楓9
「オレンジジュースでいいかな?」
私はオレンジジュースが入ったグラスのコップを男の子の前に置き、右手にもう一方のコップを持ったまま男の子の目の前に座る。男の子は大分落ちついてはきたが、うつむいたまま何もしゃべらない。
「君の家はこの近くなのかな?」
反応がない。しかし、色は変化する。どうやらこの近くに住んでいるらしい。男の子は地面につかない足をぶらぶらさせている。見たところ小学1、2年生といったところか。
「学校でいじめられたの?」
反応がない。けれども、色は変わる。いじめられているわけではないらしい。それだったら、と私はオレンジジュースを一口飲んだ後、口を開く。
「お母さんと喧嘩したの?」
男の子は首を微かに傾ける。分からないってどういうことよ?色を見るが、これもあまりにも曖昧でよく分からない。かの有名なムンクの「叫び」の絵画で、背景はそのままだが真ん中の耳をふさいでいる人がいるはずの場所が真っ白になっている、そんな色だ。
「喧嘩したなら謝ろうよ。私がついていってあげるからさ。」
男の子は黙りこむ。沈黙が訪れる。時計の秒針が一つ一つ確実に進んでいく。
こうなったら携帯でこのあたりの地図を出して片端から指さしていこうか。一成とのサイコロゲームと同じ要領で男の子の家が分かるかもしれない。確率が六分の一から何百分の一になるだけだ。
「お姉ちゃん。」
私は立ち上がりかけていた腰を元の位置に戻す。焦る必要はなかった。やさしく接すれば相手は心を開くものだ。私は笑顔でその呼びかけに応える。
「なんだか、お母さんみたいで嫌だ。」
男の子は下を向いたままだが、その色は明らかに嫌悪感を示していた。いや、色が見えていなくてもその一言はすべてを言い表していた。
「それって―」
どういう意味?と言おうとしたところで、インターホンが鳴る。今日、母は帰りが遅い。私は立ち上がりながら、この男の子のお母さんが迎えに来たのではないかという期待のような希望のようなものを持ち始める。
インターホンの受話器を取る。待てよ。この男の子の母親がこの場所を知っているはずないじゃない。
「はい。」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ―ン。」
この軽快な声色とセリフから連想する人物は、ただの一人だけだった。「す」で始まり「ま」で終わる、『烏』を追う高校生だ。
「私、くしゃみしていないけど。人違いではないでしょうか。」
「よく知っているな。やっぱり、おまえが一番仕事できる。」
「楓。」




