第2話:安藤 清太
空の写真だった。青い空がどこまでも広がっていた。あまりにも白い雲が、行く当てもなく佇んでいた。
いつも見ている空がそこにはあった。
私が腕を広げても足りないくらいの大きな写真で、何もかも包み込んでくれる優しさがあった。
「綺麗だな。」私は息をするように、自然とそうつぶやいていた。
私は今までこんなに綺麗な空に気づかなかったのか。…そうか。これがみんなの言っていた綺麗か。
なんで私はこれに気がつかなかったんだろう。なんで。
悔しくて、切なくて、涙を流してしまっていた。
ひとり写真の前で涙を流している私は通行人にどのような印象を与えたのだろうか。
少なくとも、感情欠落者とは思われないだろう。
溢れ出す涙を堪えながら、私は名前を探した。この写真を撮った人の名前だ。
「安藤 清太さん」私は声にだして呟いた。私は安藤さんの他の写真を求めて奥のほうへ足を進めた。
しかし、最後の一枚まで見ても安藤さんの他の作品はなかった。かわりに売店で安藤さんの写真集を見つけた。
その日、私はあまりお金を持っていなかったが、安藤さんの写真集を買うことにした。
帰りの電車の中で私はその写真集を開き中を覗いた。
そこには先ほど見たような様々な空の写真があった。飾られていた写真もあった。
今までにないほど私はその写真集を大切に思った。
それからというもの私の頭の中は安藤さんのことでいっぱいだった。どんな人なのかな。
他にどんな写真を撮っているのかな。何歳なのかな。知りたいことは無数にあった。
色々な写真展にいっては安藤さんの写真を追い求めた。
そんな私の変化に周りの人もじょじょに気づきはじめていた。
もう私は感情欠落者と呼ばれなくなっていたんだ。
空を見れば、綺麗だと思って見惚れるし。それと同じように花や物も綺麗だと思った。
以前よりよく話し、よく笑うようになった。すべては安藤さんのおかげだった。
会いたいな。そう強く思うようになった。
そんな毎日の中で私の生活にある変化が起きた。
私が感情欠落者だったころに、私を気味悪がることもなく話しかけてきた男の子が突然学校にきはじめたのだ。
彼が学校に来なくなってから二ヶ月以上もたった日のことだった。
「久しぶり。」二ヶ月も会っていなかったとは思わせない声のかけ方だった。
「久しぶり。二ヶ月も何してたの?」安藤さんの影響ですっかり普通の女の子っぽくなりつつあった私は彼に尋ねた。
その時の彼の顔といったら忘れようがない。まるで別人を見るように私を見ていた。
なんにも知らない彼が驚くのも無理はない。私はすごく変わったのだから。
「…えっと。…働いてたんだ。」やっとのことそれだけ答えると彼は教室の自分の席に帰っていった。
彼が何をして働いていたのか、そんなに興味はなかったけれど、また学校に来たんだから何かあったのかな?
という程度には疑問に思っていた。




