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第二章 8.暗がり

 暗がりの中で、オレは昔を思い出していた。


 オレの祖父は剣道の師範、父親も有段者だ。

 兄貴とオレは、幼い頃から当然の様に剣道を習っていた。


 今思えば、一昔前のスポコン漫画の様に、毎日ボロボロにされながら、まるでそれは他人の出来事のように現実感の無い日々を送っていたと思う。


 思い返すと憑りつかれたように何百、何千、何万回と突きの練習をしていた記憶がある。


 その戦い方は卑怯だと言われた。

 突きは反則、危険だから高校まで使ってはいけないと何度も注意を受けた。


「何故卑怯な真似をする?何故兄のように出来ない!」


 口から泡を飛ばし、オレを叱るじいさん。

 煙草を吹かし、酒臭い息で、竹刀でオレを滅多打ちにする。


 それを見て、何も言わない父。

 これがオレの実家での日常だった。


 真面目な父だったが、じいさんには何も言えないようだった。


 兄貴はたまに庇ってくれたが、どうもオレにはこの兄貴が好きにはなれなかった。

 オレが出来ないことを簡単に熟してしまう兄が、同じ人間に見えなかったのだ。


 母親はオレが中学に上がる頃に居なくなった。


 ――オレは兄貴ほど才能が無いから。

 

 言い訳だ。

 子供の頃のオレは、只勝ちたかったのだ。

 勝って、今思えば褒められたかったのだろう。


 認めて欲しかっただけなのかもしれない。


 確かに兄貴には才能があった。

 大学を卒業し警官になり、社会人剣道の大会でも上位の成績だった。

 真面目で、正義感が強く、剣の才能だってある。

 じいさんにとっては理想の孫だったに違いない。


 だが、オレは違う。


 臆病で、鈍い、バカなガキだった。……多分それは、今でも変わらないだろう。


 兄貴が高校の全国大会で負けたと聞いた時、オレは心の底から笑った。


 兄貴の才能も大した事は無い。

 上には上が居たんだと分かったのが楽しかった。


「お前は歪んでいる」


 濁った瞳のじいさんに言われた。

 戦争で何人も人を殺したと、酒の席で自慢げに語る老人に言われた。


 マラリヤに怯え、常に部屋には蚊取り線香を焚き、後悔と怯えを酒で癒すアルコール中毒の、こんな廃人に言われたんだ。


 だが、正解だ。

 確かにオレは歪んでいるんだろう。

 いつからかオレの中で、こんな感情が芽生えていた。


 ――殺したい。


 オレはその感情を隠す事にしていた。

 ヘラヘラして取り繕って、隙を伺い、他人を全く信用しない。


 ……そうか、オレが突きを練習していたのは人を殺す為だったのだ。


 なにやら腑に落ちてしまった。


 いつか殺してやろうと牙を研ぐ毎日。

 だが、高校に上がり暫くして、じいさんが死んだ。


 オレは落胆したね。

 何たって、一番殺したいヤツが勝手に死んじまったんだから。


 オレは歪んでいるんだろう。


 世界が滅亡したと聞いた時は確かに絶望した。

 だが、それは自分の生活が成り立たなくなるからだ。


 不思議と悲しくはなかった。


 こんなヤツだ、今まで親友などいなかった。

 良くて利用し合える関係だな。


 大切なモノなどあまりなかった。


 オレの大切なモノ……オレの人生で唯一の感謝はネムに出会えた事だ。


 今思えば、何故あんな場所に行ったのか覚えてはいないが、あの日一人で震えていたネムに出会い、やっとオレは一人ぼっちじゃないと思えた。


 初めて必要とされたと思えた。


 きっとオレには、世界が滅んだ事なんてどうでもいいんだ。

 ネムと一緒にいられる事の方が大事なんだと思う。




 ガタッ、と音がした。

 そのすぐ後、段差を踏み越えるような感覚がした。


 外から聞こえる規則的な音は馬の蹄の音だろうか?


 悪い夢を見ていたような気がするがあまり覚えていない。

 草に負けた時のように、頭がガンガンと痛む。


 ネムが楽しそうに何か話をしている。


 オレたちは、助かったのだろうか?


 ……そういえば、知らない人間とは話すなと注意していなかったな。


「――さて、そろそろファージ山脈の根本の街『イーブス』に到着だ。ここは150年前、かのベルーガ卿が開拓した冒険者の街だぞ」


 オレは、まだ頭がボーとして意識が定まらないので、しばらくネムの会話に耳を傾ける事にした。


 この声の主、運び屋のランドルと言うらしい。

 どうもオレが気を失った後、通り掛かり助けてくれたようだ。


 彼が言うには、このイーブスの街は、『迷宮』を探す目的で作られた街だそうだ。

 およそ150年前に、ベルーガ卿という貴族が、古代の文献を元にファージ山脈の原生林の中に地下へ続く『地下迷宮遺跡』がある事を突き止めた事から始まったそうだ。


 その後、100人にも及ぶ捜索隊を組織し、ファージ山脈の原生林の探索を行い、迷宮を発見した……らしい。


 『らしい』というのは確たる証拠が見つかっていないからだ。


 ベルーガ卿率いる捜索隊は隊員二名を残して帰って来なかった。

 命辛々帰還した二人は宝石を山ほど抱え、迷宮の発見を伝えると発狂し死んでしまったという。


 その後150年間、国を挙げて原生林を開拓しながら迷宮遺跡捜索を行っているが、未だ発見されないそうだ。

 

 考えてみれば、よくゲームで迷宮ものなんてあるけど、内部の捜索の前に迷宮が何処にあるのかも探さなくてはいけないんだよね。


 だが、150年も迷宮が発見されないのによく国がお金を出すよな。

 何かメリットはあるのだろうか?

 ロマンだけではそこまで出来ない気がする。


 ひょっとしたら、広大な森を開拓するだけでも国にはメリットがあるのかもしれない。


 ネムは「へぇー、なるほどねぇ」などと言って愛想よくあいづちをうつ。

 本当に内容を理解しているのかは不明だ。


 だが、それに気を良くしたのか、嬉しそうに街の説明をするランドル氏。


 この男もオレと同好の士かもしれないな。

 まだ信用できないが、どうも話を聞いていると、このランドルという人物は割とお人好しそうだ。


 そろそろ起き上がりたいのだが、身体が動かない。

 少し気がゆるみ、今度は心地よい倦怠感がオレを包んで行く。


 『完全なる肉体』よ、お前はそれでいいのか?


 抵抗を試みるのだが、オレを眠りへ誘う心地よい倦怠感に勝てそうにない。


 ……もう少し、寝かせてもらおうか。



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