反転の時
「おはよう」の一言で背筋が凍る、完璧な左右反転。
今回は、一夜にして「何か」と入れ替わって戻ってきた姉と、その違和感に気づいてしまった妹の、静かで不気味な朝の一幕をお届けします。
違和感の正体に思いを馳せながら、どうぞお楽しみください。
姉の眼は、赤く腫れておりました。外で何かがあったのだろうと、わたしは訝っておりました。
姉が帰ってきたのは十一時過ぎのことでした。小さな田舎町でこの時間まで遊べるところなど数える程もありませんでした。
姉の身に何か辛いことが起きたのだろうとは、女の勘で確信したことに御座います。
そうかとと言って、気軽に声をかけていいことだとも思えません。
姉は何も語らぬまま、自室の奥へと消えていきました。
翌朝、食卓に現れた姉の顔を見て、わたしは息を飲みました。腫れていたはずの眼は、元の美しい二重に戻っております。それどころか、いつも右頬にあったはずの小さな黒痣が、左頬へと移っていたのです。
「おはよう」
微笑む姉の口元から覗く八重歯も、左右が逆転しておりました。外で何と入れ替わってきたのか――それを訊ねる勇気は、今のわたしには御座いません。
【了】
草稿(本編)
朝の光が差し込むリビング。キッチンに立っていた姉が振り返り、優しく微笑んだ。
「おはよう」
その一言に、背筋が凍りつく。
いつもの姉だ。声も、着ている服も、佇まいも。だが、何かが決定的に違っていた。
右手で持っていたはずのマグカップは左手に握られ、左側に流れていた前髪の分け目は右側に変わっている。右頬にあったはずの小さなホクロが、今は左頬で小さく揺れていた。
まるで、鏡の中の姿がそのまま現実に出てきたかのような、完璧な左右反転。
「どうしたの? ぼーっとして」
首をかしげる姉の首元で、着ているパジャマのボタンの合わせまでもが逆になっていることに気づき、息が止まった。
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は「いつも通りの日常に潜む、完璧な違和感」をテーマに執筆しました。一番身近な家族がもし“鏡写し”になって戻ってきたら……という恐怖を感じていただけたら嬉しいです。




