ただしイケメンに限る! 7
バーニンたかしを親友と呼ぶことは、ジンには到底できない。
一度も会ったことがない。名前も知らない。第一そんなに気が合うわけではない。そもそもなにを言ってるのかたまにわからない。すぐにカッとなって訳の分からないことをいうし、始終喧嘩を売って歩いている。あんまりバカ野郎バカ野郎と人をけなして回っているので、そうやって敵を作るのはやめたほうがいいですよ、冗談が伝わらない人だっているんですからね、とアドバイスすれば、「オーライオーライアイムオールレディレディゴヒァウィゴ」と一見分かったようでいながら次の日見たら「オウファッキンテメーこのお馬鹿さんが」といっていたのでたぶん「馬鹿野郎」の丁寧語が「お馬鹿さん」だと勘違いしている。
二人の話題といえばダンス。よりかっこよく、より綺麗に、よりインパクトのあるダンスとは。人の心を打つダンスとは。ゲームシステムの自動採点基準に対して強いダンスとは。話が噛み合うことばかりではなかったが、二人はダンス議論を交わし、ダンスの刃を交えあった。
しかし、連絡が途切れてみてジンはふと気づく。彼らを繋いでいるものは、ダンスが好きだというただその一点であって、それが失われればあっという間に消えてしまう程度のものでしかなかったのだと。
一週間が経った。
バーニンたかしのログインはふっつりと途絶え、仲間たちのメッセージにも相変わらず反応はない。ネレイアにも聞いてみたが、ログインの形跡も、メッセージを開封した様子もないと、至って必要情報のみの返答。
「ネレイアさんはなんとも思わないんですか?」
「ボスに敗北することと本ゲームにログインしなくなる現象の間に相関が認められません」
「でもですよ、普通紳士としては知人が音信不通になったら心配するものじゃありませんか」
「私は紳士ではありませんし、紳士は一般的市民のライフスタイルとは言いかねますね」
おうちの事情かもしれませんし、可能性レベルではありとあらゆる原因が想定され現時点では検討材料が不足しすぎています、と徹底して冷たいネレイアの手を取り、社交ダンスの練習に励む日々。かえでちゃんも時折顔を出してはバーニンたかしを心配している様子だったが、「バーニンクルーズがチャレンジしないんなら、僕がアタックしちゃってもいいのかな、ワールドボス?」と言い出す。
ちょっとだけ待ってやってくれませんか。
一応確認の連絡を入れてみて、返事がなかったら好きにしてください。
そんな経緯を書き含め、ジンは普段使う習慣のないメッセージ件名欄に「【緊急】かえでちゃんボスに勝利!? バーニンクルーズ解散か!?」と書き込んでバーニンたかしにメッセージを送った。三流スポーツペーパーもかくやという煽りタイトルだが、ジンの知る限りのバーニンたかしは、たかしのアツくなりそうなテーマといえば、これくらいしか思いつかない。
もっとバーニンたかしに深く関わっておけばよかった。相手を知ることもダンスの楽しさだと、気づいたはずではなかったか。こんなゲームのオプション機能としてついている待ち合わせ用メッセージなんかではなく、パーソナルタブの連絡先を聞いていれば。音声通話でもできればすぐにでも問いただせたのに。
マーキュリースフィアは今日も、ジンが一度も行ったこともない東南アジアを彷彿とさせる体感設定で、普段は暑い暑いとばかり思っていたここも、今日は妙にじめじめと湿度ばかりが高い設定のように感じて、どうして仮想世界でわざわざ不快な環境にする必要があるんだと毒づきながら、ジンはメッセージを送り終えて、ネクタイをゆるめた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。毎朝の習慣、メールのチェック。スパムスパムスパム、BEAT/rythmationバージョンアップのお知らせ。へえ。と、次のメールに目が止まる。送信元、圓城崇。件名は「Re:【緊急】とか吹いてんじゃねー、とBEAT/connectionに通知があります」。
「うぉあっ! たかしだろこれ!」
「オラァッうるせえぞブアニ!」
思わず大声でリアクションを取ってしまい、壁の向こう、妹の茶々から壁ドンを受けた。ジンは遠慮がちにこつこつ、とノックによる壁コンを返し、謝罪の意を伝える。いや、いまはそれよりたかしのメッセージだ。すぐにBEAT/rythmation付属の簡易メッセンジャーアプリをポータブル端末で起動、内容を確認する。
「今日か明日、近くに住んでんなら、昼頃にトゥーリオ・ニューロランドへ来てくれ」
今日は土曜。学校は休みで、予定はない。都内に住んでるって話はしただろうか。ジンのうちは山手線内で、指定の場所はそこから電車を乗り継いで一時間から二時間弱というところ。ジンはその道のりを思い、自分の足と松葉杖を見比べ、電車で座れるような空いている路線だったかどうかを思い、ため息をつく。
しかし、ニューロランドとは。少なくとも高校生男子がひとりで行くような場所ではないし、ましてや男が二人待ち合わせる場所でもない。んー、と携帯端末のアドレス帳を思い浮かべるが、いまからニューロランドにいかない? と軽く誘える女子の心当たりなどない。親友ではないとおもわれる相手との友情と、紳士の羞恥心をしばし天秤にかけ、やむなく、再度の壁コン。それから爪でコリコリ壁をひっかく。
「なんだァ」
「茶々、今からちょっとニューロランド行くんだけど……」
「お、なになに、デート?」
「いや、一人」
「キメー! オエー! 小太りアニキひとりで遊園地! 死ねる! ってる間に死んだ!」
壁の向こうからぎギッシギッシと、茶々がベッドでのたうつような音が聞こえる。
「いやだからね、一人だと気持ち悪いだろうから、もし時間があれば……」
「キモイー! せめて誰か誘えってー! あんなふわっふわ地獄にアニキひとりぽよぽよして、想像するだけで死ねるんですけど!」
「ですよねー。いや、いいわ、やっぱり一人でいきますわ」
言いながら経路検索を掛ける。まだ時間はある、とはいえ検索結果で表示された時間より長めに所要時間は見積もっておくべきだろう。
「じゃー、いってきます」
「しゃーねーな、チャチャでよかったらつきあってやっても……っておーい!」
「いや、いいって無理しなくて」