藤2
「遅いぞ、一成。」
屋上に着くと杉山君がアンパンを振っているのが見えた。蛍君は僕たちの方を一瞥した後、空を見上げた。蛍君は何かを心配しているようだったが、何を心配しているのかまでは分からない。床に転がっているアンパンを見つけ、それを食べきれるかどうか心配になる。
「よし。さっそく捜査報告だ。」
「その前に、なんでここに集まった?もう捜査本部は見つかっただろう?」
そう言うと蛍君は楓さんを見る。楓さんは一瞬、苦いものをかみつぶしたような顔になる。
「あのなあ。このわずか50分の間に、何でわざわざ学校抜け出して楓の家まで行かなきゃいけないんだよ。それに、女の子はそんなにしょっちゅう男の子を家に上げちゃいけないんだよ。常識だろ、常識。」
杉山君はそう言いながら手に持っていたアンパンを蛍君に差し出した。蛍君は渋々受け取る。
「話を戻すぞ。じゃあ、まず楓からだ。」
「今日も武藤は登校してきませんでした。」
そうなんだよな、一体いつまで休むつもりだ、と杉山君は髪をかき乱しながら愚痴をこぼす。
「いっそ家まで行ったらどうですかね?」
杉山君が僕に向かって指を鳴らす。乾いた音が4人には広すぎる屋上に響く。楓さんがため息を漏らし、僕を睨む。
「ナイスだ、一成。これで遅刻したことは許そう。よし、楓には武藤の家まで行ってもらおう。」
「家にいるならね。」
楓さんが皮肉なのかそう言い捨て、杉山君を睨んだ後、視線を蛍君に移す。蛍君は肩をすくめる。「どうしようもない、あきらめろ。」とでも思っているのだろうか。
「次、蛍。何か分かったか?」
「海東先生はカイトウです。」
おまえ、いい加減にしろよ、と杉山君がアンパンを投げつけるが、蛍君は見事にそれをキャッチする。袋を開け、一口頬張る。
「まあいい。それは優先順位が低いからな。次、一成。」
僕は先程見たニュースを思い出す。光の消えない夜空。細い裏通り。空から降ってくる黒い影。
「『烏』は日本時間、午前一時三〇分頃、東京都新宿区に出没。神隠しを実行した模様。」
「日本は久しぶりじゃない?」
杉山君が髪をかきむしり、口を開く前に後ろから声が聞こえる。この底ぬけた明るい声は、僕の体を震わせるには十分だった。みんなが僕の後ろを見る。
「ね。『烏』でしょ、それ。やっぱりあなたも探してたんだ?」
美夜さんが僕の前に回り込む。僕がしばらく黙っていると、美夜さんは蛍君に視線を移した。蛍君はアンパンを喉に詰まらせ、お茶を飲み始めた。美夜さんが座っている蛍君に顔を近づける。
「なんだかんだ言って、やっぱり向井も興味あるんじゃん。誰よ、『烏』は架空の人物だ、って言った人。」
美夜はそう言うとおかしそうに笑った。蛍君は何度も大きく咳をした。いつも思うんですけど、よく窒息しませんよね。
「いやいや、それは勘違いですよ、お嬢さん。俺たちは窃盗犯を探しているだけなんですよ。」
杉山君が美夜さんに近寄る。楓さんが軽く首を左右に振るのが見えた。
「はあ?何で窃盗犯が新宿に出没するのよ?っていうか、あんた誰?」
蛍君がさらにお茶でアンパンを流し込み、何とか咳は治まる。楓さんが蛍君に近づき、軽く肩をたたく。それが合図になったのか、蛍君は立ち上がる。
「違うんだって。それは一成が勝手に報告しているだけで、全く関係ないの。人の会話の一部分だけ聞いて、全てを理解した気になるのはやめなさい。それより、君はどこの中学生かね。勝手に他校舎内に入って、しかも立ち入り禁止区域に入るなんて、どうかしてるんじゃないのかね。保護者連れてきなさい。」
杉山君がまるで犬か何かをあしらうように、あっち行け、と手を振っている。
よくもまあ、そんなに次から次へと言葉が出てきますよね、と感心していると蛍君と楓さんが視界から消えていることに気がついた。後ろを振り向くと、出口で楓さんが手で僕を呼んでいるのが見える。僕は小走りでそちらに向かう。
「どうしたんですか?」
「見れば分かるでしょ。会議は中止。」
楓さんが肩をすくめながら言う。蛍君は、そのまま階段を降りはじめる。杉山君のいる方を見ると、何かを叫ぶ美夜さんに対して、身振りを踏まえて何かを主張している杉山君が見える。
「ねえ、このあとどうなると思う?計算してよ。」
楓さんが微笑む。僕は激しい議論を交わしている二人を見る。距離は大分離れていると思われるが、ここでも十分その声は届いていた。How old are you? とかAre you OK? などの英語が聞こえてきたのは、僕の空耳だろうか。
「杉山君は図書室の魔物の牙にやられる。」
僕がそう言うと同時に、問題集が顔の骨を打つ鈍い音が屋上に響く。




