楓4
「あのさ、さっきの話本当なの?」
私は階段を降りながら一成に尋ねる。一成は青縁の眼鏡を押し上げる。
「何がですか?」
「『烏』よ。本当に『烏』がこの学校に現れるの?」
私はそう言いながら一成の色を見る。緑が広がる平原の向こうにそびえたつ氷山を見つめている、いつもの一成の色に嘘はなかった。
「間違いないです。今日、現れますよ。」
一成と話していると、ときどき妙な気持になる。一成だけじゃない。向井や杉山と話しているときも同じだ。みんなであんな風に話をし、笑い合っていた自分が信じられない。
今までいろんな男の子が声をかけてきたが、どれも下心が見えていた。いろんな女の子と話してきたけど、みんな私のことを分かってくれなかった。
―それが友達っていうものなんじゃない?―
よりによって男の友達?あり得ないでしょ?
―ところで、問題は解決した?―
何の話よ?
―向井君に言ってたじゃない?逃げるのかって。どう?戦ってくれそう?―
さあ、分かんないわよ。もうどうすればいいのか、分かんないわよ。
―向井君なら、上手く戦ってくれる。あなたみたいな失敗はしない。そう思ってるんでしょ?―
でも、不安なのよ。向井、特別だから。取り返しがつかなくなるんじゃないかって。
―人は出会う前は誰だって普通で、出会ったときに特別になるのよ―
「―ということです。だから、『烏』は今日現れますよ。」
一成の声が聞こえ、廊下に落ちている紙屑が目に入る。私は顔を上げ、作り笑いをする。
「聞いていましたか?」
「ごめんなさい。ボーとしてて。」
一成は、軽くため息をつくと眼鏡を指で押し上げる。なんとか場の雰囲気を和ませようと頭を回転させる。
「『烏』が現れるならさ、カメラとかいるかな?」
一成は微かに笑う。明らかに呆れている。どうやら、余程重要な話をしていたらしい。もしかしたら、この少年は『烏』の正体を突き止めたのではないだろうか?
「まあ、いいんですよ。楓さんは『烏』を追い詰めてくれれば。」
初めは何を言っているのか分からなかった。時間がたち、一つ一つの言葉が意味を持ち、文を構成した後も、やはりよく分からなかった。
「私が?何をするの?」
一成は私を見ることなく、つぶやく。
「したいと思ったことしてくれれば、それでいいです。」




