表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
3/65

蛍2

 「おい、蛍。なんでおまえ、こんなところにいるんだよ。」

 学校の図書室で本を読んでいると、突然耳元でそんな声が響いてきた。相手は驚かせるつもりはなかったのだろうけど、二つの理由により驚いてしまった。一つ、放課後の図書室で人に声をかけられるとは思っていなかった。二つ、耳元だったのでこっちとしては大音量だった。僕は飛び上がる。すると相手も驚き、一歩後ろに下がる。

「なんだよ、びっくりさせんなよ。」

 冷静に聞くと、聞きなれた声だ。相手の顔を見る。案の定、さっき数学の授業中に話しかけてきた奴だった。まず僕の目に映ったのは不意を突かれた顔だったが、しばらくすると、例の、なれなれしい顔になった。どこの学校のものと言っても分からないような体操着を着ている。

「おまえがいるべき場所はここじゃない。」

「それはゲームかマンガの台詞?」

 そんな月並みな台詞、言う必要もなかったのだろうが思わず言ってしまった。はぁ、何言ってんだ、と軽くあしらわれる。次の瞬間、僕は両肩をものすごい力でつかまれた。

「昼間からずっと考えていたんだよ。やっぱりおまえしかいねぇんだよ。」

 それは告白の台詞?とは流石に言う勇気がなかった。もしそれが事実だとしたら、僕はそれを受け入れられる自信がない。

「今日、試合に出てくれよ。」

「だ・から・ぼ・くは・や・く・に・たた・な・い・っ・て。」

 あまりに体を揺すられたものだから、言葉が情けなくばらばらにしか出てこなかった。どうしてこいつは僕に執着するんだ。

「おまえは隠している。天才であるにもかかわらず、おまえはその才能を有効活用しようとしない。なんでだ?なんでなんだ?」

 そう言い終わるや否や、肩が急に軽くなった。反動で僕は椅子ごと後ろにひっくり返りそうになる。

「俺は忘れねぇ。あのとき、球技大会の練習試合のときに見せたおまえの真の実力を。あの華麗なパスカット、あの俊敏なディフェンス。おまえのチームは雑魚しかいなかったのに、俺らは点数を入れることができなかった。」

 そう言いながら見せたそいつの笑顔は実に気分が悪くなった。顔で判断するのは申し訳ないのだが、憧れや尊敬が含まれたものではない。こいつは、ただ利用したいだけなのだ。おそらく、自分たちの勝利のために。

 何度も説明するが、僕はとても運動神経がいいとは言えない。交流するためには不都合がないが、試合で活躍できるとは思わない。こいつが言っていることが記憶にないと言えば嘘にはなるが、それは大袈裟にいえば、その場の人びとの運命がうまい具合に交錯した、簡潔に言えば、ただの偶然だ。勘違いだ。いや、濡れ衣だ。

「俺はすぐ体育館に行くけど、おまえも着替えたらすぐ来いよ。」

 こちらが何も言わないうちに話が勝手に進んでいく。そいつは僕を指さしたまま、その場を離れようとする。完全に背を向けたかと思うと、フェイントをかけたようにものすごい勢いで振り返った。おかげで僕は反応がワンテンポ遅れてしまった。

「逃げるなよ。」

 その言い方には懇願というより挑発に近いものが感じられた。頼んでおいて、それも一方的に話を進めておいて、「逃げるな」とはよく言ったものだ。そいつが図書室を出て行くとき、机の上に新聞を広げていた学生が顔を上げた。こちらを見ようと首を動かそうとしているのが分かったので、素早く視線を本に戻す。

 そこで僕はこう思う。「一方的に頼まれただけなのだから、勝手に逃げればいい。」

 そうやって僕の日常は保たれている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ