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ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
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楓14

「じゃあ、俺と楓でこいつを送るからよ。今日はこれで解散ということで。」

 私が出掛ける準備が終わり、リビングに降りたときに杉山が言った。

「もう暗くなってきていますからね、気をつけて帰るんですよ。」

 一成はしゃがんで男の子に言い聞かせた。男の子は大きくうなずいた。その顔には、不安や心配の色は見られなかった。

 私たちが玄関に集まったとき、玄関が開いた。そこに立っていたのは母だった。

「あら、お友達?」

 向井と杉山が互いに見合う。「誰だ?今度はおまえの知り合いだろ?」「俺は知らん。」とその色は言っている。

「楓さんのお姉さんですか?」

 一成が自信満々に尋ねる。母は手を口に当て小さく笑う。「いやだ、そんなに若い?」と照れることなく言うのだからすごい。「こんなところに集まってないで、中に入って。」とせかしてくる。

「いえ、もう僕たち帰るんで。お邪魔しました。」

 あらそう、じゃあまた来てね、と言いながら母は玄関の前をどく。

「けれど、楓が男の子を連れてくるなんてねえ。あなたも私に似てモテるのね。」

「いや、杉山たちが勝手に上がってきただけだから。」

 私がそう言うやいなや、「お邪魔しました。」と男三人はそそくさと玄関を出た。思った通りの行動をとったので、思わず笑みがこぼれる。

「あら、あなたも出かけるの?」

 母が私の服装に気が付いたのか、尋ねた。

「すぐ戻るから。」

 そう言って、男の子の手を引っ張って外に出る。お母さん、話したいことがあるんだけど、帰ってからにするね。

 私が玄関から外に出ると、先に出て行った一成が叫ぶ。

「桜ですよ。桜が復活しましたよ。」



 「ところで、それなんなの?」

 私は杉山の持っている布に入った細長いものを指さす。先程、一成が持ってきたものだ。

 男の子を家まで送り届けた後、私と杉山は満月の空の下、来た道を戻っていた。

 男の子の家に着いたとき、何言われるかと覚悟しながらインターホンを押したが、母親と思われる人が出てくるやいなや、男の子に抱きついた。その色からは安堵が滲みだしていて、心配する必要はなさそうだった。母親は何度も頭を下げ、私たちを見送ってくれた。「また遊ぼうね。」遠くから男の子が嬉しそうに叫んだ。

 杉山は右手を軽く上げ、その細長いものを見る。

「竹刀だ。」

「それ、なんで必要なの?」

 杉山は肩まである長髪をかきむしりながら答えた。

「一成がよ、楓が夜道を一人で歩くことになりそうだっていうからよ、念のため持ってきてもらったんだよ。」

 そう言うと杉山は恥ずかしそうに笑いながら、満月に向かって竹刀を掲げた。男の子はどうしてこんなに格好つけたがるのかな。けど、この無邪気さが微笑ましくもある。

「『烏』のこと、聞けなかったね。」

 そうなんだよ、残念だったよな、と杉山が言うと思っていた。杉山は、竹刀を掲げたまま、目を細めながら私の顔見ていた。杉山が微かに笑う。

「誰に?」

 私は歩みを止める。それに合わせて杉山も足を止める。何言ってるの?

「あの男の子にだよ。さっきまで一緒にいたでしょ?」

「男の子?」

 何言ってるのよ?冗談でしょ?

「男の子なんていなかったぞ。」

 いや、そんなことあるわけないでしょ。あんたと一緒に今、送ってきたじゃない。何が言いたいのよ?「ああ、もしかしてだ。」と間延びした声で杉山が言う。

「楓は幽霊が見えたりしてな。」

「そんなこと―」

「そういえば、楓、余分にコップやジュースを用意してたもんな。」

 杉山が不意に尋ねてくる。言われてみれば、あの男の子はジュースも飲んでいないし、ゼリーも食べていない。母も杉山たちに話しかけてはいたが、男の子には見向きもしなかった。それに、あの向井の言葉。

―見えていないんだよ。俺らにはこの少年が―

 すると、目の前を何かが横切った。黒い影が細いけもの道を右から左に横切る。

「きゃっ。」

 私は無意識に杉山に抱きつく。しばらく、何が起こったのか分からず動けなかった。ニャーオと間の抜けた声が聞こえる。杉山が満面の笑みを浮かべている。例の、あのピンク色が見える。

「嘘だよ。いやー、やっぱり一成はすごいな。こんなことまで計算できるのか。」

 私は、杉山から離れる。一、二歩距離をとって思い切り手を振る。乾いた音と手に帯びた熱が満月の夜に残る。


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