藤12
「それで、手帳はどうなったのさ?」
楓さんが僕の机の前の席に座り頬杖をついている。僕は紙コップを構え、サイコロの動きを観察している。楓さんの質問が終わるころにはサイコロは完全に止まってしまった。
「ああ、ありましたよ。僕の机の中に。図書室に忘れたはずなのに、ですよ。美夜さんが置いたんですね。」
僕はサイコロを拾い上げ、紙コップに入れる。そして、今度はリズムよくシャカシャカと振り始める。
「本当に図書室に忘れたの?」
楓さんが問い詰める。怒っているのか、責めているのか。どこかに僕の非を見つけないと気が済まない、とでも思っているのだろうか。しかし、ここでひるみたくはない。事実は事実なのだ。
「本当ですよ。僕を疑うのですか。」
楓さんがそっぽをむく。僕は、紙コップに口を下にして机に置く。
「どうぞ。」
「1だ。」
楓さんが声のする方を向く。蛍君が紙コップを見下ろしている。楓さんが遠くを見るように目を細める。
「名推理だったな、探偵一成。」
「あんな大雑把な推理でよくやっていけていたよね、探偵一成さん。」
楓さんと蛍君が小さく笑う。その声でスイッチが入り、頭の片隅にモヤモヤと煙がわき始めた。
「あの、からかうのはやめてくれませんか。」
そう言うと、楓さんの口元がゆるむ。蛍君が先程よりもはっきりした声で笑う。
「『僕が探偵だって言うことは誰も知らないはずなんですよ。』か。どれだけ自分に無関心なんだ。」
「なんでですか。知らないはずなんですよ。僕が探偵みたいなことをしていたってことは。」
すると、楓さんが携帯電話を操作し始め液晶画面を僕につきつけてきた。僕は、しばらくその画面を眺めていたが、そこに載っている写真が僕の脳に遅れて刺激を与えた。
「これ、一成でしょ。向井がさあ、どこかで見たことがあるってしつこかったから私たちで調べたんだよ。『衝撃!ネット探偵は小学生!?』だってさ。このときと外見全然変わってないからすぐわかったよ。この髪とかさ。」
な、なんで?なんでこんな写真が?その写真は、本屋で立ち読みしている自分だった。何か言葉にしようと口を動かしても、声にならなかった。
「ところで、手帳は見つかったか?」
蛍君が尋ねてきたので、僕は手帳を取り出し、蛍君に見せる。
「おかげさまで、見つかりましたよ。ドッペルゲンガ―と同じトリックで。」
楓さんの表情が一変する。図星なのか、不愉快だから思い出させるないでよ、と怒っているのか、よく分からないけれども。
「どういうこと?」
「四次元空間を通ってきたんですよ。」
「何よそれ。」
楓さんがつまらなさそうに顔を背ける。僕は冗談のつもりで言ったのだが、どうやら逆効果だったらしい。機嫌を損ねただけだった。
すると、視界の外から手が伸びてきて、紙コップをつかむ。驚き、戸惑い、蛍君を見る。
「俺の勝ちだな。」
僕と楓さんは紙コップの中を覗き込む。サイコロには赤い点が刻まれていた。
「もしかして、分かったんですか?」
「ドッペルゲンガー事件の真相だが、簡単なことだ。一成が分からなかったのは、大事な情報が欠けてからだな。」
「何ですかそれは?」
僕は思わず立ち上がる。楓さんも座ったままだったけど、その目は興味津々だった。
「杉山は視力がものすごく悪いんだ。きっとコンタクトレンズをしているんだろう。」
蛍君が自分の右目を指さしながら言う。
「どうして分かったのさ?本人に聞いたの?」
「美夜と杉山が屋上で口論していただろう?そのとき、あいつは『どこの中学生だ』と言っていた。果たして、そんなことを言うだろうか?」
「あの身長で、あの性格だったら思うんじゃない?」
楓さんが半ば投げやりに答えた。確かに、美夜さんの身長は小学生と言ってもおかしくはない。
しかし、僕は気が付いていた。同じ制服を着ている楓さんがすぐ隣にいるのに、中学生と思うだろうか?そのときは、杉山君のいつもの冗談だと思っていた。
「俺は、いつもの冗談かと思っていた。しかし、そうじゃないと気がついたのは楓の家でトランプをしたときだ。杉山は必要以上に手札に顔を近づけていた。場のカードも何度も確かめるように顔を近づけていた。」
思い返せばそうだった。あの動作は勝負に真剣になっているためだと思っていたが、よく見えなかったからだったのか。だとしたら、もうひとつ納得できることがある。
「ポルターガイストを必要以上に怖がっていたのもそのためなんですね。」
「いや、それはあいつが幽霊が恐いだけだ。」
ああ、そうなんですか。楓さんが何かを思い出したのか、小さい声で笑った。
「で、視力が悪いこととドッペルゲンガ―はどんな関係があるのよ?」
蛍君は大きくうなずく。
「まず、杉山は嘘をついていなかった。だけどな、あいつが会ったのは楓じゃなかった。」
「何を言っているのよ?」
「分かりましたよ。杉山君が会った人は別人だったんですね。それで、その別人に楓さんの家に集合するように言われた。」
サンタクロースは別の人になりすます。杉山君は別人を楓さんと思い込む。
「本人がそう思ったら、それが真実だからな。」
「じゃあ、誰に会ったのよ?」
「美夜だな。」
サンタクロースは別の人になりすます。美夜さんは楓さんになりすます。
「何でよ?」
「簡単に言うと復讐のためじゃないか?美夜は屋上の口論で杉山の視力が悪いことが分かった。そこで、杉山に復讐することに決めた。さらに、それだけでは飽き足らずポルターガイストも見せることにした。」
「しかしですよ、僕たちが図書室に行くのは不確定要素じゃないですか。手帳を餌にしても、次の日の朝に取りに来られたらどうしようもないわけですし。」
蛍君は肩をすくめる。
「それは偶然だろうな。ポルターガイストはきっと噂話を本当にするために、暇な奴らが仕組んでいたことなんだろう。そこで、美夜が何らかの理由で手を結び、実行した。」
本当に偶然ですか?何かが頭の片隅に引っかかっている。引っ張れば、何かが出てきそうな気もするけど、もう一つの何かが、それを引きとめている。僕は思考を停止していた。
「以上だ。次は俺の番だな。」
蛍君はサイコロを紙コップに放り投げる。そして、軽く振る。僕は、その動きをじっと観察し、計算していた。紙コップを机に置く。
「どうだ。」
「4ですね。」
「本当か?ちゃんと俺の目を見ていってくれ。」
仕方なく、僕は顔を上げる。蛍君の瞳は真っ黒だった。
「4です。」
「違うな。」
「えっ?」
蛍君が紙コップをどける前に僕は紙コップを外した。そこには、赤い点が一つあった。
「1だ。」
違う。そんなはずはない。しかし、何度見ても、サイコロの上面には赤い一点があった。
なんで?計算に間違いはないはず。多少の誤差が生じる可能性はあるかもしれないが、そんなに大きくずれることはない。特に、このゲームにおいては。
僕は大きく瞬きをし、再びサイコロの目を確認するが赤い点は黒くはならないし、4つになることもない。
「あのさあ、向井、いつ手品師を目指し始めたのさ?」
「どういうことですか?」
「向井、一成が目をそらしたときサイコロの目変えてたよ。」
どうやってですか?そう尋ねようとしたが、それより前に楓さんが笑いだした。すると、蛍君もそれにつられて笑いだした。
「流石に、ラプラスのデーモンも人間の芸術には勝てないか。」
チャイムと一緒に海東先生が身軽に入ってきた。




