深い顔立ちが多いが、女性は男性ほど彫は深くない。
オレの顔は中性的に見えてしまうのか!?
オレのコンプレックスが、トラウマが刺激される。
「……オレは中性的に見えるのでしょうか?」
思わずランドルさんに尋ねる。
「ああ、初め見た時は女かと思ったぞ。それに話し方も丁寧だしな。――そうだ。その話し方は丁寧で良いのだが、冒険者仲間からは舐められるかもしれん。注意すると良いぞ」
電車の中での、イヤーな感触がよみがえる。
「ランドルさん……いや、ランドルのおっさん。オレ昔、男にケツを触られた事がありましてね。――それは不愉快だったんでさぁ。オレはもう舐められたりしねぇ。これからは強い男を目指す。なので、あんたにももう敬語は使わねぇ。命の恩人でも、こればっかりは許してくだせぇ」
「あ、ああ、気にしなくて良いぞ。ちなみに俺にはそちらの趣味は無いので安心して欲しい。……何やら嫌な事を思い出させた様だな。すまん」
「ごめんね、ランドルさん。ハルト、こういう人なんだ」
ネムが小声で話す。
先ほどまで黙っていたのは、馬車の中とはいえ何処で声を聞かれているか分からないと警戒しての事だろう。
「ありがてぇ、こりゃあ、ありがてぇよ。……オレは、あんたみたいな強い男を目指すぜ!」




