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ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
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蛍2

 コギト・エルゴ・スム。我思う、故に我あり。デカルトの言葉だ。全てを疑った結果、思考するこの「我」だけは確かに存在する、という意味で、哲学の第一原理とも言うらしい。

 じゃあ、目の前のこいつは?僕が作り出した幻か?それにしては、僕の思い通りにならない。むしろ、こいつに振り回されている気がする。


 単調な電子音が聞こえる。プルルルル。プルルルル。ガチャ。僕は職員室にいた。

「どうして僕はここにいる?」

 髪が首の付け根あたりまで伸びている目の前の男に尋ねる。杉山涼太という名前の高校生だ。

「いきなり何だ?哲学か?」

 杉山はそれだけ言うと、また首を動かし何かを探し始めた。頭がボンヤリする。どうして僕はここにいるんだっけ?そういえば、杉山に連れてこられたんだっけ?なんで?

「何で私もなのよ?」

 隣の楓が杉山の背中に言葉を投げかける。楓をしばらく見ていると、視線が合いそうになる。思わず、視線をそらす。

「いや、蛍がな、あまりにも仕事ができないから、おまえにも協力してもらいたいんだよ。」

「楓だから。」

 職員室のど真ん中で、一体何を探すというのだ。何人かの教師が、先程から訝しげな視線を送っている。第一、杉山はなぜ一人で探している?分からない。

 するとサーチライトのごとく左右に動いていた杉山の首が止まる。そちらに視線を送る。ひときわ大きい教師らしき人物が屈みながら職員室のドアをくぐっている。手には見慣れた数学の教科書を持ち、欠伸を噛み殺したのか、眉間にしわが寄った。

 僕たちと視線が合うと、表情が緩んだ。眠そうだった目に光が宿った。そんな目がつくれるのなら、授業中もその目でいる方が良いのではないだろうか、海東先生。

「先生、ずいぶん探しましたよ。」

 杉山が言葉使いは丁寧だが、まるで友人と話すときのような馴れ馴れしい口調で話しかける。

「すまないな。実は頼みたいことがあってな。」

 そこまで言うと、海東先生は僕と楓に気がついたのか、こちらを向いた。

「向井君と楓さんも僕に用があるのかな?よかったら、先に聞くけど?」

 僕は楓を見る。楓が肩をすくめる。

「分かりません。私たちは杉山君に連れてこられただけなので。」

「先生、大丈夫ですよ。それで、頼みって何ですか?」

 海東先生は、ノートパソコンを開き、電源ボタンを押しながら話し始める。

「杉山君さ、何かしていたでしょ?ほら、何だっけ?登校時間がどうこうっていうやつ。」

「『登校時間見直し運動』ですか?」

 杉山の代わりに僕が答える。そういえば、杉山そんなことしてたっけな。なんだか懐かしい。「そうそう、それそれ。」と海東先生が頷く。パスワード入力画面が出たので、キーボードを叩き入力する。

 q@wydと入力したように見えた。よく観察すると、このパスワードの謎が解けることに気がついたが、だからといって特別な意味はないのだろう。

「先生、協力してくれるんですか?」

「いや、登校している人数を数えている人っているのかな、って何となく思っただけなんだけど。まさか、まだやってるの?」

「それが、ここしばらくはやってなかったみたいです。猫の世話が忙しいとかなんとか言って。」

 杉山の代わりに楓が答える。猫の世話?まさか本当にしているとは。一ヵ月ほど前の自分に言っても、きっと信じてくれないだろう。いや、やっぱりな、と頷かれそうな気もする。

「分かりました。早速、明日から再開しますよ。」

 いや、別にしなくていいんだけど、と海東先生が言うにもかかわらず、杉山はそれを聞き入れず、職員室を立ち去ろうとする。海東先生が困った顔で見送る。

「あ、そうだ。先生、質問があるんですが。」

 その一言で、先生の顔が一変した。禅問答に苦しんでいた修行僧が、あるとき突然悟りを開いたような変化の仕方だった。

「何だい?」

「先生は『カイトウさん』ですか?」

 僕は視線を先生から逸らす。ついに聞いてしまった。実際に聞いたのは杉山なのだから、恥ずかしがることもないとは思うのだが、罪の意識を感じてしまうのはどうしてだろうか。

 そして、聞いた本人が平気な顔をしているのはどうしてだろうか。

 先生は突然の質問に臆することなく、すぐに答えた。

「そうだけど。それがどうかしたの?」

 そうなんですよ。あなたはカイトウさんなんです。


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