醜いハスリック
魔女ミリアンの設定ミスのため短編で掲載しますが実は続きものです。魔女ミリアンとご一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
昔々あるところにとても醜い顔をした男がいました。あまりにも醜い顔をしていたため、周りの人からはもちろんのこと、実の母からも名前では呼ばれません。みんなは彼のことをハスリックと呼びました。ハスリックとは醜いという意味で、まさに彼にぴったりだったのです。
醜いだけならまだしもハスリックは何もできませんでした。
母親はそんな彼に学問を教えていましたが勉強もできない彼はとても厳しい母親からもとうとう逃げ出してしまいました。ハスリックは行く先々で投げれられる石やごみから頭をかばいながら必死になってその村から逃げ出しました。
荒野を越え、野を越え山も越えました。しかし、ハスリックは気づきません。いじめるみんなから逃げるのに必死だったのです。間抜けなハスリックはとうとう壁にぶつかって転んでしまいました。顔をあげると大きな時計塔です。どうやら自分の住んでいたところからずいぶん遠くまで来てしまったことにハスリックはその時気づきました。
もう帰ることなどできません。もっとも、皆からいじめられていたハスリックは村に戻ろうとも思いませんでした。彼は先ほどぶつかった時計塔に住むことにしました。ただ住むだけではありません。街の皆の役に立ちたいと彼は皆に鐘を鳴らして時を知らせてあげようと考えました。
街の皆は急になり始めた時計塔の鐘の音に驚きましたが、次第に親しみの気持も根づきます。しかし、その鐘の音が一体誰によって鳴らされているものなのか、街の誰も知りませんでした。
そんなある日の夕暮れです。お腹がすいたハスリックは食べ物を買いに街へと出かけました。今まで時計塔にいるネズミを食べてやり過ごしていましたが、とうとう食べつくしてしまったからです。
街に出たハスリックはまずワインを買いに行きました。
「ワインを1つくださいな。」
そういうハスリックを見て店のおばさんは驚き叫びました。
「化け物め!あんたに売るワインはないよ!」
そう言い、おばさんはハスリックを店から追い出しました。仕方がありません。自分が醜い顔をしているのは今に始まったことではないことは彼自身がよく知っていることでした。
ワインはとりあえず後にして、彼は果物屋さんにリンゴを買いに行きました。
「リンゴを1つくださいな。」
そういうハスリックを見て店のおじさんは驚き叫びます。
「悪魔め!おまえに売るリンゴはない!」
そう言い、おじさんはハスリックを追い出しました。仕方がありません。それほど醜い顔なのです。
しかし、悪魔でも化け物でもなくハスリックは人間です。何か食べないと死んでしまいます。
ハスリックはパンを買いに行きました。とても大きなパン屋さんでお客さんもいっぱいる立派なパン屋さんでした。
「パンを1つくださいな。」
そういう彼を見て店の娘とお客さんは驚き叫びます。
「怪物め!あなたに売るパンなんてありません!」
そう言い、娘はハスリックを店から追い出しました。お客さんは彼に石を投げつけました。
仕方がありません。自分が醜い顔をしているのは今に始まったことではないのです。何も買えなかったのは自分が悪いのだ。そう言い聞かせる彼の目からは涙があふれていました。悔しくて、つらくて、彼は時計塔の前にある広場の隅で顔を隠して泣きました。レンガの床にできた彼の涙の水たまりには自分の顔が映ります。今にも飛び出しそうなだけではなく左右で極端に大きさが違う目玉に曲がった鼻、口と顔はくの字に歪んでいました。化け物にも悪魔にも、怪物にも見える自分でも恐ろしい顔でした。
また涙がこぼれそうになろうとしたときです。ハスリックの前に大きな袋が置かれました。見上げるとみずぼらしい恰好をした娘が笑顔で立っています。
「お代なんていりません。路地先のパン屋をご贔屓に。」
そう言い、娘はどこかへ行ってしまいました。袋の中には丸い小さいパンが4個、細長いパンが2本入っていました。ハスリックは時計塔に持ち帰り、少しずつ大切に食べました。
ある夜のことです。
ハスリックは時計塔の中から外の様子を見ていると、広場でだれかが踊っているのが見えました。
あのみすぼらしい恰好をした娘です。そういえばもうすぐ秋の収穫祭があることをハスリックは思い出しました。きっとあの子も踊るのでしょう。
次の日の夜もそのまた次の日の夜も彼女は踊りの練習をしていました。
(こんなにも頑張っているのに、ちっとも上手くならないなぁ)
そう思いながら彼は毎晩のように踊りの練習をする娘を遠目で見ていました。
しかし、急にぱったりと彼女は踊りの練習をしなくなりました。とうとう諦めてしまったのかとハスリックは考えましたが彼女がどうしてしまったのか気になって仕方がありません。どうしているのか知りたいハスリックは街へ彼女の様子を見に行きました。あの日言っていた路地先のパン屋にいるはずと彼は狭い道を進んでいきます。
しかし、路地はとても複雑に入り組んでいてやっと彼女が言っていたであろうパン屋にたどり着いた時には夕方になっていました。パン屋はもう閉まっていました。
(仕方ない。また明日様子を見にいこう)
そう思って彼が帰ろうとした時でした。
「ごめんよ、ミリアン。いつも迷惑ばかりかけて。」
せき込みながらそう言うだれかにあの日の声が聞こえてきました。
「大丈夫よ、おばあさん。それよりも早く病気を治してね。」
あの子だを声のする方を見るとパン屋の二階の窓で彼女が話しかけているのが見えました。
どうやら一緒に暮らしているだれかが病気になり、彼女が看病をしているようでした。だから練習ができなくなってしまったのかと、ハスリックは納得し帰ります。あの日追い出されたパン屋に比べて彼女の店は小さくとてもじゃないですが裕福そうには見えません。
(薬も満足に買えないだろうに。)
そう考えたハスリックは1つのことを思いつきました。裕福になる魔法を彼女にかけることを思いついたのです。魔法の本は昔の家に置いてきてしまいましたが、顔を隠して街を探せばきっとどこかにあるはずです。
彼女に恩返しがしたい、もうハスリックの頭の中はそれだけでいっぱいでした。
それからハスリックは一生懸命に勉強しました。昔、母から教わった魔法です。魔法の本は難し言葉で書かれていて読むのにも一苦労でした。しかし、彼は根気強く辞書を引きながら一文一文丁寧に理解していきました。鐘を鳴らしては勉強し、勉強しては鐘を鳴らす日々が続きました。何もできないと皆から笑われていたハスリックにも努力が報われる時が来ました。とうとう魔法を使えるようになったのです。後はその魔法を彼女にかけるだけでした。
ちょうどその晩、彼女は広場にやってきました。あの日よりもやつれたように見える彼女は、踊りの練習はせずに黙って月を見上げているだけでした。ハスリックは急いで仮面をかぶり、外へ出ました。
「あら?僕、迷子になったのかしら?」
背が低いハスリックを見て子どもと勘違いしたのでしょう。しかし、自分にそう尋ねる彼女に構わず彼は言いました。
「貴女の願いを叶えてあげる。」
彼は手をとり、踊る振りをして彼女に魔法をかけました。
さぁ、これで彼女のお店は大丈夫です。おばあさんもきっと薬のおかげで治るでしょう。ハスリックは恩返しができてとても嬉しくなりました。
ハスリックが娘に魔法をかけてからいく日かたったある晩のことです。
いつものように街を眺めているとあの娘を見かけました。踊りの練習でも始めるのかと思いましたが、月に照らしだされたその姿はいつもの娘ではありませんでした。右手には真っ赤に染まったナイフを持って、左手には白いコートを着た血まみれの男をひきずりながら歩いていました。思わず目を疑いました。一体どうしてしまったのか、彼は慌てて彼女にかけた魔法を確認しました。するととんでもないことに彼は訳をし違い、彼女に略奪の魔法をかけていたことにその時気づいたのです。
娘は魔女として捕らわれ、彼女が楽しみにしていた秋の収穫祭の日に火あぶりにされました。ハスリックはとうとう人の役に立つことができなかったのです。
鼻水を垂らしながら大きな声で彼は泣きました。時計塔から彼女が焼かれていく様子も見ました。弱虫なハスリックは彼女を助け出す勇気がなかったのです。彼女の焼ける匂いは壁を登って部屋までやってきます。他の魔女が燃やされていくのと同じく、まるで人が焼けていくような匂いでした。悲しみと懺悔の思いでハスリックは毎日毎日、鐘を鳴らす時も泣き続けました。自分のことを責めましたし、怒りもしました。
そんな日々を送っていたハスリックの元にどこからともなく何かが飛んできました。
とても美しい七色の鳶です。
「貴方はどうして泣いているのです?」
鳶はハスリックに尋ねました。
「私は自分の勝手で恩人を殺してしまったのです。」
そう言い、また泣く彼に鳶はケラケラ笑いながら言いました。
「貴方は泣くだけですね、ほかにもっとすることはないのですか?」
なんて失礼な鳶でしょう。ハスリックは怒って鳶を追い返してしまいました。
しかし、追い返した後に彼は思います。確かに鳶の言うとおり、自分は泣いているだけでした。今自分にできること、ハスリックは考えて考えて考え抜いてある一つのことを思いつきました。
それから時計塔の鐘が鳴ることはありませんでした。彼は鐘を鳴らし忘れるくらいに何かを作り始めたのです。鳶は時々やってきてはその様子を見て帰って行きました。
それから何年もたったある日、街は大騒ぎになりました。名物の時計塔が火事になったのです。なんとか火を消した時にはもう遅く、時計塔は灰と炭になってしまいました。街の皆はとても残念に思いましたが仕方がありません。彼らは後片付けをすることにしました。するとどういうことでしょう。なぜか時計塔を片づけているはずなのに本や机の焼け残りが見つかりました。そしてびっくりするものが出てきたのです。小さな人間の骨でした。
「どうして人が死んでいるんだ?」
あの火事で死んだものはいないはずなのに。時計塔にだれかが住んでいると聞いた話もありません。
しかし、それが誰なのか、街のだれにも分かりませんでした。
たった一人、パン屋のあの子を残しては。