第四章 24.レオン ・シャムロック氏
何なんだよ、この中二病的展開はさ!
オレは、解説しながら飲茶してろってか?
まあ、助けてもらったのは感謝してますがね。
コレこの後、どの面下げて出て行けばいいんだよ!
オレは調子に乗って助けに行って、女子に酷い下ネタかました後、自慢げに雑学かましてたらブチ切れたホストに半殺しにされましたってか?
そして、倒したと思っていた最強の敵が師匠面してやってきたと思ったら、超絶カッコいいことほざいて無双して行きやがって!
ああ、引きこもりてぇ!
はずかしくてお外出らんねぇな、これは!
教育テレビ見ながら、コーラとポテチ食べてぇ!
「オラ、ポテチ食べてぇだ!」
オレの魂の叫びに反応したかのように、不意に白い霧のようなものが人の容を作る。
その瞬間、豪華な黒い椅子が暗い部屋に現れる。
白い霧はその豪華な椅子に腰かけると、急速にシャムロック氏としての体を成す。
つややかな長い黒髪を後ろに束ね、その眼にはもはや呪い殺すような暗い恨みの色は宿していない。
今やその、キリッとしたとび色の瞳には、強い意志を宿しているように感じられる。
やせ形で、猫を思わせるようなしなやかな身体つき、三銃士が着てそうなキザな騎士服を一分の隙もなく着こなしている……どこをどう文句を付けても見てもイケメン。
――それが、レオン・シャムロック氏だ。
こいつ、自分の名を名乗るのが嫌いらしく、生前は名字のシャムロックとだけ名乗っていたようだが、こいつを題材にしていた書物には確か挿絵付きで『レオン ・シャムロック』と書かれていたんだよな。
ああ、ちなみに、挿絵よりイケメンだ。
「失礼、お前にも椅子を用意すべきだな」
そう言って指を鳴らすと、シャムロック氏に対面する形で、オレの横にも椅子が現れた。
オレは、その椅子にドカッと腰かける。
まったく、キザッたらしくてやんなっちゃうぜ!
だが、こいつの実力は本物だ。
竜人が、毒殺してまでこいつを殺そうとした訳が今なら分かる。
類稀なる強さ、カリスマ性、こいつの存在は、人類にとって希望なんだ。
こいつを目指して、人類が光に飛び込む羽虫のように身を焼きながら切磋琢磨し、やがて一握りの人類が竜人を超える日が来るだろう。
それほどの説得力と魅力を持ち、さらに『円の剣陣』という、弱者が強者を超える為の術を持っている。
オレが竜人なら、是が非でも殺したいはずだな。
オレはシャムロック氏の戦い方を見ていて、何故こいつが「亡霊」なんて呼ばれていたのか気が付いた。
実は初めの頃、疑問に思ったんだ。
何で、『シャムロックの屍(もしくは骸骨)剣士』では無く、『剣士・シャムロックの亡霊』なのかってさ。
こいつ、歩いているだけで何もしていないはずなのに、攻撃が一切当たらない。
本人曰く、避けるなんて動作をする必要が無いからだ。
つまりこいつは、攻撃してもそこに実体が無いかのような印象を相手に与えてしまう。
その結果、実態があるのに「亡霊」なんて呼ばれるようになったんだ。
オレ、こんなヤツによく勝てたよな?
こいつと戦った時の事を考えると、どうも遊ばれていたとしか思えない。
思い出すだけでゾクッとしてしまうぜ。
「どうだ、俺の戦いは見て貰えたかな?」
大げさな身振りでオレに話しかけるシャムロック氏。
一応助けてもらった事になるし、ここはお礼言った方がいいよな?
「ああ……ありがとう、シャムロック氏。助けてもらわなければ死ぬ所だった。感謝するよ」
「死ぬ所?お前は本当に馬鹿弟子だな。まぁ、冷静さを欠いたお前では、そう映るかも……な。大体、Sランクのドラゴンや、異世界の神を一人で倒せるお前が、あの程度の竜人二人如きに後れを取る訳が無いんだ。お前は選択肢が多すぎて、一つの事に縋る事が出来なかったんだよ。『何でも切れる剣』か?……まあ、結構な事だが、時間を稼ぐつもりだったのなら、あれは悪手だと言わざるを得んな」
ぐへっ!お礼を言ったら、すっげーダメ出しが来てしまった!
オレ、頑張ったと思うんだ。
……頑張るだけじゃダメなのは分かるけど、この状況でダメ出しされるとかなりションボリしてしまう。
「――まあ、仲間を守ろうと必死だったという事か?能力値の高い黒猫君は、そもそも前線で戦うタイプでは無い。3人を相手にして万が一が起きては困ると危惧し、お前が2人受け持った。……そこまでの判断は嫌いではないが、その後がまるで駄目だな。俺のように戦えとは言わんが、余りにお粗末だ。……うーん、12点」
オレが落ち込んでいると思ったのか、さりげなくフォローをしてくれるシャムロック氏。
全然フォローになってないんだがな。
12点……思ったより高いな。
その優しさが逆に痛いよ。
「ちなみに、ドラゴン退治の時は良くやった方だ。……28点くれてやろう!」
今度は自信満々に言い放つ。
ほめてるつもりか?
こいつの採点基準がよく分かりません!
それにしてもシャムロック氏、なんだか印象変わったよな。
何と言うか、明るくなった気がする。
所で……今更だが、何でこいつ浄化されなかったんだろう。
確か「記憶の残滓と、剣に刻まれた記録の集合体」とか、カッコいい事言っていた気がしたんだが、いまいち意味が分からんのだよね。
「なあ、シャムロック氏」
「なんだ?我が馬鹿弟子……ハルト」
まあ、この際オレの事を「馬鹿弟子」扱いするのは良しとするか。
負け犬から馬鹿弟子に地味にランクアップしているしな。
だが、……オレの名前を呼ぶ時だけ何故顔を赤らめるんだ?照れてるのか?
今まで友達の居ないヤツだったし、照れるのも分かる気がするんだが、ちょっと気持ち悪いぞ!
「――なんだ?早く言え。恥ずかしいだろ?」
こいつの気持ち悪い理由が分かった気がする。
こいつ、仕草が何となく乙女チックなんだ。
……兄弟から酷い虐めを受けていたが、ひょっとして理由はこれなんじゃ?
もはや、みんなの前でカッコよく見栄を切っていた『剣神』の面影ゼロだな。
「……お前、浄化されて消えて無くなったんじゃないのか?最後お別れの言葉言ってカッコよく去って行ったじゃないか。……なんで、生きてんだよ?」
「……なんだ、その話か」
生きてる……って表現が正しいか分からんが、消滅して無いし、便宜上この状態を『生きてる』としようじゃないか。
シャムロック氏は少しがっかりした顔をして、今日までのあらましをオレに説明してくれた。
それによると、あの時、確かに霧になって消えていくのを感じたらしい。
だが、ある時を境に意識を取り戻したらしいのだ。
それが、リリィの行った実験。――試し切りの時だ。
あの、突刺し姫とオレの脳とがダイレクトに繋がった感覚の後、魔力を込めた腕から剣に向け電気が走ったような感覚。
その瞬間、まるでコンピューターを起動させたように、シャムロック氏は目を覚ましたようなのだ。
そしておぼろげだが、オレにソウルイートされた後の事も思い出してきたそうだ。
その間の記憶ってのは、無意識に窓の外やテレビを観ていた感覚……なのかな。
つまり、オレの身体に残っていたシャムロック氏の記憶(『円の剣陣』はシャムロック氏の執念の塊だしな)と、『突刺し姫』が吸収していった戦いの記録、色んな魂の残りカスが集まってシャムロック氏の自我が再び出来上がってしまったという事……らしい。
それには今まで殺した剣士たちの自我のカスや記録も残ってるわけで、以前のシャムロック氏とは少し違う人格、さらに言えば浄化もされているから……あ、うん。オレよく分かんね。
「記憶の残滓と、剣に刻まれた記録の集合体」ね。
まあ、何となく本人がそう言った意味は解った気がする。
案外、この状況をシャムロック氏自身が一番良く分かっていないのかもしれないな。
「多分だが、剣の巫女の仕業だな。……あの娘は、意識して行ったか分からんが、剣の性能を極限まで引き出そうとして、俺がまた再構築されたのだろう。……まったく、天才の考える事は分からんよ」
確かに、リリィなら薄々気づいてそうだよな。
ただ、確信があってやった……訳ではなさそうだ。
頭のいいヤツって、一般人の計算式を飛び越えて、天然と計算の複合――一番近い言葉は『感覚的』か?――で、やってる事が多そうだしな。
「それで、何で今まで黙っていたんだ?」
「……俺はもう死んだ身だし、お前の中から世界を見ているだけで満足だったんだ。出て行くのも照れ臭かったしな」
少し照れ臭そうに話すシャムロック氏。
確かに、出て行きづらい状況ではあるよな。
だが、こうしてピンチに助けてくれたんだ。
感謝しないとな。
「ありがとな。いいとこあるな、お前」
オレが再度お礼を言うと、シャムロック氏は目線をプイッと逸らす。
テレてるのかな?
「この世界は、しばらく修行している内に大分変ってしまったようだ。……竜人の暗躍か。まさか殺されていたとはな。俺の残した『円の剣陣』を使う者が現れないので、おかしいとは思って居たが。大方、手順書も奴等によって処分されているのだろう。俺を肉体のくびきから解放してくれた事はある意味感謝しているが、俺の残した手順書を処分していた事は許せんな」
そして、カッコつけてそんな事をのたまった。
ススキヶ原でやってたのは、修行だったのね。
オレにはもう理解出来ん領域だ。
こいつの場合、復活する気満々で『突刺し姫』を使っていたみたいだしな。
「……それで、『剣神』ね」
シャムロック氏の説明もひと段落し、オレは思わずつぶやく。
「ああ、少し言い過ぎたか?……だが、あの娘達を見ていたら、居た堪れなくなってな」
いや、確かにお前は『剣神』か、それに最も近い存在だ。……なんて言えなかった。
何故ならオレは、あの時のミィーカを思い出していたからだ。
あの目は危険だ。
あれは、目的の為なら自分が傷つく事なんか考えない目。
……この際だから言っておくか。
「その件だが……これ以上、あいつらを焚き付けるのは止めてくれよ?」
「……何故だ?」
「今回助けてもらった事は感謝しているし、巻き込んじまったのはオレだから、しばらくはオレの身体で共存して行けばいいだろう。だが、ミィーカやオリヴィアを、これ以上危険な事に巻き込もうとするのは止めてほしいんだ。確かにお前の言っている事は正しい。だが、それは結果論だろ?お前には天性の洞察力があり、運良く生き残り、それを開花させた。……だが、そのお前の生き残った下には何千、何万もの淘汰されていった人間がいるはずだ。彼女たちにその道を歩ませたくない」
オレのその言葉に、シャムロック氏は不機嫌そうに口を歪ませる。
この癖が無けりゃ、相当なイケメンなのによ。
だが、オレは間違った事を言っているとは思えないんだ。
例えば……フグが毒だと知ってるオレは、仮に食べても生き残るチャンスがあるとはいえ、知り合いが適当に捌いたモノを食べようとしていたら止めるだろ?
シャムロック氏の言っている事は、端から見ると努力の結果成し得た事に見えるかもしれないが、オレから言わせたら、才能と運の加味した奇跡みたいなもんなんだ。
「……天性の洞察力だと?お前らしい、優しい道徳心だな。そんな戯言こそ、後からなら何とでも言えるだろうさ。お前は自分に手に入らない物があったとして、他人が持っていたら『あいつは足が速いから』とか『オレは弱いから』とか、敏い言い訳をして誤魔化し続けるのか?お前は良いだろうさ。『完全なる肉体』『何でも切れる剣』反則も良い所だ。……だが、何も持たぬ者は死ぬまで耐え続けろと言うのか?惨めな気持ちを優しい言い訳で誤魔化し続けろと?」
「だからってさ。……知り合いが、その道に進もうとしていたら止めるだろ?誰もがお前みたいになれる訳じゃ無いんだ」
「――それを選ぶのは、お前じゃないよ」
そう厳しく言い放つと、シャムロック氏はヤレヤレと言った具合に優しく微笑む。
その姿に、なぜだか少しドキリとしてしまう。
オレはこの笑顔のシャムロック氏を見たことが無い。
「ならば、お前が守ってやれば良い。死地へ向かう者がお前の大切な者ならば、乗り越えられるよう導いてやれば良い。お前にはその能力が有るだろう?」
「……だけど」
「お前は、弱者だった頃の気持ちを忘れてしまったのか?……今のお前は、お前の兄と同じだよ。お前はその砂糖衣で何を隠しているんだ?」
兄貴とオレが同じ?
オレの心の下に隠しているもの?
オレは……
「――ま、全ては彼女達次第だ。別にお前が悩む事では無いさ。俺はお前の中に居る。……出て行けるか分からないしな。だからじゃないが、お前が困っているなら力を貸そう。……俺は、お前の事を気に入っているんだ。お前から見る、この『理想世界』は新鮮だよ?」
そう言った後、思い出したように優しく微笑んで「……そうそう、俺はザコで年寄だがな?」と付け足した。
コイツ、ばっちり根に持ってやがるぜ!
どうもさっきから、ネチネチとオレをイジメる訳だ。
不意に、モニターのようなものにネムの姿が映し出された。
あれは相当怒っているな。
「――黒猫君の方も、片が付きそうだ。俺はしばらく寝ているよ。久しぶりの五感は新鮮だが、どうにも疲れてね。……そろそろ、目を開けたらどうだ?」
シャムロック氏の発言で、今まで座っていた椅子が消えてなくなる。
そして、ガタッと一段落ちる感覚に思わず目を閉じる。
目を開けると、目の前に心配そうにオレを覗き込むミィーカが居た。
大きな瞳からは、涙がこぼれ落ちそうだ。
ヤバイ、間近で見るとこいつ、メッチャクチャ可愛い。
涙化粧とはよく言ったもんだ。
吸い込まれるようにミィーカを見つめてしまう。
……再び訪れた『全てが会心の一撃タイム』って感じだ!
「――大丈夫か?……目を覚ましたんだなっ!ああっ、良かった!ホントによかった!」
そう言って、セキ込みながら泣き出すミィーカ。
こいつ、何でオレの為に泣いてんだろう?
オレ、こいつにひどい事ばっか言ってきたのにさ。
「お前、すごくカッコよかったぞ!……何で逃げねぇんだよ!」
逃げられる訳ないよな。
なに言ってんだよ、こいつ?
周りを見ると、レイくんもランドルのおっさんも、そして少し遠くからオリヴィアも心配そうにオレを見つめている。
ってか、全員オレを見て泣いている。
この状況……どうしよう?
めっちゃ、気まずい。
何て言って誤魔化そうか?
ふと思い出したんだが、オレ、引きこもりたいんだった。
ここは、シャムロック氏のモノマネでもして誤魔化すか?
「いや?拙者はシャムロックでござる。……ハルト殿は、まだ寝ているでござるよ?」
「お前……ばかっ!訳の分かんねぇウソつくなよ!」
「――ゴフッ!」
ミィーカさんが勢い構ってオレに倒れ込んできた。
いや、これは抱きしめられてるんだ!
ああ、やめて!
ん?やわらかいよ?
ああっ、お胸が当たってるニャー!
今は全ての攻撃がクリティカルヒットなのよ!?
そんなことされたら……オレ……オレ……。
「ブハァァァアアア!」
その日オレは、鼻血による出血多量で、生死の境をさまよう事になった。
オレの黒歴史に、『血のおっぱい事件』が加わった瞬間だった。
その後、ネムたんにこっぴどく叱られた事は、言うまでも無い。




