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ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
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蛍1

 人生とは何か。そんな大それたことを定義できるほど、立派な人生を生きてきた自信はない。しかし、この問題を掲げることができるということは、少なくとも考える資格があるということではないだろうか。

 俺が思うに、人生とは日常の連続、そしてその後ろで息づく非日常を感じることだ。

 

 季節の移り変わりのせいか、この空の色も大分変わってきた。


 「ポルターガイストの正体、気が付いていたんでしょ。」

 俺はその声で視線を下に下ろす。楓がわずかに首を傾ける。杉山も一成も まだ来ていない屋上で、俺と楓は二人で温もりを帯び始めた風を体に受けていた。その温もりは空気が水分を含んでいる類のもので、風が体に当たるたびに小さな水滴が肌にまとわりつく気がした。

「隠しても駄目だよ。だって、あのときの色は君がどうしようもないものから逃げるときの色だから。」

「俺も幽霊が恐いんだ。」

 俺は大袈裟に両手で自分の肩を抱く。嘘だね、と楓は小さく笑いながら俺を指さす。楓が一歩、俺に近づく。もう花弁すらないはずの桜の香りが鼻につく。

「人の嘘を見破って楽しいか?」

 そこで楓が俺から視線をずらし、金網越しに空を見る。雲も夏によく見る入道雲とまでは言えないまでも、厚みを帯びてきた。もうすぐ、夏だな。

「楽しいよ。楽しい。」

「嘘だな。」

 楓がこちらを向く。顔は笑顔を装っているが、変に引きつっている。図星だ。

「何で分かるのよ。」

「人が二回同じことを言ったときは、大抵嘘なんだ。分かった、分かった、みたいにな。」

 楓がまた笑顔を見せる。今度は作った笑顔ではなくて、自然とこぼれたものだった。笑顔にも人工物と天然ものがある。そう気がついたのはつい一ヵ月ほど前だ。体育館の裏で見た、楓の笑顔。

「向井ってさ、なんか面白いよね。小学生のときとか人気者だったんじゃないの。」

「いや、いじめられてばっかりだったよ。」

 俺はそう言った後、自らの変化に気がついた。ついこの間までは過去のことを詮索されれば発作が起きたはずだった。この目の前にいる楓にも何度も手を出そうとした。しかし、今、俺は自然と何も考えることなく自らの過去を暴露した。

「だから、君は逃げてばかりいるのかあ。」

 逃げるね、と俺はつぶやく。傷つけても傷つけられても、俺は逃げている。

「同じことを繰り返したくないから、君はポルターガイストの犯人を見逃そうとした。」

「改めて考えると、逃げてばかりだな。」

 そう俺が答えると、楓が軽く首を横に振った。桜の香りが、その動きに合わせて強くなったり弱くなったりする。

「最近、君の印象がいいからヒントあげるよ。君はいくつものものから逃げているわけじゃない。たった一つのものから逃げているんだよ。」

 楓は一歩踏み出し、人差し指を立てる。それは一体何のヒントだ、と聞くのは流石に野暮だと思い、やめた。自ら答えを見つけることで、理解が深まる。勉学と一緒だ。

「おお、蛍がもう来ている。なのに、なぜ今日は雪が降っていない?」

 振り返ると、杉山がアンパンを5つほど両手に持って歩いてきていた。反省したのか、10個という数は徐々に減っていき、5個になったところでストップした。

 なぜ、杉山がアンパンにこだわるのか。アンパンが安いからなのか、余っているからなのか、よく分からない。おそらく最後まで分からない。

「それより、俺、すごいことに気がついたぞ。聞きたいか?聞きたいよな。」

「聞きたくない。」

 楓が冷たく言い放つが、その言葉は風に乗って消える運命になる。たとえ杉山が風下に立っていて、台風のごとき突風にその言葉を乗せ、杉山にぶつけたところでその言葉は杉山の手前で消える。

 案の定、杉山は楓の言葉を聞き入れなかった。

「問題です。ジャジャン。カラスの盗賊団の名前はズバリ何でしょう?」

 丁寧にも、毎度おなじみの効果音をつけ、クイズを出してきた。早押しボタンの代わりなのか、楓が手を叩き、答える。

「イカ。」

「ピンポーン。正解です。楓選手、10ポイント。よく分かったな。」

『烏』+『賊』=『烏賊』ということだろう。その位、分かっていた。言い訳ではない。

「最後の問題は100ポイントです。問題。ジャジャン。カラスの盗賊団がある生き物と手を結んだとき、盗賊団は名前を改名することにしました。ズバリ、それは何?」

「ダイオウイカ。」

「ブッブ―。蛍選手、一回休み。ダイオウは生き物ではありません。」

 大王だって人間だぞ?分かっていて言っているのか?そう思ったところで、自分の反論がどこか幼いもののように感じて、半ば驚き、半ば幻滅した。

「分かった!ホタルイカ!」

「大正解!楓選手、優勝です。楓選手に盛大な拍手を。」

 そう言って杉山が俺を見る。楓も俺を見る。俺は渋々、小さな拍手をする。

「で、すごいことってそれだけか?」

 杉山が目を丸くする。何か悪いこと言ったか?俺にとってホタルイカはホタルイカでしかない。

「気がつかないのか?『烏』は『蛍』と手を組むと『蛍烏賊』になるんだぞ。俺は運命を感じるね。」

「そうかもな。」

 俺は適当に返事をした後、杉山からアンパンの袋を受け取り、袋を開ける。袋からパンの臭いが溢れてくる。それと同時に、一成が屋上に飛び込んでくる。

「ビッグニュースですよ。ビッグニュースです。『烏』がこの付近に現れましたよ。しかも、いくつも神隠しをしていますよ。」

「本当か、一成!それはビッグニュースだ。」

 杉山が一成に駆け寄る。杉山は一成の手を引っ張り、こちらに連れてくる。

「早速、報告してくれ。」

 一成はそう急かされると、青い縁の眼鏡を押し上げ、手帳を開き、読み上げる。

 報告の間、楓は何度も杉山を見ていた。

 こう言ってしまうのもなんだが、楓は杉山のことが好きなのではないか。好意を持っている、と言った方がいいかもしれない。

 この間までは、俺のことを観察していたが、最近ではそんなこともなくなってきた。その代わりなのか、最近では杉山ばかり見ている。

報告が終わると、杉山は二、三度深くうなずき、口を開く。

「よし、各々に指令を与える。蛍は海東先生が『カイトウ』かどうか確認しろ。一成は今まで通り、『烏』の情報を集めるんだ。楓は、武藤の家に行って話を聞いてこい。」

「何で武藤の家なんかに行かなきゃいけないのよ。」

 楓のその訴えは杉山には届かなかった。しかし、楓はあきらめなかった。杉山に近づき手前10㎝位まで、顔を近づけた。

「ふざけないでよ。」

 突然の出来事に、杉山は素早く何度も瞬きをする。一成も同じく何度も瞬きをする。俺もきっと同じことをしていたに違いない。

「いきなり何だ?今は昼間だぞ。」

 楓は自らの行動の浅はかさにようやく気がついたのか、慌てて顔を離す。今のハプニングに怒ってはいないのではないか、と勝手に想像させてもらう。そっちの方が面白いからだ。

「とにかく、私は行かないからね。」

 楓が顔を背けながら言う。杉山が肩をすくめる。

「分かった、分かった。他の仕事が見つかったら、それを与えるから。とりあえず、受領してくれ。」

 嘘だな。分かっていない。俺はアンパンをほおばる。


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