楓10
「いやー、楓がこんな近くに住んでいるなんてなあ。いやはや、やはり俺らは運命共同体だな。」
杉山が壁に掛けられた絵を見ながら感心した声を出す。その絵はイルカが書かれた絵で、海外で仕事をする父が買ってきてくれたものだ。深い青を背景にイルカが互いに重なり合っているその姿は不思議と私を落ち着かせた。
「で、そこにいるのは弟か?」
向井がリビングの椅子に腰かけながら私に尋ねた。男の子は先程と変わらず下を向いているが、緊張の色を見せている。
「まさか、彼氏か?」
杉山がそう言った途端、男の子は顔を上げ、首を左右に激しく振る。照れているのかな、かわいい、と思えたらよかったのだけれど、色を見ると完全に拒絶反応を示していた。ちょっと、失礼じゃない?
「いや、帰ってきたらこの子が玄関の前に座り込んでいたから、とりあえず家にあげて話を聞こうかと思ったんだけど―」
「何も話さない。そうだろ。」
向井が男の子を見つめたまま、そう答えた。私は軽くうなずく。
「そりゃあ、こんな美人の姉ちゃんに何聞かれても変な妄想ばかりして何も話せないだろうよ。」
「変な妄想って何よ?」
「こんなチビすけでも立派な男なんだよ。きれいな姉ちゃんには興奮する。それが人としての本能だろう。」
杉山はそう言うと男の子に近づき、男の子の髪の毛をくしゃくしゃにする。男の子はそれを手で払いのけるが、杉山は構わず肩に手を回す。
「おまえがそうだったからといって、おまえと健全な少年を同じ扱いするな。」
向井がそう指摘したが、杉山は気にしていないようだ。男の子の顔を覗き込む。
「なんなら、今のこいつの心でも読んでみろよ、楓。きっとおまえにデレデレしているぞ。」
私は、軽くため息をつく。向井と杉山を見比べる。どうして同じ男でもこんなに違いが生じるのだろう。この男の子は、いつその分岐点に立ち、どちらに近い道を歩くのだろうか。
「さっきから困惑しているよ。杉山が来てから、特に。」
うるさいな、と杉山は男の子から手を放し、男の子の向かいの向井の隣に座る。座るとき、「向かいの向井。」と杉山がつぶやいたので私は思わず頬がゆるんでしまった。
「いいか、世の中には男の子と仲良くなるための方法ってものがあるんだよ。」
「何よそれ?」
杉山は意味ありげな眼で向井を見る。向井は肩をすくめ、答えた。
「ゲームだろ。」




