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ホタルイカ  作者: 大藪鴻大
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楓6

「だから、窃盗事件の犯人と『烏』は違うんですよ。」

 一成が指摘するが、杉山は無視する。一成が助けを求める視線を向井に注いだが、向井は首を横にふった。無駄だ、もう誰にも止められない、とその色は言っていた。

「噂によると『烏』の目撃者はただの一人もいないらしい。」

「じゃあ、どうやって捕まえるのよ。」

 私の一言に杉山だけでなく、その場の全員が私の方を見た。そのまま視線を離さない。何?なにか顔についていますか?

「興味あるのか?」

 向井がそうつぶやいたのは全員に聞こえたはずだが、杉山は私の返事を待つことなく、またしゃべりだした。

「だから俺らは、現場を押さえる必要がある。」

「だからどうやってよ。」

「捜査には地道な努力と忍耐力が必要だ。逆を返せば、それさえあればいい。」

 私は首を傾げる。そんなもので捕まるのなら、姿ぐらい見られていてもおかしくないのではないか。

「というわけで、捜査報告だ。一成。」

 一成はそう言われると、ゆっくり立ち上がる。捜査報告って、たった今宣言したばかりじゃない。向井も同じ気持ちだったらしく、文字通り戸惑いの色を隠せない。

「『烏』は日本時間、午前三時にイギリスのヨークシャー州の都市に出没。神隠しを実行した模様。」

 一成はさながらドラマの刑事の様に淡々と報告をする。ただ、惜しいのは、都市ってどこなのよ?

「だから、そんなもん報告してどうするんだよ。この窃盗事件は世界規模なのか?」

「僕は君に『烏』の現状を報告しろ、と言われているので。」

 杉山は、髪をかき乱す。半ば困惑し、半ばあきらめている。まあ、いいや。昨日は筆箱でした、と杉山が投げやりに言った。おそらく、今日は筆箱が盗まれたということなのだろうが、私以外は誰も聞いていないようだった。

「次。蛍。」

 杉山が威勢よく向井を指さす。

「この学校にカイトウさんはいませんでした。以上。」

 戸惑っていた割にははっきりと答えていた。しかし、これは嘘だろうな、ということはすぐ分かった。杉山でも分かった。

「嘘つくんじゃねえ。海東先生はどうした。ちゃんと聞いたのか?」

「海東先生は誰がどう考えても、カイトウであってカイトウではないだろう。」

 向井の禅問答のような返答に、だからそうじゃねえってば、と杉山はさらに髪をかき乱す。かき乱した髪は杉山が手を放すと自然と元の位置に収まった。

「とにかく、この学校でカイトウは海東先生だけだったんだな。よし、蛍は海東先生をマークしろ。」

 「何で俺が。」と向井が言い、「お前がカイトウさんが犯人だと言ったんだ。」と杉山が言う。もうめちゃくちゃだ。そう思った。

「次。楓。」

「えっ、私?」

 思わず人差し指を自分に向ける。杉山は静かにうなずく。私は一成を見、次に向井を見た。そして、再び杉山に視線を戻しても何も変わらなかった。

「杉山に何か言われなかったか?」

 向井がこちらを見ることなくつぶやく。私は記憶を探しに過去に意識を集中する。机に突っ伏した杉山のだらしない顔、職員室で頭を下げる蛍君、何かを言い残し、立ち去る杉山。それしかない。

「本日、武藤は学校を欠席したため、事実確認ができませんでした。」

 武藤は怪我のためなのか、しばらく学校を休むということだった。杉山は深くうなずく。よくやった、と上司に言われた気分だった。まあ、上司なんていたことないけど。

「そうか。楓が一番、仕事ができるな。」

 いや、私は何もしていないんだけど。杉山が満足げに頷いているのを見ているものは誰もいなかった。

 一通り報告が終わると、携帯をいじったり、空を眺めたりで会議は自然に終わってしまった。しかし、突然、杉山が何やら意味ありげに口を開いた。

「それで、今後の話なんだけどな―」

 そこでスピーカーのスイッチが入り、ノイズ音が聞こえる。ノイズ音が続いた後、チャイムの音が鳴り響く。杉山はハッとし、足元に視線を落とす。向井と一成もその視線の先を見る。そこには5袋と食べかけ1袋のアンパンが転がっている。「ヤベ―、これどうするんだよ。」と杉山が食べかけのアンパンの残りを全て口に頬張る。おまえらも食え、と向井と一成にそれぞれ2袋ずつ渡す。

 私は静かに立ち上がると出口に向かって歩き出す。ドアを閉めるとき、一成の声が聞こえた。

「大変ですよ。アンパンのせいで桜の香りが消えましたよ。」


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