第四章 23.死神の鎌
「さてと、これであんしんだね。……ホントにハルトはムリばっかりするんだから」
ネムは、クルリと一回転し地面に降り立つ。
視線の先には、片目を抑え睨めつける竜人二人。
二人はすでに、竜体化は済ませていた。
「貴様は愛玩動物として、我等に服従すれば生かしておいてやろうと思って居たが、あくまで反抗する気だな!」
「……僕の美しい顔に傷をつけた罪は、その身を持って償って貰うよ?」
「ふくじゅう?つぐなう?なに、言ってんのさっ?……あなたたちは、ホントに言葉がつうじないよね。いい?ヒトと仲良くしたければ好かれようとどりょくすること。先に君たちがおそってきたからやりかえしたのに、つぐなうってどういうこと?……もしかして、自分は『なにしても許される』なんて思ってない?」
ネムはそう言うと、尻尾の先の大鎌を器用に操りながら、呪文を唱える。
「……大火球!」
解き放たれた炎の玉が被弾するのと同時に、ネムは死角から大鎌を振り下ろす。
そして、もう一人の攻撃を大鎌の柄に飛び乗りかわすと、さらに唱えてあった風の呪文『風刃』をその頭上に突き立てた。
「おのれぇ!チョコマカとぉ!」
「それはボクのせりふだよ?……かたいし早いしやんなっちゃう。だいぶ大鎌がけずられちゃったねっ。――楽には逝けないよ?」
「楽に死ねないのはお前だよ!お前の切り札の『黒曜石の鎌』は、僕の知っている魔法さ。攻撃するたびに切れ味を増していくんだろう?確かに強力な魔法だが、残念だったな!我々の皮膚は通らんのだ!」
「ふーん。……きかないんだ?」
「その煩わしい鎌が砕けて無くなった時がお前の最後だ!」
ネムの攻撃を防ぎながら、意気揚々と攻撃を仕掛ける二人の竜人。
その猛攻をかわしながら考えるネム。
シャムロックさんが、あのヒトたちのお目々を攻撃してくれたおかげで大分らくになったな。
あのヒトもいい人みたいでよかった。
こんど、お礼しないとねっ。
……魔法のことはかんちがいいさせとこうかな?
教えてあげるひつようはないしね!
黒曜石の鎌が黒曜石の槍となり、砕け散った頃。
竜人の一人は、舌なめずりをした。
チョコマカと素早い魔物だったがようやく殺せる。
得意の下位魔法を使わなくなった。
魔力の残量は分からないが、これは尽きたと見ていいだろう。
「……ねぇ、ボクは疑問があるんだっ。なんで、あなたたちはそんなにうれしそうなの?なんで、お仲間が死んじゃったのににげないの?」
ネムは「本当に分からない」と言った表情だ。
これは下ごしらえを終え、後は湧き上がる疑問を解消させようとしているだけなのだが、竜人には生き残ろうと必死に時間を延ばす哀れな塵にしか映らなかった。
「塵を綺麗にすると清々しいだろ?お前は塵なんだよ!……お仲間?ああ、あのリーダー気取りの馬鹿ね。騙し討ちなどで死ぬような奴は『龍』の血が薄い出来損ないさ。死んで当然なんだ」
「ふーん。じゃあ、あなたも『できそこない』さん……だね?」
何を馬鹿な事を!
我らの尊き血を愚弄する者は生かしておけん!
竜人は、怒りで血が煮え立つのを感じた。
怒りで身体がギシギシと歪む。
まるで龍の血が「あいつを殺せ」と全身をのた打ち回って暴れているようだ。
「貴様!卑しい魔獣が我らを愚弄する気か!」
「ギタギタに引き裂いて殺してやる!」
その様子にも、ネムはさらに「分からない」と言った風で告げる。
「なんでおこったのさ?いみがわからないよ?……気付いてないみたいだから、イイことおしえてあげる。今やってるのは『殺し合い』でね、たのしいことじゃないんだよっ。『殺し合い』ってのはね、どちらかが死ぬまでつづけるんだ。あなたも死ぬ『りすく』をおっているんだよ?」
ネムが告げた丁度その時、結界の辺りで竜人の一人が地面に倒れた。
赤黒い血が影の様に死んだ竜人の身体を包み込む。
「――ほらね?あなたたちが言う『できそこない』さんがまた一人逝ったよ?……次はだれが『できそこない』さんになるのかなっ?」
ネムは、冷たく言い放つ。
その姿は、黒猫の姿を借りた死の使い『死に神』の様であった。
「おのれ、おのれ!……シャムロックの偽物などに殺られおってぇ!」
焦りの色を宿した同胞が、攻撃を仕掛ける。
だが、小さな身体にはかすりもしない。
ネムはまた首を傾げた。
「『できそこない』の次は『にせもの』ね。あなたたちは色んな言葉をしってるよね?……あなたにとって『にせもの』ってなんなの?今のあなたは『ほんもの』なの?じゃあ、10分前のあなたは?昨日のあなたは?1年前のあなたは?……生まれたばかりのあなたと、今のあなたは同じヒト?」
「五月蝿い!殺す!殺してやる!」
「あれれ?あせってるね。死ぬのがこわくなってきちゃったの?……ボクはあなたたちを逃がす気はないんだ。あきらめてねっ」
「……ええい!さっさと貴様を倒して、あの偽物を片付けてやる!……喰らえ、竜の咆哮!!」
「ハァァアア!重殺撃ぃい!」
二人の竜人の攻撃は共鳴し、地面を深くえぐり続ける。
だが、その攻撃をネムは軽々とかわして見せた。
「なんだかいたそうな武技だね?ボクはどこに攻撃がくるか『わかる』んだ。――当たるわけ、ないよねっ?」
地面に着地した後、後ろ足で耳の後ろを数回かく。
そして、「もうこないの?」と言って目を細めた。
竜人は恐怖した。
この得体の知れない黒猫は、ある時を境に攻撃すらして来なくなった。
その姿は、「もうすでに勝負は決まっている」と言っているようだ。
そして、答えの出ない質問を延々と繰り返してくる。
まるで、全てを覗かれている。
今まで感じた事の無い恐怖が、頭をかすめる。
まさか、いやそんなはずは無い。
我等は、血によって選ばれし竜人のはずだ。
仲間だった男が無様に倒れる姿を思い出す。
俺に限ってそんな事が起こるはずが無い。
いや、死は平等だ。
血が影の様に身体を包み込む様は恐ろしい。
――まさか、この先に待つのは「死」?
「――そう、よくわかったね。あなたは死ぬんだよ。『できそこない』さん。そうだな……死ぬまえに昔のあなたを思い出してよ。見るもの全てがしんせんで、やさしかったあなたをね。どちらがホントのあなたなのかなっ?」
深い湖の様な緑色の瞳で、ネムは語りかける。
竜人は、吸い寄せられるかの様にネムの瞳の見つめた。
そこには寂しそうな顔をしてこちらを伺う、幼い頃の自分が映し出されていた。
『光と闇のハーフェル』が滅び、世界に混沌が迫った頃、生を受けた自分。
選ばれた種族として、優しさと正義で世界を導こうとしたあの頃。
いつの日か、正義という言葉の意味が己の欲望を代弁する言葉となり、優しさの代わりに快楽が思考の中心に躍り出た。
そう、弱い者を嬲るのは快楽だった。
安全な高台で正義を振りかざすのは、特別で満たされた気がした。
正義を名乗れば何でもできるのが可笑しかった。
何故俺は、今まで忘れていたんだ?
昔の自分が語りかける。
――俺を支配しているお前は、「偽物」で「出来損ない」だと。
「ざんねんだけどさ、もうやり直せないよ。これは殺し合いなんだ。ひょっとしたら、あなたはとちゅうで、やさしい自分を取りもどせたかもしれない。その力を、愛する人のために使えたかもしれない。……でもね、終わりだよ?あなたを生かしていたら、ボクの大切なヒトたちがきずつくんだ。――だから、ゴメンネ」
気付くと、隣で同胞も泣いていた。
ここに行きつくまでの後悔が、蝋燭に灯が燈る様に暗い道を照らし、道しるべとなって心を導く。
後悔が、己の視野を広げていく。
死にたくない。
――だめだよ?あなたは後悔の中で逝くんだ。
俺達は気付けたんだ。遣り直したい。
――ホントに?死にたくないからそう思っているんでしょう?
こんな終わりは嫌だ。俺は、何の為に生まれて来たんだ。
――そう、やっと解ったの?『イヤ』なのが殺し合いなんだよ。死んだら意味なんか無くなっちゃうんだ。
……ああ、死にたくないよ。
――残念だけど、楽には死ねないよ?
身体が震える。
こんな時にまで生きたいと願う。
その願いは、決して叶えられる事は無いと知りながら。
「……死に神の鎌よ。今こそ結晶となりて、姿を現せ」
ネムの呼びかけに、塵と成って竜人たちの身体に侵入していた黒曜石の欠片が結合し、ネムの魔力と土の精霊の働きで増殖する。
そして、竜人たちの胸を引き裂きながら、メキメキと音を立て、黒曜石の結晶が現れた。
二人の竜人は天を仰ぎ、目を見開き、身体から生えた黒曜石の痛みを避けるように身体を仰け反らせる。
だが、痙攣する身体が、容赦なくその身体に駆け巡る痛みを加速させて行く。
そして、身体の痙攣が収まるころ、それはヌメヌメとした血と共に、黒い輝きを宿した竜人たちの墓標と成った。
「むずかしいよね。……ホントにさ」
ネムが瞳を閉じると、墓標は崩れ去り、彼らの証は風に消えた。
次回、主人公のターンです(笑)




