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ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
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楓5

 向井蛍。彼はどことなく私に似ていた。私が昔悩んだことを、今まさに直面していた。

 だから、私は話しかけた。どうしようもないこと、誰かが傷つきそうなとき、彼にも私と同じように立ち向かって欲しかった。そして、私と違う答えを見つけ出して欲しかった。

 そんなことを思っているうちに、彼が二重人格だということに気がついた。そして『向井』が『蛍』を征服してしまうのではないか。そう見えた。

 それは問題だった。『向井』は破壊衝動が強すぎる。武藤の言うことを信じるなら、私が見た色が正しいなら、『向井』が『殺し屋』になるのは時間の問題だった。

 けど、まだ遅くない。君はそんなに弱くない。

 私は屋上のドアを開く。夕陽が差し込む。


 「よくここまで辿り着いたなあ、蛍。」

 杉山が笑う。夕陽をバックにして立っているため、その顔ははっきり見えない。向井が杉山の正面に立っている。その色は闇夜に浮かぶ花火のような儚さだった。

「いつから気が付いていたんだ?」

「そうだなあ、おまえが楓と一成を連れてきたときからか。」

 口調は砕けているが、声は震えている。色が震えている。向井は気が付いている。この後に何が起こるのか。そして、何をすべきなのか悩んでいる。

「おまえさ、何事も長続きしないんだよ。何でも三日坊主だ。剣道部だってすぐやめただろう。なのに、窃盗犯を探すのはもう一ヵ月たつ。それはなぜか。」

 向井はそこで言葉を切る。杉山の言葉を待っているのだろうか。杉山は答えない。夕陽のせいか、杉山の色がはっきりとは見えない。

「探してもらいたかったんだろう?窃盗犯を。自分自身を。」

 そこで短く息が漏れる声がする。続いて拍手の音が聞こえる。

「大正解だ。でも、まさかお前につかまるなんてな。さすが蛍。一成を超えたか。」

 蛍君の色が徐々に夜の海の色になる。どうするの、向井蛍?

「でもな、俺も簡単に捕まるわけにはいかないんだよ。」

 杉山はそう言うと、竹刀を構えた。向井が拳を握る。

「蛍が勝ったら、俺はおとなしく捕まる。もし俺が勝ったら、おまえは『烏』を取り逃がす。」

「何訳分かんないこと言ってんのよ!自分の罪は償いなさいよ。」

 私が杉山に詰め寄ろうとすると、向井が手を伸ばしてそれを制した。

「いいんだ。これでいいんだよ。」

 向井はそう言うと、杉山に向かって歩いていく。そんな色されると心配なのよ。

 向井は杉山の前まで来ると、立ち止った。二人とも動かない。

「どうした?かかってこいよ。」

 動かないわよ。向井、わざと負けるつもりだもの。

 そのことに気がついたのか、杉山が竹刀を手放し、掴みかかる。

「まさかおまえ、わざと負けようとしてるんじゃないよな?」

「仕方ないだろ。」

 屋上に鈍い音が響く。地面に向井が倒れこんでいる。杉山がそれを引き起こす。

「カッコつけてんのか?それとも、情けをかけようっていうのか?」

「やめてくれよ。」

 もう一度、鈍い音が響く。これでいいんだ、これでいい、と何度も向井の色が言っていた。向井は倒れたまま立ち上がろうとしない。

「幻滅だな。まさか、こんなに弱いなんてな。なんでおまえがいじめられたのか、何となく分かるよ。もう、俺に話しかけないでくれないか。恥ずかしいからよ。」

 向井の色が暗くなる。光がどんどん小さく、薄くなっていく。蛍が消える。

 ちょっと待ってよ。私は大きく息を吸う。

「いつまで逃げてんのよ、蛍!」

 その声は、夕焼け色に染まった屋上によく響いた。向井と杉山がこちらを見る。向井が小さく笑った気がした。消えてかかっていた光が、それに応えるようにわずかに点滅したような気がした

 向井が立ち上がったかと思った瞬間、杉山が倒れる。杉山は無表情の向井を見上げる。向井は自分の拳を見つめている。

 杉山と目があう。向井は再び笑みを浮かべる。まるでじゃれあう子供のような笑顔だった。杉山も同じ笑みを浮かべ、向井に突進する。


 闇夜に淡い青色が灯った。


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