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一発逆転          :約1500文字 :悪魔

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/05/02

「あっ、あっ、あ……」


 とある古びたアパートの一室。悪魔を呼び出した男は驚きのあまり喉を震わせるばかりで、まともな言葉を発することができずにいた。

 窓枠の隅には湿った埃がこびりつき、外気を遮りきれず、隙間風が入り込んで薄汚れたカーテンをかすかに揺らしている。天井には雨漏りの染みが広がり、まだら模様を描いていた。黒ずんだ畳の中央には、チョークで描かれた歪な魔法陣。その上に立つ悪魔は、喉の奥でくっくと低く笑った。


「何をそんなに驚かれているのですかな。あなたが呼び出したというのに」


「あ、あ……いや、その、ネットでなんとなく調べて……まさか、本当にできるとは思わなくて……」


 声が裏返り、情けない響きが部屋に溶けた。男は必死に取り繕おうとし、引きつった笑みを浮かべた。だが、その震えは次第に恐怖から興奮へと変わっていき、笑みにはじわりと欲望が滲んでいった。

 悪魔はどんな願いでも一つだけ叶えてくれるという。ただし――その代償として、死後に魂を差し出さなければならない。

 その条件を聞いた男は飛び上がって喜んだ。今の人生は不満ばかりで、死後のことなどどうでもよかったのだ。

 しかし、何を願えばいいのか。

 金か。女か。職はどうだろう。楽で高給な職に就ければ、金も女も自然とついてくるだろう。いや、やはり金が一番手っ取り早いか。いいや待て。金は減る。不安がつきまとうだろう。いや、投資すれば問題ない。いやいや、そんな知識も頭もない。では頭を良くしてもらうか。いや、それなら顔が先だろう。顔さえ良ければ、金がなくても女に困ることはないはずだ。そうなると身長も欲しいところだ。だが願いは一つだけだ。なら理想の女を恋人に……。いや、やはり金だ。土地をもらうのはどうだ。不動産収入で食っていくのだ。だが豪邸にも住みたいぞ。それなら買えばいいだけだ。となると、やはり金か。だが派手に使ったら税務署が飛んでくるぞ。それに悪い連中に狙われるかもしれない。だが……いや……。


 腕を組み、唸りながら考え込むが、いい案が浮かばない。むしろ堂々巡りだった。

 やがて悪魔に催促され、男は慌てふためいた。


「いや、あの、そうだな……えっと、だから、そのう……あっ!」


 追い詰められた末、男の脳裏に一つの言葉が閃いた。


「逆転だ! おれの現状をすべて真逆にしてくれ! ははは! まさに人生逆転だ!」


 男は高らかに叫び、両手を天井へ突き上げた。


「承知しました」


 悪魔が静かに告げた、その瞬間だった。

 雨染みだらけの天井が、みるみるうちに白く美しく変わり、さらに上へ、上へと引き伸ばされていく。狭苦しかった空間は一気に広がり、足元の畳は消え、磨き上げられた床が光を反射した。重厚で高級そうな家具が整然と並び、空気さえも澄んだものへと変わった。

 大きな鏡を見つけ、近づいて覗き込むと、そこに映る自分の顔も、これまたみるみるうちに美しく変わっていく。潰れたような大きな鼻は、すっと細く小さくなり、ニキビ跡だらけの肌は滑らかに整っていく。目はぱっちりと大きく開き、全体の輪郭が引き締まっていく。さらに身長はすーっと伸びていき、視点が一気に高くなった。ふいに足元に目をやると、そこには札束がどさりと湧き出していた。

 そしてドアが静かに開き、中へ入ってきたのは艶やかな髪を揺らす美しい女。しとやかな所作で歩み寄り、熱を帯びた視線をまっすぐこちらに向けてきた。

 男は思わず息を呑んだ。胸が大きく跳ね、どくりと音を立て、そして――すっぱりと鼓動が止まった。

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