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第二章 9.治療院

「ふあー」


 オレは大きなあくびをきめた後、思わず伸びをする。

 あくびついでに、辺りを見渡す。


 どうやらオレは、ベッドに寝かされていたようだ。


 見た所、ここは古い木造の建物だ。

 しかし、掃除や手入れは行き届いていて、清潔な感じがする。


 そして、日本の木造建築と違って、どことなくヨーロッパ風の雰囲気を感じる。


 あんまり建築には詳しくはないので、雰囲気だけなんだけどね。


 シンプルな棚に、観葉植物も置いてあったりする。

 小物なんかも割とセンス良く、男性的というよりも女性的で、なんだか落ち着く感じだ。


 そして身体を包む柔らかい布団の感触、清潔なシーツに枕、薬品とハーブの混ざったような匂い。

 

 ――なんだか、保健室みたいだな。


「……えーと、オレは気絶して……街に運ばれたんだっけ?」


 少しずつ頭が冴えて来たぞ。


 うん、身体が軽い。

 妙に頭もスッキリしている。


 牢屋に捕えられている訳でもない。

 コートは着ていないが、寝ている間に上着だけ着せ替えてもらったんだろう。

 清潔そうなシャツに変わっている。


 ここは保健室……いや、病院かな?


 この状況は、割と友好的に扱われていると見ていいのだろうか?


 まあ、モンスターを倒して人助けをしたんだ。

 牢屋に入れられる事もないか。


 持ち物なんてほとんど無いし、盗まれたって大した事はない。


 えーと、ネムは何処だろう?


 久しぶりの布団の感触がとても居心地良かったのだが、ネムが居ない事に気が付き、起き上がる事に決めた。


 起き上がろうと身体を起こした所で、部屋のドアが開いた。


「あー、やっぱり。声がしたと思ったのよ。体調はいかがですか?」


 入ってきたのは、オレンジ色の髪の女性だった。

 手足の長いスレンダーな身体つきで、整った綺麗な顔立ちだな。

 だが、オレに向けられた微笑は、あどけない少女の様にも見える。

 

 ……年齢不詳な女性だな。


 医者が着るような白衣を着ており、胸元には両側に刃の付いた鎌のマークの刺繍がしてある。


 オレは、その胸元にしばし目を奪われる。


 何故かって?

 出る所は出ていたからさ!


 どうやら機能はなくとも、心は反応してしまうらしい。


 性欲もあわせて、オレの人格って事なのかね。


 女性は先ほどから黙っている。

 オレの目線の先に気が付いたらしい。


「異国の方には珍しいマークかしら?このマーク『両刃の鎌』は薬学治療師の象徴なのよ」


 異国の方?

 ネムが教えたのか?


 それとも、アジア系の顔立ちが珍しいのかな。

 だが、目線に関しては勘違いしてくれたらしい。


 彼女が言うには、この『両刃の鎌』は『悪神フローキ』の持つとされる武器だそうで、相手を傷つけると己も傷つけてしまうという戒めの象徴だそうだ。


 何故こんな物騒なマークが薬学治療医の象徴かというと、『悪神フローキ』はいたずら好きの神様らしく、ある時、人々を困らせようと川に毒を流したそうだ。

 所がその毒の効能が薄まって流行病の治療薬になってしまったらしい。


 その時の逸話から反面教師として、自分たちの扱う薬は人を傷つける事もあるという事を心構えとして、『両刃の鎌』を自分たちの象徴としているそうだ。


 間抜けな神様も居たもんである。

 なんとなく、人間っぽいやつだな。


「――そうそう、申し遅れました。私はモニカ・フォーグルよ。見ての通り薬学治療師をしています。よろしくね」


 モニカ……先生だな。モニカ先生はニコッと笑った。


 ひまわりのような笑顔である。

 その笑顔は、満点の明るさの中に、聖母のような優しさを宿してオレに話しかけてくれる。


 ――いかん、いかん!


 なんとなく、保健室の先生っぽいな。

 この先生、オレのタイプすぎる。


 オレにはもうアレがないのだ。

 恋は危険である。


「……あなたのお名前は?」


 黙っているオレに、顔を近づけて聞いてくるモニカ先生。


 この人、天然で何人もの男をふりまわしてそうだな。


「オレの名前はハルト・カトウです。どうやら、治療して頂いていたようですね。ありがとうございます」


 気になっていたんだが、多分欧米みたいにモニカが名前でフォーグルが名字だよな。


「ハルト・ガトーくんね。おいしそうなお名前ですね。……でも、あんまり女性の胸を直視するのは失礼なんですよ?」


 美味しそうな名前?

 今、『加藤』の発音がおかしかった気がするが、何かの冗談かな?

 「あなた美味しそうね」的なアレか?


 この先生ってば、意外と悪女だな。


 って、胸をガン見していたのはバレていたのか。

 ここは素直に謝っておいた方がいいよね。


「……すいません」

「うん!分かればよろしい」


 そう言って、オレの頭をなでるモニカ先生。


 オレ、めっちゃ子供扱いされてない?

 確かに身体は17歳だけど、この扱いは少々恥かしい。


 オレは恥ずかしさもあり、話題を変えてみる事にした。


「あの、ネムは?小さな黒猫が一緒に居たと思うんですが、何処に?」

「しゃべる猫ちゃんなら、私の書斎にいるわよ。さっきまであなたのそばにずっと居たんだけど、魔道書に興味があったみたいなの」


 あれ?

 ネムが話すのに驚いてないな。


「あの、猫が話して驚かないんですか?」

「確かに人の言葉を話す魔獣は珍しいわね。可愛いし、好奇心旺盛な猫ちゃんだから、注意していないとさらわれちゃうわよ」


 なるほど、魔獣は話すヤツもいると……魔法の世界だし、何でもありだよな。


「……では、ネムちゃんが来るまで診察をしますね」


 そう言って、モニカ先生は眼鏡をかけ、髪を後ろにまとめた。

 ポニーテールってやつだな。


 その仕草にオレはくぎ付けだ。


 この先生どこまで……ん?

 耳の先が、少し尖っている。


「……ハーフエルフはめずらしいかしら?」


 モニカ先生は、オレの視線の先に気が付いたのだろう、そう言った。


「色っぽいから、見つめてしまっただけですよ」


 子ども扱いされた仕返し……先ほどの意趣返しだ。

 普段はこんなチャラけた事は決して言わない。――多分。


「……あら、お上手なのね」


 モニカ先生はポカンと口を開けた後、ニッコリ笑ってそう言った。


 ハーフエルフって事は、エルフも居るんだろうな。……何となく話しづらくなり、一旦この話は終了した。


 別に照れたんじゃないんだからねっ!




 その後、脈拍を測ったり、口の中を覗いたりするモニカ先生。


 こういう事は、日本と変わらないんだな。


「――うん、大丈夫そうね。魔力を大量に消費して気を失っていただけみたい。これならすぐに退院できそうね。……でも、念のため、お薬も用意しておきます」


 そういえば、助けたシスターたちはここにはいないようだ。

 少しだけ気になったので聞いてみる事にした。


「あの、教会の人たちは助かったのでしょうか?すぐに気を失ったので、その後をあまり覚えていなくて」

「彼女たちは、あなたの回復魔法のおかげですぐに良くなりましたよ。あなたは中々目を覚まさないし、魔物の病気に感染していた疑いがあったので、ここに入院してもらっていたの。回復魔法で回復させたはいいけど、傷口にバイ菌が残っていて、何日かすると高熱を出しちゃう人がいるのよ」


 なるほど、それは盲点だったな。

 回復魔法は傷口の回復はするけど、殺菌はしてくれない訳ね。


 その辺りの事情が気になって、色々聞いてみた。


 どうも教会ではお布施を払うと回復魔法を使ってくれるのだが、病気や毒の治療は出来ない(回復魔法で抵抗力は上がる)そうだ。


 ゲームだと毒なんかのバットステータス回復は1つの魔法で済む。

 だが実際は、病気や毒は種類が沢山有るのだ。

 それら全てを治せる回復魔法なんて存在しないという事か。


 そこで、モニカ先生たち薬学治療師の出番という訳だな。

 薬学治療師は、薬草や薬を使い、病気や毒の治療を行うのが主な仕事だそうだ。

 もちろん、薬学治療師も体力回復の薬は作れるそうだが、教会での回復魔法の方が安価だったりする。


 大きな病気や怪我では、教会とタッグを組んで治療に当たるそうだ。

 住み分けって奴だな。


「……ハルトくんは回復魔法が使えるのに、なんで知らないの?」


 ドキッ!オレたちがソウルイートが使える事は黙っておいた方がいいだろう。

 この世界では完全に異端の力だ。

 魂を吸収する力なんて、下手したら悪魔扱いである。


 どうやって取り繕おうか……。


 オレの不安をよそにモニカ先生は言った。


「まったく。……最近の若者は、お勉強ばっかりで物を知らないんだから。時には専門外の事も興味を持つべきですよ」


 手を胸の前にやり、やれやれのポーズをする。……ちょっと可愛い。


 どうやら、勘違いしてくれたみたいだ。


 だが確かに、ソウルイートで魔法が使えるようになっても、効果や範囲などはしっかり学んでおく必要があるよな。


 オレ、勉強苦手なんだけどな……。


 良く考えてだ。

 ここまで楽に魔法が使えるなら、後は少しの努力なんだよな。


 今後必要な能力だろうし、頑張ってみるか!

 オレには高い精神力さんも付いて居るしな。


「……がんばります」

「よしよし、偉い子ですね。回復魔法は、人々を助ける素晴らしい魔法だと思います。精進しなさいね」


 そう言って、またもやオレの頭をなでてくれる。


 ここで「子供扱いはやめてくれ」と言っても、逆にガキっぽいので今は楽しむ事にしよう。


 これって、役得だよね!




 その後、ネムが書斎から戻ってきた。

 オレたちは抱擁をかわし、生還を祝った。


 どうもネムは、今回オレが倒れたのは自分の力不足が原因だと感じているらしい。


 それで、魔道書を見せてもらっていたのか。


 今回倒れたのは魔力切れが原因であって、ひいてはあのバカザルと戦う前のオレの油断と作戦不足が原因なんだがな。


 ……それを説明しても、ネムは中々引いてくれなかった。

 なので「お互いもっと強くなろう」と言う事で話をまとめた。


 オレたちはもっと強くなる必要がある。

 ステータス的な強さではかなりの強者だが、もっと別の、技術や内面的な強さが必要だ。


 ……特にオレのな!


 もっと、強くならねば。

 オレはそう心に誓ったのだ。


 そんなオレたちの様子をほほえましそうに眺めていたモニカ先生だったが、何かを思い出したように「そろそろお昼ね」と言いだし、オレたちの分まで食事を用意してくれた。


 時間の感覚がつかめていないオレは、その時どのぐらい眠っていたのか聞いてみた。


 どうやら丸一日眠っていたようだ。

 通りで頭がスッキリしている訳だな。


 オレたちはモニカ先生のご厚意に素直に甘える事にした。

 お昼なので簡単なサンドイッチと豆のスープだけとの事だったが、久しぶりの食事である。


 しかも、美人女医モニカ先生の手料理だ。

 オレは歓喜して貪った。


 ネムには、焼き魚を用意してくれた。

 『完全なる肉体』の効果で人間と同じ食事は出来そうだが……今後試して行こうと思う。


 最大のネックは猫舌な事なのだが……どうも生物は元々みんな猫舌らしいのだ。

 人間は小さいころからトレーニングして猫舌を克服して行くらしい。

 ネムが望めば暖かい料理を一緒に食べるのもいいだろう。


 ちなみにここの治療費はどうなっているのか聞いてみた。


 オレたち一文無しだしね。


「……けっこう高いわよ。……なんてね。君たちを運んでくれた人――『大虎殺し』ランドルね――が払ってくれました。ちなみに、街へ入るための入門税も彼が払ってくれたみたいよ」


 何その怖い名前!

 馬車で聞いた声の雰囲気では、そんなヤバそうな感じの人ではなかったんだがな。


「有名な人なんですか?」

「この辺りの冒険者で、彼の名前を知らない人は居ないんじゃないかしら?確か、最近怪我して、冒険者を引退して運び屋になったとか。――すっごく強いって聞いた事あるわよ」

「ランドルさん、すごく大きいんだよっ!」


 すごく大きくて強い人ね。

 これはしっかりお礼に行かないとな。


「そうそう、彼から伝言をもらっているわよ。『お前が倒したモンスターの賞金を預かっている。体調が整ったら、冒険者ギルドまで取りに来るように』……だそうよ」


 あのバカザル、賞金が掛かっていたのか。

 これは思わぬ収入だな。


 だが、ランドルさんの伝言なんだか怖いな。

 聞きようによっては脅迫に聞こえなくもない。


「彼、すごく心配していたみたいよ。……顔、出してあげてね」

「もちろんですよ。ちゃんとお礼は言わないといけませんしね」


 モニカ先生はランドルさんを気にかけているようだ。


 知り合いなのかな?

 今までの言い方では、面識は無さそうなんだが……気になるな。


「モニカ先生は、ランドルさんとお知り合いなんですか?」

「……旦那のね、知り合いだったのよ」


 何となく言い辛そうに話すモニカ先生。


 知り合いだった?

 なんだか含みのある言い方だな。


 雰囲気から、これ以上この話はしたく無いらしい事がわかる。


 ここは話題を変えた方がいいかな。


 その後オレはネムの助けも借りて明るい話題にすり替える事に成功した。

 もちろん話題はオレたちが山を街に向かって直進しようとした話だ。


 笑われた。というよりあきれられてしまったよ。


 旦那さんがいたことはショックだったが……良く考えればこんないい女、誰も ほっとかないもんなー。


 ショウガナイヨ。ウン、ショウガナイヨ。


 その後、モニカ先生にお礼を言って、治療院からお暇する事にした。


 汚れた服も洗濯してくれた様だ。

 今度何かお礼の品を届けなければ。


 出がけに「冒険者になるの?」と聞かれたので「それもいいですね」と答えた。


 冒険者といえば、ゲームなんかでお馴染みのアレだよな?

 オレたち中二病サラリーマンの憧れの職業だ。


 それに、これから旅をするなら、冒険者は打ってつけだと思ったからだ。

 モンスターを倒せばソウルイートできるし、賞金としてお金も手に入る。

 オレたちには一石二鳥の職業だからな。


 だが、それを聞いてモニカ先生は浮かない顔だ。


 ――厳しい世界なんだろうな。


 彼女は、オレたちがチート級のスキルを持ってるなんて知らないんだ。

 心配してくれているのかもしれない。


 「無茶はしないから大丈夫ですよ」と言ったのだが、「魔力切れで気絶する人は信用できません」と言われてしまった。


 そらそーだな。

 こりゃまた一本取られた!


 そして、冒険者ギルドまでの手書きの地図を手渡してくれた。

 良く考えたら、場所知らなかったんだ。


 最後までカッコ悪いのがこのオレだ。

 情けなかったが、これは慣れるしかない。


 そんな感じで見送られながら、オレたちはモニカ先生の治療院を後にしたのだった。

 


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