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第四章 25.クーとオリヴィア

 その後、オレは馬車で寝かされたまま、街まで運ばれる事となった。


 回復魔法で傷は回復しているとはいえ、身体のあちこちがズキズキと痛む。

 しかも折れた右腕はまったく力が入らなかった。


 ネムによると、骨は繋がってはいるがまだ完治はしておらず、1週間ほど痛みは続くそうだ。


 回復魔法で回復させても、すぐには動ける状態にはならないと言う事だな。


 さらには竜人にやられたダメージに加え、シャムロック氏の動きに身体が付いて行かなかったらしく、全身が酷い筋肉痛の様なのだ。


 シャムロック氏、特殊な事はやっていなかったはずなんだが……身体の使い方がオレとは全く違うと言う事だろうか?


 ネムは、オレの胸の上にずっといる。

 相当心配をかけてしまったらしく、ここから動く気は無い様だ。

 そして、オレが動こうとすると「だめ!」と言いながら、オレのおでこに肉球を乗せて動けないようにされるんだ。


 かわゆい……これは他の意味でも動けそうも無い。

 

 そして他のみんなだが、まずはレイくん。

 彼はすごく優しくて、利き腕が使えないオレの為に食べ物を「アーン」をしてくれたり、一緒に添い寝してくれたりする。


 寝言で「俺の可愛い兄貴……ふふん」と言ったのを聞いた時、戦慄が走った。


 ……完全に罰ゲームだな。


 おっさんは、血が足りないだろうと、オレに造血効果のある薬草を探してきては、その場ですり潰して飲ませようとしてくる。


 鉄臭く、青臭い、赤黒いホウレン草のスムージーに塩を入れた物を想像して欲しい。

 オレはどんなに健康によかろうが、身体が受け付けない物を食べると余計に体調を崩す人間なんだ。


 ……これもまた、罰ゲームだった。


 ミィーカと言えば、少し離れた所でこちらを伺いながら、塞込むオリヴィアの介抱をしていた。

 もちろん、塩漬け豚のスープを作ってくれた。

 そして職員さんから豆を貰っていたのか、甘いコーヒーを入れてもって来てくれたりする。……しかも、お冷付きでだ。


 オレ、甘いコーヒーを飲んだ後、口の中が不味い気がして水を飲みたくなるんだが、何であいつ知ってるんだろうな?


 そもそも、オレが甘いコーヒーが好きなの何で分かったんだろうか?


 ……不思議な事が起きるもんである。


 オリヴィアは……駄目かもしれんな。

 確かに、ショッキングな出来事が多かっただろう。


 オレは馬車の中、カーテンで仕切区切られた先を見つめた。


 隣にはオリヴィアが寝ているようだ。


 オリヴィアとは、あの後一切話しをしていない。

 ミィーカによると、オリヴィアは起きている時、何度も何度も身体を塗れたタオルでこする様に拭いているそうだ。


 たまにすすり泣くような声が聞こえるが、聞こえないフリをした。


 オレはイーブスの街に帰るまでの間に、シャムロック氏がオレの中に居る経緯をみんなに打ち明けた。


「倒したと思ったら、最後の最後で乗り移られていた」


 そういう事にしてだ。


 ソウルイートについては話していない。

 ほぼオレたちの能力はバレてしまっているが、最後の一つ、この能力だけは話す事が出来なかった。


 シャムロック氏をその時みんなに紹介しようと思ったのだが、寝ていたらしく出て来てはくれなかった。




 イーブスの街のほど近く、馬車を隠せる場所を見つけたらしく、おっさんが馬車を止めた。


 ……考えている事は同じか。


 ここは、オレから切り出そう。

 

「おっさん、もうここまでいいよ。ネム、降りるぞ」


 これ以上みんなに迷惑はかけられない。

 竜人に追われるのは、竜人を殺したオレたちと、竜人に殺されてしまう危険のあるクー、三人だけでいい。


 ここまで来る間に聞いたネムの話しでは、この地方に竜人はやつら以外に居らず、オレたちが竜人を殺した事はまだ他の竜人には伝わっていないそうだ。

 だが、このままみんなで街に入れば内通者にオレたちが生きている事が伝わってしまうだろうとネムが念話で教えてくれた。


 ネムによると、内通者は全員『聖光派』の信徒だったそうだ。


 今回何故オレたちの動きが筒抜けだったのかだが、ミィーカの所の僧侶さんが聖光派の信徒にうっかり情報を漏らしてしまい、そこから砦の光魔道師に、そして竜人たちへ情報が伝わったのではないかとネムが教えてくれた。


 狙いはオレたち。

 おっさんたちだけで街には入れば、少なくともおっさんたちはもう竜人たちに命を狙われる事は無いだろう。


 みんなはオレと関わりを絶って「何も知らない。奴等は途中で馬車を降りた」そう言っておけば平穏に暮らせる。

 なあに、クーは自力で連れ出すさ。


 そう言おうとして、ギシギシと痛む身体を持ち上げる。


 歩くのはまだしんどそうだが、『完全なる肉体』さんなら何とかしてくれるだろう。


 ……ここは、気楽にな。


「みんな、ありがとな。ここからは――」

「――そう言うのは、無しにしちゃあ貰えませんかね。俺は運び屋だ。今回の依頼は『兄貴達を街から乗せて、オリヴィアの嬢ちゃんを助けた後、また街に送り届ける事』……それが出来ない様じゃ、運び屋なんて明日から名乗れませんよ」


 オレの言葉を遮って、レイくんが話し出す。


 決意を込めた眼差しで全員がオレを見つめていた。

 オリヴィアまで少し離れた辺りで暗い表情でこちらを見つめている。

 

「だけどな、みんなに迷惑がかかちゃうだろ」

「迷惑ってなんすか?……俺は兄貴にデッカイ恩が有るんでね、悪いですけど逃がしませんよ。何なら縛りますかい?今の兄貴なら、俺でも楽勝でしょうね」


 レイくん目に力を入れたまま、ロープを持って来て強引にオレをロープで縛り付ける。

 そしてミィーカに「兄貴がおかしなマネしたら体張って止めろ」と言った。


「気ぃ使い過ぎなんだよ。……今度は、私達がお前らを守る番だろ」


 そう言って、ミィーカはオレの肩をポンッと気楽な感じでたたいてくれた。


「しばらくここで待っていてもらえませんかね。……内通者の存在が気になる。それに、竜人を殺した兄貴たちが街に入ると、処罰される可能性もあります。一度状況を探りに行ってきます」

「……じゃあ、ボクが行くよっ!ボクなら目立たない。ボクがカーティスさんとお話ししてくるよっ。……竜人に情報を流ながたやつらをしらべてあるんだ。そいつらをやっつければ、時間もかせげるしねっ!」

「いいや、伯爵様の元へは俺が行こう。俺たちはオリヴィアを助けたのだ、無下にはしまい。……それと、気になる事があってな。ネムはハルトを見ていてやれ。今、竜人が攻めてきたら守れるのはお前だけだ」


 二人の意見に、ヤレヤレと言った風で首を横にふるレイくん。


「ネムの件はランドルの旦那に大賛成なんですが……駄目ですね。ランドルの旦那は目立ちすぎる。スジを通したいってんなら、俺が手紙を伯爵様の所へ届けましょう。……俺は、街への秘密の抜け道を何個も知ってるんです。これは俺の仕事だ」

「お前ら、そんな事して万が一捕まったら命は無いんだぞ。そんな事させられない。……オレは、お前らを危険にさらしたんだ。竜人の件だって、巻き込んじまったようなもんだろ?」

「まだそんな事思ってたのかよ。この中で巻き込まれたなんて思ってるやつはいねーぜ?オリヴィアだってそうさ。……たまには頼ってくれよな」


 ミィーカが優しくオレの頭を撫でる。


 オリヴィアが下を向きながらモゴモゴと何か言ってくれた。

 内容は聞き取れなかったが、好意的な内容なのは分かった。


 今回オレは、勝てるつもりで竜人にケンカを吹っかけ、みんなの命を危険にさらしてしまった。

 他の手が思いつかなかったのも含め、完全にオレのミスだし、結果的に助かりはしたが、文句を言われたっておかしくない状況だ。


 なのに……なんで?


「……なぁ、ミィーカ。悪いが帽子のツバを下げてくれ。それだけしてくれたら、後は何も言わないから。……たのむよ」

 

 ……それ以上、言葉が出て来なかった。


 ミィーカはそっと帽子のツバをさげ、またオレの肩をポンッと叩くと、少し離れた所に座ってくれた。

 

 


 その後、ネムが状況を皆に説明した。

 そして、内通者の名簿を作成し、おっさんがカーティス伯爵へ手紙を書き、その二通をレイくんがカーティス伯爵へ届ける事になった。


 要はカーティス伯爵さまを信頼し、助けてもらう事になったのだ。

  

 何故、カーティス伯爵を頼る事になったのかだが、理由が二点ある。


 まず第一に、あの人ならオレたちを悪いようにはしないだろうとのおっさんの意見だ。


 確かにあの人には何個か恩がある。

 それでも協力を拒むようなら、迷宮への順路をダシに使う予定だそうだ。


 そして第二に、おっさんも先ほど言っていたが、あの伯爵……。


「……ハルトの兄貴」


 不意に、レイくんがオレの名前を呼んだ。


 出発の準備が出来たようだ。


 その真剣な眼差しに、オレはレイくんをつい見つめ返してしまう。


「兄貴、俺と兄貴との結びつきはカネだ。信用出来ねぇかもしれねぇ。薄っぺらい関係に見えるでしょう?……だけどね、カネってのは、無い奴からすると大変な恩なんですぜ。……兄貴のおかげでアイリーンを奴隷解放した時に出来た借金を返す事が出来た。俺だけの力だったら何年かかったか分かりません。俺ね、森王ザリガニを捕獲した兄貴を見た時に気付いたんですよ。……俺は、偉そうにツッパッて、本当は何も出来ない馬鹿野郎なんだってね。カネの恩、これは俺の命じゃ代えられねぇ位、デカい恩なんですよ」

「……レイくん」


 そんな事……無い。

 お前は凄く仲間思いで優しいヤツだって……オレ、気が付いたんだ。

 思えば初めの頃はケンカばっかりだったけど、同い年で初めて出来た大切な友達なんだ。

 

 そう言おうとして、またレイくんに言葉を遮られる。

 そしてニッコリ笑ってオレの耳元でささやく。


「――2日経っても俺が戻って来なかったら、この街を去る決心をして下さい。マライじいさんには、クーの嬢ちゃんとモニカのねぇさんを街から連れ出してもらうように言っておきます。なぁに、じいさんも一度ヘマやっちまいましたが、あれで凄腕なんです。もう一度信じてやってもらえませんか?」

「レイ、その、モニカ殿は……」

「ハッ、旦那。俺もヒヤヒヤしながら見ていたんですよ。街から去るなら、最高の宝物位持って帰らねぇと、元Aランク冒険者の名が泣くってもんですよ。アイリーンも連れて来てもらう事になると思います。兄貴……もし良かったら……いや、何でもねぇ」


 そう言った後、レイくんはミィーカの肩をガシッと掴んだ。

 そしてオリヴィアとミィーカを交互に見つめた。


「レイ兄ぃ」

「……ミィーカ、オメェは何だかホント、俺の妹みてぇだな。兄貴を宜しくな。……オリヴィアの嬢ちゃん、あんた強くなるぜ?立ち直ってくれよ!」


 レイくんは、最後にネムに向き直った。


「ネム、初めは警戒されてたみたいだが、それで正解だ。兄貴を守ってやってくれよ」

「レイくん……ボク、レイくんのこと好きだよっ!『けいかい』してなんかないよっ」

「へっ、ありがてぇ!……では、皆さん、ご達者で!」


 彼は颯爽と馬車から飛び降りると、街に向かって駆け出して行った。


 ああ、レイくん!

 カッコいい事言って、背中には「死にに行く」って書いてあるよ!


 ……オレは、最高の友達を失ってしまうのか。


「うえーん!!……レイくーん!びえーん!!」


 泣き崩れるオレに、笑顔で親指を立てるレイくん。……オレはこの笑顔を一生忘れないだろう。




 1日後、レイくんはケロッと帰って来た。

 

 うん、良く考えたら、そこまで悲観する事でも無かったんだよね。


 だいたい、本当に危なかったらカーティス伯爵の所になんてノコノコ行かず、クーをこっそり連れて来れば良かっただけなんだから。


 大分、レイくんにノセられてしまった気がして恥ずかしい。


「お待たせしました!暇だろうと思って、城から酒パクッてきましたよ!伯爵様の奴、話の分かる奴でしてね。ランドルの旦那の手紙を読んで、内通者……伯爵の奴は『信奉者』と呼んでましたが、そいつらを秘密裏に捕まえるから、一日待って、普通に門を通って帰って来るようにって言ってましたよ。……えっと、伝言で『これからは、『聖光派』に無駄な寄付をしなくて済む。礼を言うよ』って。いやー、伯爵の奴、初めチャラケた態度がムカついたんで、速攻ボコってやろうかと思いましたが、意外と良い奴ですね。『友達になろう』って言われたんで『ツレは勝手になってるもんだ。……オメェとも何度か遊べばツレになっかもな』って言ってやりましたよ。……あっそうだ!コレ、伯爵の奴からの手紙です。で――」


 レイくんは、話の途中でしわくちゃの手紙をオレに渡す。


 レイくん。……オレにじゃなく伯爵さまに敬語を使ってやれ。

 途中からこいつ、『伯爵の奴』ってめっちゃ無礼な呼び方してたぞ!


 はっきり分かった。

 この領地は、教育に力を入れた方が良いな!


 手紙の内容は、カーティス伯爵自記筆の手紙(当たり前なんだが)で、レイくんが教えてくれた内容の他に


・信奉者は理想郷に加担した罪で処刑する。これで竜人が今回の顛末を知るまで時間が稼げるだろうという事。

・強き善なる種族が悪人に殺される訳が無く、竜人自体が仲間を殺されたという事実を公表する事は無い事。

・街に入るのは罠を疑うかもしれないが、オリヴィアを救ってくれた恩人には、堂々と門から入ってほしいとの事。

・怪我が治ったら、オレに屋敷に来るよう伝えて欲しい。その時に今回協力した訳を話す事。


 以上の事が長々と書いてあった。


 ああ、それから「可愛らしい『善意の人』に、信用してくれてありがとうと伝えて欲しい」ってのもあったな。


 どうも、内通者の名簿の作成主が誰なのか気づかれてしまったらしい。


 念のため、ネムに頼んで街の様子を確認して貰ったのだが、内通者は捕えられ、殺されている者もいるようだ。


 何だか、拍子抜け……だな。


「でねっ、兄貴!俺は、騎士団長の胸倉柄んで言ってやったんですよ。何て言ったかと――」

「レイくん……うるさい」


 ネムが心底ウザそうな顔でレイくんを見る。


 確かにウザいが……褒めて欲しくてシッポふりながらオレに話してくれているんだよな。


 奥さんは、毎日この話を聞いているのか?

 レイくんの評価より、奥さんの評価が急上昇してしまったよ。




 そんな感じで、レイくんの『俺スゲー話』を聞き流しながら、酒をチビチビとやり、一日待った後、オレたちは何の危険も無くイーブスの街まで到着した。


 門をくぐると熱烈な歓迎で、武器を持たない兵士さんたちに迎えられた。

 

 ここまでしてくれて大丈夫なのだろうか?


 まず、モニカ先生の所へクーとリリィを迎えに行ったのだが、案の定クーには大泣きされてしまった。


 そして、リリィだが――


「この傷痕、竜人ね。……私の防具が、貴方を守れなかったのね」


 と、言われた後、またしても大泣きされてしまった。

 

 今回はリリィに救われたようなもんだし、オレにしてみたらリリィの装備はスペシャルだ。

 逆に壊してしまって申し訳ない感じなのだが……その事を伝えると余計に泣かれてしまった。


 ……職人としてのプライドなのだろうか?

 

 おっさんは、モニカ先生と熱い抱擁を交わした後「カーティス伯爵の所へ行って来る。礼を言わねばならんのでな。……悪いが待って居てくれ」と決意に満ちた表情で告げると、オレたちを家まで送り届けた後、またレイくんを伴って出掛けてしまった。




 そして――


「ハルト、あーん!」

「あーん。……モグモグ。ああ、ネムが『あーん』してくれるご飯はとってもおいちい……美味しいな!」

「もう、こぼしちゃだめだよ?…あっ、ほっぺについてるよ。――ぱくっ」


 ネムたんがデレてくれたのだ!


 今は、ベッドで寝ているオレに念動力でスープを飲ませてくれている。


 まさに最高のご褒美である!


 ネムたんはオレの嫁。

 この瞬間が一生続けばいいのにと願ってしまうほどの幸福感だ。


「なっ?私の作ったスープの方が、ハルトは好きなんだよ!」

「いいえ?貴女は私の作るコンソメスープを飲んでいないから……そんな事が言えるのよ?」


 オレが幸せに浸っている横で、ミィーカとリリィがスープ対決談義?を繰り広げている。


 塩漬け豚のスープは素朴でいいし、コンソメスープも美味い。

 オレは、どっちも好きでいいと思うんだが、それじゃ駄目なのだろうか?


 それにしても、二人ともネムを見る目が羨ましそうだ。

 後で頼めば、ネムたんもやってくれると思うんだけどな。


 実は家に帰ってからというもの、リリィとミィーカが毎日の様にやって来てはクーのお手伝いをしてくれるんだ。


 この二人が、お手伝いをしてくれているのには訳がある。


 オレ、別に動こうと思えば動けるのだが、ネムとクーが許してくれない。……それもある。

 だが別にオ、レ一人の看病の為なら二人もお手伝いに来てくれなくても事は足りるんだ……。


 二人がお手伝いに来てくれる訳、それは――


 オリヴィアが、何故か家に転がり込んでいるんだよね。


 元々、オリヴィアは怪我をしている訳ではないので、モニカ先生の所で入院する訳にもいかない。

 さらにオリヴィアは、捕まった時に装備やらお金やらほぼ全てを奪われ、宿屋で部屋を借りる事が出来ない。

 本来はすぐにでも働きたい所なのだが、本人がこの状態では冒険者を続ける事が困難だろう。

 

 そこで、ネムたんの発案で家で看病する事になったのだ。


 オレは、カーティス伯爵や、知り合いの貴族なんかに面倒見て貰えばいいと思うんだが、家に入り浸る女子たちに言わせると、オレには分からない「面倒くさい事情」があってそれは出来ない……らしい。


 面倒くさい事情。

 色々想像は出来るが、そう言う風に濁されると反論し辛い。

 その分ネムたんが優しくしてくれるから、良しとしてしまったのだ。


 うん、誤魔化されたとも言う。

 

 クーは、先ほどから部屋の隅で心配そうにオリヴィアの部屋を見つめている。


「クー、オリヴィアが心配か?」


 あんな事があったのに、どうしてそこまで優しく出来るのだろう?

 オレがクーの立場だったら、顔を見た瞬間中指立てて「ザマァみろ」の一言くらい言ってやるのにな。


「はい。……わたしは、オリヴィアさまのきもち……わかりますから」


 クーは、元気なく微笑んだ。


 ひょっとしたら、オリヴィアがどんな目にあったのか想像出来ているのかもしれないな。


 この所、クーは奴隷の身分を貫いてみんなに接している。

 多分だが、貴族であるオリヴィアへの配慮なんだろう。


「わたしは甘えていました。……それを、オリヴィアさまにおもいださせていただいたんです。……せめてオリヴィアさまの前では、奴隷としてでも一人前として見ていただきたいのです」


 よく分からないが、クーも何か思う所があってやっているようだ。


 ……しばらくは見守って行くか。




「オリヴィアが、クーと話すってさ」


 ミィーカがオリヴィアと話して、クーを連れにやって来たようだ。

 隣には、心配そうな顔のリリィまでいる。


 オリヴィアが家に来てから、数日が経過してた。

 オリヴィアはまだ暗いが、話せるようには回復したらしい。


 そういえば、クーは「オリヴィアと話がしたい」って言ってたっけな。


「クー、オレはおすすめしないぞ」

「……いいえ、わたしは自分で……話さなければなりません」


 そのクーの眼には、強い意志が宿っているように感じた。


 ――「いいえ」か。

 ベルーガ卿が、イルウェスに抱いた感情がどんなものか分かったよ。


 クーは一礼して、部屋の扉をゆっくり閉める。

 オレは、ベットに寝転がりながら、オリヴィアの居る部屋の方角を見つめる。

 

 オレの胸の上にいるネムが覗き込んできた。


「しんぱい?」

「ああ、そりゃあね。……ネムは心配かい?」

「そうでもないよっ。だってボクたちは『お話し』できるんだよ?お話しすれば、きっと二人の世界が広がるよ」


 ネムはニコッと笑って、オレに身体をすりよせる。


 まったく、ネムはこういう時、楽観主義者だよな。


 オレはネムを抱きしめながら、クーとオリヴィアの会話が、二人に実りある物となるよう祈った。




 しばらくして、オリヴィアの怒鳴り声が聞こえてきた。

 それを聞いてネムは身体を振るわせる。


 ……まったく、本当は心配していたんじゃないか。


 オレは、ネムの頭をなでる。


 本当はオレもその話し合いに参加したかったんだが、ミィーカから止められているんだよな。


 オリヴィアの怒鳴り声が止んだそのすぐ後、クーにしては珍しい大きな声。

 そして、次第に声のトーンが小さくなる。


 その繰り返しが何度もあった。


 時間は、何時間経過しただろうか?


 時折リリィが話したり、ミィーカが話したりしているようだが、中々終わりそうもない。


 次第にオリヴィアの声に涙が混じるようになり、それにつられ、誰かが泣き出して……その後、めんどくさくなってオレは寝た。


 深夜も回っていたし、そろそろ大丈夫そうな感じがしたんだよな。




 翌朝、スキッリした顔で朝食を作るクー。


「おはよう。早いな、一人かい?」

「おはようございます。はい!リリィちゃんも、ミィーカさんも、オリヴィアさんも、まだ寝ています。……わたしのせいで夜更かし……させちゃいましたから」

「そっか!今日は大分調子がいいから、オレにも手伝わせてくれないかい?……ネムには内緒でさ」

「……は、はいっ!」


 オレは、クーの頭をなでる。

 本当は抱きしめたかったが、少し恥ずかしかったんだ。


 話し合いの結果?

 それは、聞かなくってもわかるさ。


 ――ミィーカさんに、オリヴィアさんね。


 先をこされたな。



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