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ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
33/65

藤5

 杉山君の『必勝法』のせいでかなりの長丁場になった。山札のカードがなかなか減らず、場のカードを回収したり、手札のカードを出したりの繰り返しだった。

 しかし、ようやく勝負が決まった。一位が楓さん、二位が僕で、三位が蛍君、四位が杉山君というほとんどいつも通りの結果に終わった。もう二度とダウトはしたくない、というのが満場一致の意見だった。

 僕たちが身支度を終え、玄関を出ると楓さんが訝しげに眉間にしわを寄せた。

「何で杉山たちは集合したのよ?」

 僕と蛍君は杉山君を見る。すっかり忘れていた。そういえば、なんでだろう?杉山君は、長い髪をかき乱す。

「俺も知らねえよ。楓が呼んだんだろうが。『烏』について話があるって言って。で、なんなんだ?」

 すっかり日も沈んだ玄関先にあるのは、楓さんの家から漏れ出る光と沈黙だけだった。春の夜風の冷たさが頬に刺さる。

「は?何言ってんの?あんたたちが勝手に人の家に上がってきたんでしょ?『烏』について話そう、とか言って。」

「おまえがそう言ったから、そう言ったんだろうが。」

「楓。」

 僕は携帯を開き、メールボックスを開く。差出人は確かに、「杉山涼太」となっている。蛍君も僕の携帯を覗き込む。

「向井たちはどうなのよ?」

「俺たちは杉山に呼び出された。」

 蛍君がそう言うので、僕は楓さんに携帯の画面を見せる。楓さんはそれを覗き込むと僕の携帯を奪い取り、杉山君にそれを見せた。杉山君は長い髪を軽くかき乱す。

「そりゃそうだろうよ。おま―楓に言われたから俺が招集かけたんだって。そのくらい、頭使えば分かるだろう。」

 その言葉で楓さんのキャパシティを超えたのだろう。僕の携帯であることも忘れ、携帯を地面に落とし、杉山君に詰め寄っていた。「あんた、訳分かんない。」と楓さんが言い、「杉山だ。」と杉山君が言う。

 僕は地面に落ちた携帯が踏まれる前になんとか拾い上げる。僕は、携帯に傷がついてないか確かめた後、蛍君を見る。なんとかしてくださいよ、と目で訴える。その思いが伝わったのかどうかは分からないけれども、蛍君は肩をすくめ、罵声を浴びせあっている二人に近づく。

「杉山は楓から直接聞いたのか?」

 その言葉に、二人はとりあえず黙りこむ。蛍君はときどき人を黙らせる力を発揮する。大声で怒鳴ることなく、拳をふるうことなく、ただ言葉を発するだけで、まるでその言葉を聞き逃してはならないというように、皆黙りこむ。

「ああ、そうだよ。なあ、蛍。楓は記憶障害じゃないのか?」

「面と向かってか?」

 楓さんが口を開く前に、蛍君が言葉を発した。杉山君はしばらく考え込む。

「そうだよ。」

「あんたにそんなこと言うわけないでしょ。」

 その一言がきっかけになり、また罵声の浴びせあいが始まった。蛍君は片手を顎の下に置き、何かを考え込んでいた。僕はそこであることに気がついた。僕は楓さんに近づく。

「杉山君は嘘をついていないんですよね?」

 突然後ろから話しかけられたことに驚いたのか、僕の指摘が図星だったのか、楓さんはピクリと頬を痙攣させ、言葉に詰まった。

 そうだ。第一、楓さんは嘘を見抜けるのに嘘をついたところですぐばれるのだ。それは、杉山君も身をもって知っているはずだ。

「そうだよ、楓は嘘が分かるんだろ?どうだ。俺は嘘をついているか?」

 杉山君がここぞとばかりに畳みかける。楓さんは俯いたまま、返事をしない。杉山君がさらに何か言おうとしたが、蛍君がそれを遮った。再び沈黙が春の暗闇に充満する。

 楓さんの表情は長い髪に隠れて、よく見えない。しかし、これだけははっきりしている。一番困惑しているのは楓さんだ。だから、あんなに取り乱していたのだ。

 考えられる可能性は二つ。一つ、楓さんが何らかの理由があって嘘をついている。二つ、杉山君は楓さんに家に来るように言われたにもかかわらず、楓さんは杉山君に家に来るようには言っていない。

「杉山は嘘をついていないのかもしれない。だが、楓も嘘をついていない。」

 蛍君のはっきりとした口調が沈黙を破る。しかし、僕には蛍君がそう断言した根拠が分からなかった。

「じゃあ、何だって言うんだよ。言っておくが、俺は嘘ついてないからな。なんなら楓に聞くといい。」

 杉山君は楓さんを指さして言う。そこまで徹底的に相手を責めなくてもいいだろうに、と思わざるを得ない。だからといって、蛍君の言うことを全て肯定することもできない。

「どちらかが何か勘違いしているんじゃないですか。例えば、杉山君は楓さんに『『烏』について話がある。』って言われただけで、楓さんの家に集まると思いこんでしまったとか。」

「あのなあ、一成。俺だって許可なく女子の家に上がりこむなんてことしないぞ。」

 いや、初めて楓さんの家を訪れたとき、実際君はそうだったではないか。僕が未来予測をしたとき、楓さんの家に行くことが必要だと知り、無理やり家を探し、上がりこんだのは君ではないか。あのとき、杉山君は言った。

「未来は可能性にすぎない。裏を返すと現実になる可能性はある。つまり、上手くいけばそうなる運命だったってことだ。」

 楓さんは黙りこんでいる。僕たちを見送るためだけに玄関先に出たためか、薄着のままだった。風が冷たそうだった。

「『烏』じゃないか?」

 初め、僕は誰が発した言葉か分からなかった。それは杉山君と楓さんも同じだったようで、発言者が誰か特定するために首を振っていた。その結果、発言者は首を振っていない蛍君であるということが判明した。

「こんな話を知っているか。あるアメリカの新聞社の質問コーナーに子供が質問を送った。その質問は『サンタクロースは本当にいるんですか。』というものだ。」

「いるわけないだろ。俺はカーネルサンダースは信じるが、サンタクロースは信じない。」

「カーネルサンダースは実在した人物だよ。」と僕が指摘すると杉山君は、「だから信じるって言ったんだ。」と取り乱しながら言った。

「その質問に新聞社の記者はこう答えた。『サンタクロースは実在する。』と。」

「子供の夢を壊さないために?」

 いつの間にか楓さんも参加している。蛍君の話はそれほどに人の興味をそそるものだ、ということなのだろうか。蛍君は話を続ける。

「『サンタクロースは実在する。ただ、サンタクロースは姿を見られることはない。なぜなら、サンタクロースは見つかったとき父親とか母親とか、その人の知っている人物になりすますからだ。』」

「だから、サンタクロースの正体はダディ―とかマミ―なんだって。」

杉山うるさい、と楓さんが静かに言う。それが堪えたのか、杉山は黙りこんだ。その杉山の姿を見て、楓さんが微笑んだ気がした。

「つまり、君は『烏』もサンタクロースと同じだと言いたいんですか?」

「どちらも、目撃者がいないだろう?そう考えるとつじつまが合うんじゃないか?今回も『烏』が楓になりすました。」

 僕は考え込む。確かにそうかもしれない。しかし、それだけだ。

「信じられませんね。検証してみないと。」

 眼鏡がずり落ちるので、僕は慌てて中指で押し上げる。蛍君は肩をすくめる。

「そうだな。これは仮説にすぎないし、どちらかというと想像に近い。第一、杉山に接触した奴が仮に『烏』だったとしても、『『烏』について話そう。』と言い出すとは思えない。ましてや、楓本人がいる楓の家に呼び出したところで話がややこしくなるだけだ。」

 ただ、と蛍君は言って杉山君と楓さんを交互に見る。

「喧嘩は収まっただろ。」

 楓さんと杉山君は互いに顔を見合わせると、また顔を背けた。

「そういうことだから、もう帰ったら?」

 そういうことってどういうことだよ、と杉山君が詰め寄ろうとするので、僕と蛍君で杉山君を抑え、楓さんの家を後にする。



 「なあ、蛍。実際どう思っているんだ?」

 すっかり暗くなった道を駅に向かいながら歩いていた。もうすぐ7時だ。国道には車がライトを眩しく輝かせながら、ものすごいスピードで行き来している。

「なにを?」

 演技ではなく、本当に何のことだが分かっていないらしい。杉山君は髪をかき乱す。

「さっきの話だよ。本当に楓は嘘をついていないのか?」

「杉山は楓が嘘をつくのと、『烏』が楓になりすますのとどっちを信じる?」

「何で二者択一なんですか?他にも可能性はあるでしょう?」

 僕がそう指摘すると、蛍君は眼だけ動かし僕を見た。睨んでいるようにも見えたが、何かを懇願しているようにも見えた。ただ単に僕を見ただけにも見えた。

「言い方を変えよう。楓が嘘をついていることを実証することと『烏』が楓になりすました可能性を追求するのとどっちがいい?」

 この言い方で、僕は杉山君がどっちを選ぶか分かった。とても短時間の計算で結果が出せた。

「『烏』だ。」

 車のライトに照らされ、また蛍君の顔が見える。どことなく、安堵したような顔だった。

「そういうことだ。俺たちは今まで通り『烏』を追えばいい。」

 そのとき、何かが頭にひっかかった。蛍君の一言で何かが変わった。それが起爆スイッチであったかのように、土台が崩れ去った気がした。

 その土台が崩れ去った衝撃のためなのか、あるいは国道を走る車のライトが直接目に差し込んだ刺激のためなのか、僕はあることを思い出した。僕は歩きながらカバンを開き、目を凝らす。手をカバンに突っ込み、かき回すが見つからない。それがないことが判明し、僕はため息を漏らす。

「どうした、一成?恋の病か?」

 なんでそうなるのですか?杉山君の思考回路はいまだによく分からない。僕は否定する意味で、もう一回ため息をつく。

「図書室に忘れてきてしまいました。『烏』の手帳を。」

 僕は今来た道を戻るためにまわれ右する。

「明日取りに行けばいいだろう?今行っても、学校閉まっているぞ?」

 蛍君の言うとおりだ。別に明日取りに行けば問題ない。しかし、もし誰かに見られたら・・・。

「いや、やっぱり取りに戻ります。先に帰ってください。」

 僕はそのまま来た道を小走りで戻る。誰かに見られるわけにはいかない。あの手帳には知られてはいけないことが書いてある。目の前の信号が赤になったので、僕は立ち止る。

 すると、信号を無視して僕の横を通りすぎる二つの影があった。その影は信号を渡りきると振り返り、僕の方を見た。

「おい、追い越しちまったよ。」

「案外簡単に追いついたな。」

 信号が青になったので、僕はその影に近づく。その影は杉山君と蛍君だった。

「俺らも付き合うよ。友達だろ。」


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