移ろいゆく空色
俺はいつもの時間に登校する。教室にはそこそこの人数の生徒が互いの話に花を咲かせていた。一時期はやっていた窃盗事件については、もはやだれも話題にしていない。俺は後ろの席に荷物を置き、椅子に座る。また日常が始まる。
「ちょっと!あんた私を騙したでしょ!」
「騙していません。楓さんの番のとき要素を一つ削って計算しているだけです。僕に頼るからこうなるんですよ。」
左前方から楓と一成の声がする。どうやら、あのサイコロゲームをしているようだ。
「一成さ、向井に会ってから大分変わったよね。」
「それはお互い様です、楓さん。」
俺も随分変わった。あいつらに会わなかったら、きっと『サンタクロース理論』など記憶の奥底にしまったまま徐々に忘却の彼方に運ばれて行っただろう。
「ギリギリセーフ。」
杉山の声が後ろから聞こえてくる。その後にチャイムの音がする。渋々と席に戻る者。まだまだと友達との会話を続ける者。多種多様の行動をする者たちがいる。目の前の席には荷物が置かれていない。どうやら、今日も欠席らしい。見舞いにでも行くか、と何となく思ってみる。
「なあ、蛍。相談があるんだが。」
俺はいい予感がしないので聞き流す。しかし、杉山はそんなことは気にしない。
「どうしても猫と会話できないんだよ。どうしたらいいと思う?」
「英語で話しかけてみたらどうだ?」
げ、英語かよ、と杉山が顔をしかめたとき、海東先生が教壇に身軽に飛び乗った。日直がだるそうに号令をかける。俺達はそれに従い、立ち上がり礼をする。
「えーと。先生から連絡がある。屋上は立ち入り禁止場所だ。鍵が壊れていたから、今日直すということだ。それと窃盗事件の犯人が分かった。」
教室全体がざわつく。忘れられた話題だといえども、やはり記憶の片隅を叩けば出てくるものらしい。みんな「誰だ誰だ。」と興奮した声を出す。海東先生は場が静まるのを待つことなく言った。
「窃盗犯はカラスだ。以上。」
そう言い残すと海東先生はホームルームの終わりの礼を待つことなく、さっさと教壇を降り、教室を後にした。俺は杉山を見る。杉山は、俺じゃない、と首を何度も左右に振る。俺達は混乱と興奮の渦に取り残される。
「カラスって何だよ?」
「よくゴミをあさっているあの鳥じゃないの?」
「バーカ、カラスが自転車を盗めるかよ!」
教師なのに、なんて面倒なことを言ってくれたんだ。俺はそう思いながらも、教室内に漂う混乱を通り抜け教壇に近づく。俺の目にはある物が映っていた。教壇までたどり着くと、一成がいた。
「やはり君にも見えていましたか。」
一成は海東先生が落としたものを拾い上げる。まぎれもなく、それは黒い羽だった。烏の羽。
「この付近によく落ちていましたから。」
そう言って一成は手帳を俺に見せてくれた。手帳には地図が張ってあり、日時が書き込まれている。
「きっと、海東先生はカラスの羽を学校の周辺に置いてまわることで、この窃盗事件を『烏』の仕業にしようと考えたのでしょう。」
「海東先生がカイトウさんだったってことだな。」
一成は深く頷く。やはり、海東先生がカイトウだったのか。杉山の当てずっぽうが偶然にも的中していた。
「恐らくそうです。しかし、海東先生が盗んだのは自転車だけですよ。ほかのものは、この事件に便乗して生まれたデマゴーグでしょう。しかも、その自転車はもともと海東先生のものだったらしいです。盗むというよりも、取り返すといった方が正確でしょうか。まあ、盗んだ生徒も何度も盗み返していましたけどね。」
「そして、理由は分からないが、海東先生は生徒が自転車を盗んでいたことを庇うために、窃盗事件を『烏』のせいにしようとした、ということか。」
一成が再び深く頷く。だから、自転車ばかり盗まれたのか。しかも、同じ自転車を何度も。そして、他のものは全て偽り。嘘。
「ただの紛失だったとしても、噂ひとつでこんな騒動になってしまうのか。」
「あの、一つ尋ねたいのですが、杉山君も自転車を盗んだんですよね?大丈夫なんですか?」
一成が不安げな表情を見せる。『烏』を追い詰めることに集中していたからか、一成もそこまでは推理していなかったらしい。俺は肩をすくめ、一成に笑いかける。
「心配するな。それは俺が流したデマだ。杉山が盗んだ自転車は気付かれる前に俺が戻しておいた。」
一成は呆気にとられている。眼鏡がずり落ち、地面に落ちた。俺はそれを拾う。
「さてと、一成。その羽、貸してくれないか。」
一成は眼鏡を受け取り、俺は黒い羽を受け取る。俺はそれを手に持ち、数学の問題集を開いている女の子に近づく。
「なあ、先生がこんなもの落としていったぞ。」
女の子は顔色を変え、分厚い問題集を抱えて教室を飛び出す。六法全書を抱えた裁判官に見えないこともない。
これで罪を償ってくれよ、カイトウさん。
「おい、蛍。次、移動教室だろ。先行くぞ。」
「今行く。」
俺はカバンから教材を取り出し、3人と合流する。
この空はもうすぐ夏を迎えようとしている。
―了―
こんにちは!大藪鴻大です。この度は、『ホタルイカ』を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
青春小説を書こうと思い立ち、この物語を書き始めたのですが、「ただの青春小説だと面白くないな」と思い、少し不思議な感じにしてみました。それが、蛍の「二重人格」、楓の「読心術」、藤の「未来予知」、そして『烏』や『カイトウさん』の存在だったりします。
『烏』ってなんだろう?『カイトウさん』の正体は?あれこれと考えを巡らせ、蛍たちの少し変わったユーモアあふれる会話を楽しみながら読んでいただけたら、この物語を書いた作者として大変嬉しいです。
この物語には、いろいろテーマを散りばめておきました。ですので、この物語を読んで得るものは、読者の皆様それぞれだと思います。
随分、長い連載になってしまいました。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
それでは、またどこかで会いましょう。バイバイ!




