蛍5
目の前に見慣れた背格好の少女が立っていた。しかし、それが美夜だと分かるには時間がかかってしまった。彼女が彼女であるためにはあるアイテムが欠けていた。
「おい、もう数学は分かったのか?」
美夜は飛び上がる。俺も驚く。美夜は分厚い数学の問題集を持っていなかった。
あれだけ面倒なことに巻き込まれたにもかかわらず何故自分から話しかけたのか、分からなかった。美夜が俺を睨む。怒りのような、憎しみのようなものを滲ませている。
「手帳、返してくれたんだろ?ありがとうな。」
「何であんたにお礼言われなきゃいけないのよ。」
これ以上話しても仕方ないか。そう思い、俺は美夜の側を離れようとする。
ところが、離れられなかった。何か見えない力が働いたのかと思い、とっさに振り向く。すると、美夜が俺の腕を握っているのが見えた。けっこう、痛い。
「本当に『烏』じゃないの?」
「そんなに器用に見えるか?」
いや、見えない、と美夜がつぶやきながらカバンを探っている。即答だった。そんなに器用に見えないか?美夜が一枚の紙を取り出す。
「これを見てもそんなこと言える?」
俺はその紙を覗き込む。その紙には落書きのようにあちこちに文字が書いてある。どうやら、一成の手帳のコピーらしい。推測するに、この文字の集合体は『烏』が『烏』であるための条件なのだろう。
一人でいることが多い 無愛想
秘密の場所を持っている
無感情 喧嘩に強い 目立たない
二重人格
「ね、これ全部あんたのことでしょ。」
俺はその手帳をしばらく眺める。自覚はしていないが、美夜が言うからには俺の性格をピックアップするとこんな風になるのだろう。
二重人格、ね。
「おまえがそう思うならそうなんじゃないか?」
美夜が凍りつく。すかさず俺は側を離れる。いつもなら、この後に美夜の罵声が聞こえてくるのだが、今日は不思議とその声が聞こえてこなかった。
そうかそうか、と俺は何度もつぶやく。




