藤7
昔から、形は異なれど学校の怪談というものは存在する。この人気のない図書室に無数の本が静かに並んでいる、この不気味さを目の当たりにすれば怪談話の一つや二つは思いつきそうだ。
空気が冷たく感じるのは気温のせいだけではないだろう。『本の保管場所』改め『本の並ぶ墓場』だ。
「どこに―たんだ。その―は。」
「杉山。そこからじゃよく聞こえないから、こっちまで来てくれないか?」
杉山君は図書室に入ったのはいいものの、入口付近から動こうとしない。「手帳を覗くわけにはいかないだろう。」というようなことを杉山君は言ったようだが、よく聞こえないので、蛍君は杉山君のところまで戻って行った。僕は構わず、放課後に座っていた場所まで行く。
そこには何もなかった。念のため、昼休みに座っていた場所まで行き、隅々まで探すが、やはりない。ため息をつく。息が白くなる。そんなに寒いのか、と驚く。
「どうだ、あったか?」
蛍君が尋ねてくる。僕は首を横に振る。
「きっと、誰かが持って行ったんだろ。明日になればひょっこり出てくるさ。」
どこから聞こえてきたのかと声を主を探す。声の主は蛍君の後ろにいた。
「心当たりのある場所は全て探したのですが―。」
「一応、他の場所も探してみるか。」
蛍君がそう言って足を踏み出そうとしたとき、図書室の静寂が破かれた。杉山君が素早く振り返る。それに続き、蛍君がゆっくり振り返る。何の音だ?
「本だな。」
視線の先には本が一冊、地面に落ちていた。視線を上に動かすと、そこの本棚だけ不思議と本が並んでおらず、何冊もの本が横になって倒れている。
僕たちはその本棚に近づき、蛍君が本を拾う。色彩の乏しいその本の表紙には
―本当にある?怪奇現象―
とだけ書かれていた。「真ん中の?は何なんだよ。」と杉山君が口にしたのを合図に、今度は先程より大きい音がした。僕たちは先程いた場所を見る。今度は、本が何かにぶつかる音だった。
僕は蛍君と目を合わせ、杉山君と目を合わせる。杉山君は首を傾ける。
「なんだ?」
本棚の影から何かが飛んでくる。鷹が獲物を捕らえる際の上体を起こしたシルエットみたいだった。大きな音を立て、それが壁にぶつかったとき、それが本だと分かった。次から次へと飛んでくる。
僕の耳元で叫び声が聞こえ、僕はその声の主につき飛ばされた。体勢を立て直し、ずり落ちた眼鏡を元の位置に戻す。
本の勢いは止まらない。ときどき、恐れ慄く愚かな人間を見て、笑いを押し殺した小悪魔のような声が聞こえる。本の山が目の前に積み上がっていく。
「誰かいるんですか?」
僕が足を踏み出すと、蛍君が肩をつかむ。首を左右に振る。
「誰もいない。」
でも、と僕が言う前に蛍君は出口に向かう。仕方なく僕はそのまま出口に向かう。ポルターガイスト。そう言えばそんなこと言ってましたっけ?嘘から出た誠と言うやつですか。図書室の外に出て、扉を閉める。
「蛍君、これは検証する必要があります。」
蛍君はしばらく僕を見つめたあと、肩をすくめる。
「本だって、たまには飛び回りたいんだろう。」
そう言うと、目の前で跪き、念仏のようなものを唱えている杉山君の肩をたたき、立ち上がらせる。蛍君の動作が何となくぎこちなく見えた。




