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ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
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藤8

「何言っているの?寝ぼけているの?」

 楓さんが訝しそうに顔をしかめている。僕たちは昼休みに屋上に集まっていた。蛍君も昨日の件があったためか、僕たちが屋上に集まることには何も言わなかった。

「ま、間違いない。あ、あ、あれはポルターガイストだ。」

 杉山君は熱弁するが、体は震えている。言葉も震えている。まるで、いま目の前でポルターガイストを目撃しているかのようだ。

 な、そうだよな、と言って、僕と蛍君を交互に見る。楓さんが確かめるように蛍君を見る。蛍君は静かにうなずく。僕は首を傾けるが、楓さんは蛍君の意見だけでよかったらしい。蛍君をしばらく見つめた後、杉山君に視線を戻す。

「ふーん。よかったわね。滅多に見られないんじゃない?」

「な、なんだ。なんでそんな無関心なんだ?」

「関心持っているじゃない。」

 そうは言うものの、楓さんの目は杉山君ではなく、どこか別の、杉山君の後ろに広がる空を見ているようだった。空には薄暗い雲がところどころ漂っている。

「ドッペルゲンガ―に続いて、ポルターガイストですか。そのうち、『烏』にも会えるんじゃない?」

 微かに笑い声が聞こえた。僕は蛍君の方を見るが、蛍君は上を向き、顔色一つ変えずに空を眺めていた。

 杉山君は何のことか理解していなかったのか、口を半分開いたまま静止していた。ネジ巻き式のロボットのネジが止まったときのような中途半端さだった。

「ドッペルゲンガー?そんな怪物にあったことないぞ。というより、ドッペルゲンガーって何だ?」

「会っているでしょう、昨日。」

 ドッペルゲンガーが何たるかにやっと気がついたのか、杉山君の表情が一変する。恐怖で下がりきっていた眉が、一気につり上がる。このままだとマズイ。

「ところで、僕の手帳なんですが、楓さん知りませんか?」

 楓さんは応戦しようと立ち上がりかけていたが、また元のように座った。しばらく考えていたが、やがて首を微かに傾けた。

「さあ?私が来たときにそんなものあったかなあ?」

「そうですか―。」

 いよいよピンチだ。今朝早く図書室に飛び込み、落し物がないかを尋ねたものの、昨日は鉛筆一本なかったと言われた。昨日の夜、あんなに山積みになっていた本もきれいさっぱりなくなっていた。

 その後、職員室に行き担任の海東先生に尋ねても、小テストの答案用紙なら山ほどあるぞ、と言われただけだった。渡しておいてくれと言われたので先生の手元を見ると、杉山君の小テストがクリップでまとめられていたので、そのまま受け取った。

「もしかしたら、窃盗犯にとられたのかもなあ。」

 うーん、と杉山君が唸り、腕組をすると、その場の誰も口を開かなくなった。何しろ手掛かりがないのだ。しかし、僕はあきらめたくない。杉山君を突き動かすために、策を練る。

「もし、窃盗犯にとられたのなら、それは僕たちの敗北を意味しませんか?こちらは何の手掛かりもつかめていないのに、盗られるだけ盗られるなんて。」

 これで動くはずだ。「そのとおり。このままだと俺達の負けだ。何としても窃盗犯を捕まえるぞ。一成の手帳の捜索もしよう。きっと足掛かりになる。」杉山涼太という人物ならば、そんなことを発言するはずだ。

 しかし、杉山涼太という人物は変わってしまったようだ。

「いや、そんなことないだろ。捕まえれば俺達の勝ちだ。慌てることないって。」

 杉山君は冷静にそんな言葉を発し、また黙りこんでしまった。あれ、そんなはずじゃないですけど。

「悪いが、あきらめるしかないな。」

 蛍君の声が冷たく、僕の心に浸透してくる。その冷たさは脳にまで伝わり、僕の思考回路は凍りついてしまった。屋上の風が頬の皮膚を冷やし、痛い。

「何でですか?どうしてですか?」

 そのとき、ノイズ音が聞こえ、聞きなれたリズムの鐘の音が鳴る。時間切れだ。蛍君が立ち上がり、杉山君もアンパンの袋を2袋右手に持ち、出口に向かう。このままだと、秘密がばれてしまう。桜の香りが鼻につく。

「ねえ、私が解決してあげようか?」

 僕は顔を上げる。楓さんがわずかに顔を傾けたまま微笑を浮かべている。今さらながら、近くで見てみると楓さんの顔は最善のパーツを最善の位置でつなげたような、それほどまでに整った顔立ちをしていた。

「とりあえずさ、放課後、図書室に来てよ。」


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