ただしイケメンに限る! 4
その日の夜。ジンたちはCOMのコロシアム型アリーナに集い、ターゲットがやってくるのを待った。バーニンたかしからの挑戦状メッセージに、相手は「いいよ♪」とかるーい返事を返したそうで、やっぱ俺が倒す! と息巻くバーニンたかしをなだめるのにまず一苦労。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず、といいますからね」
「Ohファッキンジン、じゃあ聞くが、昔の武将はザコどもを蹴散らすのにいちいちいちいちOne&One、足軽メーンズプロフィールや好みのBUSHOのタイプまで把握してたってことか?」
あんなヤツは一山いくらのライク・ア・ゾーヒョーピーポーだぜ、と暴れるたかし、「ここで非効率極まりない時間を過ごす必要性を認めません。帰って社交ダンス伝授の続きをお願いできますか」といい出すネレイア。あのですね。あなたたちは集団行動の規律というものをいったいどのようにお考えでしょうか。当初の目的を忘れてどうするんでしょうか。ジンのかかとがコロシアム状アリーナ周囲の石畳を小刻みにコツコツけりつける。
「そう。では今後もたかしさんは困難に際して対策を練ることなく真っ正面からぶつかって負け続ける人生を歩み続けて寿命を全うされてくださいね。ネレイアさんもですよ。あなたがたは好きなことを好きなようにいつでも命の危険を感じることなく発言できてうらやましいですね。」
「あれ、ジン、怒った? ごめんYo……」
「バカな。ハハ。僕はいつでも冷静です」
「ジン、要望があれば明確に提示してください。非言語コミュニケーションは私がもっとも苦手とする分野です」
「お気遣いいただきありがとうございますレディではひとつだけですがそう! ワガママは全ての女性に許されたささやかな権利だということばがありますがそれは愛嬌が伴うときだけだと僕は個人的にはおもいますね……!」
表情を一切変えず、小首を傾げるネレイア。
「……愛嬌、ありませんでしたか?」
「まさかあると思っていたのかァ……おお鏡よ鏡よ鏡の神よ、ふつうの鏡でいいからここに一枚あればこの無表情ヅラを自身に突きつけてやれるものを……」
そうしてジン達がアリーナ掲示板前でわちゃわちゃすることしばし。アリーナを中心とした円形の市街地マップ、そこに繋がる大通りの向こうから、わあっという歓声が沸き起こる。おでましだ! 俺たちのかえでちゃんだ! わたしたちのかえでちゃんですけど! なにぃ! やるか! やらないよ! だってかえでちゃんはみんなのかえでちゃんだから! わー。ひとしきり茶番を挟んだ後、アリーナ広場にたむろしていたファン達もこぞって大通りゲートへと殺到する。古代ギリシャ風の装飾がほどこされ、市街地とジャングルを明確に区別するゲートからは、ファンたちに囲まれ足取りも楽しげに、小柄な人物が近づいてくる。
「エネミー、おいでなすッティングだぜ」
「かえでちゃん……女性ですか?」
石畳のメインストリートに大勢の取り巻きを引き連れ、というよりむしろファン達に小突き回されるようにゲートから転がり込んできた小柄な人影。「ありがとーみんなー! でもひとりでこれるからだいじょうぶだよー?」 金髪に近い栗色の髪はざっくりばさばさ無造作ヘア。血管の透けるような真っ白な肌。こう来れば碧眼でも良さそうなものだが、漆黒の瞳がかろうじてアジア人らしき身体的特徴を示している。
「こんばんは燃える灼熱のバーニンたかしさん! 先日はどうもお手合わせありがとうございました!」
「お、おう……」
おいバーニン、とチームメンバーに尻をこづかれてハッと我に返る。
「おうおうOhWow、今日はリベンジさせてもらうぜSo! なぜなら今日はHe meets us! ヒ・ミ・ツ兵器があるからSuch a Secret Arms!」
「へー! 新技ですか? みたいみたい! ねえねえ、早く……しましょうよ……バトル?」
「お、おお!? ノーッノーッ! ナヨってくんじゃねーてめー! 今日は新技じゃねー、Here comes a 新キャラクター! ネレイアが相手になるぜ!」
カツッ、と石畳にハイヒールの靴音も高く、歩みを進めるネレイア。おおっ、と野次馬からどよめきがおこる。他ジャンルのゲームよりは題材上、女性プレイヤーも多いとはいえ、ゲーマーとしてある程度活躍している女性プレイヤーといえば限られてくる。ネレイアもなかなかのレベルとレア装備をいくつか持ち、要注意プレイヤーとしてマークされるには十分なスペックといえるだろう。
「そう。私たちが相手になりましょう」
「でぇっ?」
もう一歩歩み出したときにはネレイアの手はジンの手をすっと取り、かえでちゃんと対峙する体勢に。
「なにしてるんですか!」
「さあ、入場です」
「ではなくて。そもそもネレイアさんなら正確性200ポイントあるから勝負になるのでは、というところから始まった話だったように記憶していますが。僕が入るとレベル的にかなり足を引っ張りかねませんよ」
「問題ありません。私は現在スタイルチェンジして社交ダンサーレベル1ですし私の方がレベルが下ですから足を引っ張るのは私の方になります。当面は社交ダンス技術の修得に専念する方針ですので、この機会を活かして実戦経験を積むことに決めています」
マジかマジか、と騒ぐバーニンたかし。
「そ、それならそれで、え? 昨日だってネレイアさんが一回当たって様子を見ようって話になって解散したじゃないですか、そうなら、え? ちょっと理解に苦しみますさすがに、それならスタイルチェンジしてレベルリセットする前にひとことあっても……えーもーどういうことですか」
これはだめだ。あれだ、佐波アミさんとかとはまた別のジャンルで人の話を聞かないひとだ。
「あの、あなたたちが僕と戦ってくれるんですか!? うれしいなー」
「いやっ、ちょっと」
「ええその通りです。プレイヤーネーム『凸村かえでちゃん』さん。男性、LV10、フリースタイル。対人戦39勝1敗とは中層級プレイヤーとしては優秀な戦績です」
「どういたしまして! ネレイアさん……でいいのかな、これって」
「お好きなように」
「おーっととっとAnybody Can Stop ザ・俺! 前々から気になってたんだが『ちゃん』までがダンサーネームなのってどーゆーことなのy’know?」
不躾なバーニンたかしの問いにも、にっこり笑って答えるかえでちゃん。確かにそれはジンも気になるところではあった。紳士としてはどう敬称をつけたものかわかりにくい相手は苦手だ。少なくとも男性ということだけでもわかったことは収穫だ。
「だって、名前に最初から『ちゃん』って入れておくと、呼び捨てにされにくくていいかなーって。仲良し気分だよね!」
さあさあさあバトルしようしよう、たのしみだな!
右手をかえでちゃんに、左手をネレイアに引かれながらアリーナへ入場したジンであったが、即席ユニットのコンビネーションは最悪。ワルツの基本ステップしか練習していないところに加え、ランダムセレクトされたBGMはハイテンションなポップナンバー。三拍子のワルツに合うわけもなく、ネレイアの正確性を活かす間もなく足の蹴り合い踏みあい大会となり、かえでちゃんのインプレッション得点一本だけでジン・ネレイア組の三要素合計を軽く上回る、まさに惨々たる結果となった。




