0日目 楽しみな遊園地
ある家の子供部屋。白い机の上に、沢山の教科書と、積み上げられたノート。そして部屋隅にぽつんと置かれた、一台のテレビ。十歳になったばかりの少年は、静かに、食い入るように、テレビに映るコマーシャルを見ていた。
「良い子遊園地、良い子遊園地。子供の楽園、良い子遊園地! 一年を良い子で過ごした子供だけがいける、特別な楽園。さあ今年も、チケット配布の季節がやってきた! 良い子のみんな! 明日の郵便を、見逃さないでね!」
テレビに流れるのは、良い子遊園地の宣伝だ。全子供の憧れ、良い子だけがいける良い子遊園地。少年もまた、五歳のころから良い子遊園地に憧れていた。それから四年間、少年は毎年入場チケットをもらっている。今年も勿論、良い子でいたつもりだ。
テレビの電源を切り、少年は机に向かう。良い子は、ひと時たりとも悪い子でいてはいけない。だから、テレビを見続けるような真似はせず、静かに勉強していなければならない。チケットをもらうその時までは油断できないぞ、と少年は気を引き締めた。
「あんたー、早く寝なさいよー?」
外から聞こえてくる、少年の母の声。勉強を始めようと意気込んでいた少年は、はっとしてベッドに入った。時計が示すのは午後九時、良い子は眠る時間だった。
翌日。少年の家に届いたひとつの封筒。少年は、体を振るわせながら、封を開けた。目を瞑り、恐る恐る中身のカードを取り出す。手の中に、長方形の紙の感覚。少年は深呼吸をし、勢いよく目をひらいた。
「……! やったあ!」
視界に映ったのは、良い子遊園地のチケットだった。少年にとって、五枚目のチケット。良い子遊園地に一日滞在できるチケット。普通は、二枚手にはいればすごいとされるそのチケットを、少年は五枚も手に入れたのだ。
はしゃぎたおし、すぐにでも倒れてしまいそうな少年。傍では、少年の親が泣きながら笑っている。喜びに包まれた居間が、そこにはあった。
数日後。良い子として、少年は家を飛び出した。着替えの入った荷物と帽子を持ち、チケットを握りしめて。
チケットを使えるのは、十歳の子供のみ。地域ごとに、チケットを持つ子供たちが集められて、彼らは楽園に招待される。少年もその一人として、心を弾ませながら、大荷物と共に、楽園行きのバスに乗り込んだ。
バスの中には、少年と同じように心を弾ませる子供たち。少年の知った顔はなかったが、それぞれがそれぞれで良い子を体現している様子に、少年は目を輝かせた。黙々と何かをノートに書いている子、もじもじしている子、そんな子に明るく声をかける子。
良い子遊園地は、良い子の場所だ。だから常に良い子でないといけない。勿論、バスの中でも、良い子でいないといけない。一人、悪態をついていた子供が、泣きながら連れていかれる様子を見て、少年は気を引き締めた。
少年の席は、一番後ろの窓際だった。チケットを持つ子供は多く、バスは満席。少年の見た限り、少なくとも五台のバスがこの地域から出発する。
満席なので、勿論、少年の隣にも人が座る。人と話すのが苦手な少年にとって、良い子遊園地につくまでの道のりが、良い子としての最大の障壁になりうるのだ。少年は頭を抱え、再度、気を引き締めた。
不意に、声がかけられた。
「ふふふ、ごきげんよう」
「ひゃん!」
急な呼びかけに驚き、少年は飛び跳ね、声を出した。
くすくすと笑う可憐な少女の方を向き、少年は何とか、言葉を探した。良い子は、勝手に話し始めてはいけない。静かにしていなければならない。とはいえ、話しかけられたなら話は別だ。何か答えないと、と少年は再度頭を抱えた。
「えーっと、初めまして……?」
「ふふ、はじめまして」
「な、なんか用……?」
「あらら。遊園地って、お友達と一緒に回ったほうが楽しいでしょう? なので、お友達を作ろうと思ったんですの」
「……?」
少年には、意味が分からなかった。お友達、果たしてそれは良い子なのだろうか。会うたびに石を投げてくる、会うたびに暴言をはくお友達という存在は、良い子とはかけ離れているではないか。そんなものに、巻き込まないでほしい。それが、少年の本心だった。
少年には、気の許せる、対等なお友達がいなかった。良い子遊園地に行く、そのためだけに生きてきたのだから。
「お友達……? 僕じゃなくても、良いんじゃない?」
「うーん、お友達が、途中でいなくなっちゃったら、あなたも嫌でしょう?」
「……」
合意はできない。お友達なんて、いないほうがいい。しかし、お友達になってほしいという、表向き正しい要望を蹴るのは、良い子のすることだろうか。
しっかり考えようとして、少年は気づいた。よく考えたら、少女の返答は、僕の質問の答えになっていないじゃないか。いや、しかし。目の前の少女を頭ごなしに否定するのは、良い子がやることではない。少年は、たくさんやった勉強を思い出し、どうにか答えを探った。答えは出なかった。
「あらら、黙ってしまいましたの。困りましたわ、あなたしかいないというのに」
「……? なにが?」
「あらら? あなた、チケットを五枚持っていますのよね? この辺りでチケットを五枚以上持っているのは私とあなただけ、とお父様から聞きましたわ。仲良くしましょ?」
少女の声が聞こえていたのだろう。周囲から湧き上がる、賞賛と羨望の声。少年があっけにとられていると、少女は少年の隣に座り、手を合わせた。
「まずは、親睦を深めましょう!」
音を立てて、バスが走り出した。
少年たちを乗せて。
読んでいただき、ありがとうございます。
初めての連載となります。全七話ほどを予定しております。
ゆっくり更新していく予定です。
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