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ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
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藤9

「昨日、一成はここに座っていた。」

 楓さんが昨日、僕が座って携帯の書き込みを見ていた椅子に座る。放課後の図書室はただでさえ少ない昼間よりもさらに人の数が少ないが、120度の視野に一人の人が入るくらいはいた。

「そのとき、手帳は出していたの?」

 僕は首を横に振る。確か、手帳は出していなかった。

「で、美夜さんが乱入して、ちょっとしたトラブルに発展する。」

 あの子、迷惑よね、とつぶやいたように聞こえたので、僕は聞き返したけれども、楓さんは気にせず話を続ける。

「そこで私は、杉山に頼まれて一成を迎えに来る。そこで、美夜さんを上手く煙にまく、と。」

 僕はうなずく。あれは杉山君の指示だったのか。

「ですから、僕は放課後に失くしたんじゃないかと思っているんですよ。」

「放課後に手帳はあったわけ?」

 いや、そういうわけではないのですが、と言い淀み、ずり落ちた眼鏡を元の位置に押し上げる。

「もしかたら、蛍君が犯人じゃないですか?」

 言葉に詰まったためか、代わりに先程思いついた考えが自然と口からこぼれる。

 昨日の蛍君はどこか不自然だった。やたらと僕に質問してきたり、ポルターガイストのときも、まるで何かから逃げだすように図書室を後にした。何かが明らかになることを恐れているみたいだった。それに、先程の言葉。本当にあきらめているから言った言葉なのだろうか?

 楓さんは、しばらく僕の話に耳を傾けていた。僕が話し終わり、一息ついていると楓さんが口を開いた。

「ずいぶん、自信がなさそうじゃない?」

「あくまで推測ですから。」

 楓さんが首を傾ける。推測?なにそれ?とでも言いたげな顔だ。

「私はねえ、違うと思うよ。」

 僕は目を見開く。いや、僕は幽体離脱したわけではないから、自分の目が見開いているかどうかは分からないのだけれども、視野が広がったようには感じた。

「どうして違うと思うのですか。」

 楓さんは、得意そうな笑顔を見せる。人差し指を僕の目の前に立てる。

「一成の言うことは正しいよ。向井の『あきらめろ』っていう言葉。あれは嘘だよ。けど、解釈が間違っている。嘘をついたのは向井が犯人だからじゃない。そのときの向井の心は悔しさ半分、恐怖が三分の一、あきらめが六分の一だった。」

「恐怖?ポルターガイストを怖がっているのですか?」

 自分で否定しておいて、それもおかしな話だ。現実に直面して気が動転してしまったのだろうか。楓さんは声を立てて笑う。

「昼休みの杉山、面白かったよね。『あ、あ、あれはポルターガイストだ。』って。本気で怖がっていたよね。」

 楓さんは笑いながら机に腕を置き、顔をその中に埋めてしまった。そこまで面白かっただろうか?ひとしきり笑うと、ごめんと言って、また顔を上げる。

「それでさ、向井なんだけど、向井は昨日のその事件をポルターガイストと思っていないよ。」

 僕は、記憶を探る。杉山君に同意を求められ、うなずく蛍君。それを見つめる楓さん。そうか、それを確かめていたのか。

「じゃあ、どうして―」

「ポルターガイストより怖いものがあったんじゃないの?」

 そう言う楓さんの顔が微かに曇ったように見えた。しかし、それはほんの一瞬の出来事だった。僕は眼鏡の位置を調節し、口を開く。

「蛍君が犯人じゃないことは分かりました。それでは、手帳は一体どこに行ったのでしょう?」

「一成は昨日の昼、ここで何をしていたの?」

 楓さんは僕の質問に答えることなく、質問を投げかけてくる。

「『烏』の情報を集めていました。」

「なにか変わったことなかった?」

 変わったこと。美夜さんが現れ、あんな騒動に発展したこと自体、変わったことだった。

 しかし、楓さんが知りたいことはそんなことではないだろう。僕もそういう質問をした経験があるので、十分承知していた。

 楓さんの聞きたいことは、変わっていても些細なこと。事件の解決につながるキーワードだ。

 そもそも、なんであんな騒動に発展したのか。記憶をたどり、ビデオを見るように一つ一つの場面を入念にチェックしていく。確か、気になる言葉を聞いた。

―探偵さん―

 それだ。

「分かりましたよ。犯人が。」

 思わず声が大きくなったのか、図書室にいるわずかな人々皆、振り返った。楓さんが、肩をすくめる。

「私が推理していたんですけど。何で君が解決しちゃうのさ。」


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