藤1
「何で僕までついていかなくちゃいけないんですか。これは、あなたの仕事ですよ。」
「私は『あなた』じゃないから。楓だから。あんたが言いだしたんだからね。責任とってよ。」
「僕は『あんた』ではありません。藤です。」
僕は楓さんに連れられ、学校から自宅とは真反対に向かう電車に乗り、10分ほど電車に揺られ、20分ほど歩き、住宅街にある赤い屋根の家の前に来ていた。表札には味気なく『武藤』と書かれてある。
「本当にここなんですか?」
根拠があったわけではないけれども、何となくそう尋ねてしまった。外見は新築のように清潔であり、車庫から見える車も新車のようにきれいだ。
車を大事にする男は彼女も大事にする、と言ったのは杉山君だった。車を大事にする親は子を大事にする、というのは過大解釈だろうか。そして、親に大事にされる子供は他人に優しくなる、はずだ。
楓さんが首で何かを指している。僕はそちらに視線を向ける。インターホンがある。
「インターホンですね。」
「押してよ。」
「何で僕が?」
「何で私が武藤と話さなきゃいけないのよ。」
「それがあなたの仕事だからです。」
「楓。」
「とにかく、押しなさいよ。」と楓さんが僕の手を取り、インターホンに近づける。「自分で押した方がはるかに速いのに、どうしてこう面倒なことをするんですか?」と僕が抵抗し、しばらく、楓さんと力比べをしていた。
「いいから、押しなさいよ。」「嫌です。」「一成、男でしょ。」「男だから仕事を代わりにするというのは論理的ではありません。」「論理的に接する男は女の子にもてないのよ。」「そんな根拠のないことを言う人とお付き合いをするつもりはありません。」「女の子はみんなそうなんだって。」「楓さん、話が逸れています。」・・・
「何してんの、おまえら?」
「僕が聞きたいですよ。」
そう言って、声のする方を向く。いつの間にか玄関は開かれ、そこに武藤君が立っていた。楓さんは一歩退き、武藤君と距離をとる。僕はずり落ちた眼鏡を押し上げる。
「武藤君ですね、実はですね―」
流れでそこまで口にした後、言葉に詰まった。ゆっくり楓さんの方に振り向く。楓さんは、体をこわばらせ、また一歩退く。
「何をしに来たんでしたっけ?」
「ふざけてるのか?」
武藤君が聞きとれるか聞き取れないくらいの低い声でつぶやきながら玄関を閉じようとする。まあ、それはそれでいいですよ。そもそも、僕の任務ではないですし。
しかし、ドアは閉まらなかった。いつの間にか、楓さんが片足をドアに挟んでいた。先程まであんなに無関心だった楓さんが。
「何怖がってるのよ。そして、何を安心しているのよ?」
でた。読心術。楓さんの十八番。当たっていたのか、武藤君の瞳孔がわずかに開く。カンケーねえだろ、と武藤君が楓さんの足を蹴り始めた。しかし、楓さんは動じていない。
「もしかしてだけどさ、向井のことじゃない?」
武藤君の動きが止まる。大きく見開かれた目は、恐怖のためか小刻みに震えている。これは楓さんでなくても読める。図星だ。
「ちょっと話、聞かせてよ。親、いないんでしょ。」
楓さんはドアを開き、勝手に入っていく。先程までのやる気のなかった楓さんはどこにいってしまったのだろう。そう思うと同時に、僕はあることに気が付く。
楓さん、話が逸れてますよ。




