第7話 公爵令嬢と王女の過剰な賛美。からの、秒殺決闘ざまぁ劇
担任の教師が教壇に立ち、Sクラスの生徒たちに自己紹介を促した。
当然のように、最初に名乗りを上げたのはこの教室で最も身分が高い二人だった。
「第三王女、シャルロット・アーゼルですわ」
金色の縦ロール髪を揺らし、シャルロットが優雅にカーテシーを披露する。
彼女の美しさは、入学試験の時から全校生徒の注目の的だった。
王族としての気品もさることながら、僕が開発した『高保湿・魔力付与ローション』の恩恵をフルに受けている彼女の肌は、透き通るような白さと艶を放っている。
炎魔法の申し子と呼ばれる彼女だが、その立ち振る舞いは一輪の百合の花のように可憐だった。
「公爵家長女、ベアトリス・ヴァンルージュと申します」
続いて立ち上がったのは、銀色のストレートヘアが特徴的なベアトリスだ。
氷魔法を得意とし、学園でも一、二を争う頭脳を持つと言われる彼女は、知的でクールな美貌を誇っていた。
彼女の髪もまた、僕の『弱酸性アミノ酸シャンプー』によって一本一本が光を反射するほどに磨き上げられている。
二人とも、僕の美容品の最高の広告塔になってくれているなと、僕は一人で感心しながら見つめていた。
しかし、隣に座るリズは少しだけ不満そうに唇を尖らせている。
「確かにすごく綺麗だけど、アレンの隣は絶対に譲らないんだからね」
リズが僕の袖を軽く引っ張って小声で呟いた。
前世からずっと僕の隣にいる彼女の嫉妬は、最高に可愛い。
自己紹介が一通り終わり、放課後の鐘が鳴った直後のことだった。
「アレン様、この後、王族専用のサロンで美味しい紅茶でもいかがかしら」
「私共の公爵家が取り寄せた最高級の茶葉もご用意しておりますわ、ぜひ、これからの交友を深めさせてくださいませ」
シャルロットとベアトリスが、僕の机を挟むようにして蠱惑的な笑みを向けてきた。
教室中の男子生徒からの殺意が、さらに数段階跳ね上がるのを感じる。
僕が適当な理由をつけて断ろうとした、その時だった。
「おい、田舎貴族、王女殿下たちのお誘いを断ろうなどと、不敬にも程があるぞ」
鼓膜を刺すような嫌味な声と共に、一人の大柄な男子生徒が僕の机の前に立ち塞がった。
取り巻きを数人引き連れた彼は、侯爵家の長男であるデリックだった。
自己紹介の時から、辺境伯家の三男である僕を露骨に見下していた男だ。
「王女殿下、ベアトリス様、このような成り上がり者にかまう必要はございません、お茶会でしたら、このデリックがエスコートいたします」
デリックが気取った仕草で二人に頭を下げる。
しかし、シャルロットとベアトリスは、まるで汚物を見るかのような冷たい視線をデリックに向けた。
「成り上がり者とは、アレン様に向かって、あなたごときが何たる暴言ですの」
「アレン様は、数百のオークの群れを瞬時に消し飛ばした絶大なる力を持つ、私の英雄ですわ、あなたの魔法など、アレン様の足元にも及びません」
「ええ、それに彼は、私がその頭脳のすべてを懸けても勝てないほどの天才です、侯爵家ごときが軽々しく声をかけて良い御方ではありませんわ」
二人の令嬢による、僕への過剰なまでの持ち上げと賛美の言葉が教室に響く。
デリックの顔が、怒りと屈辱で瞬く間に真っ赤に染まった。
「オークの群れを瞬殺だと、そんなホラ話を信じるわけがないだろう!」
デリックが怒鳴り声を上げる。
僕は面倒ごとを避けるため、ひたすら無表情を貫き、嵐が過ぎ去るのを受け流そうとしていた。
しかし、怒りの矛先を見失ったデリックの視線が、僕の隣に座るリズへと向けられた。
「ふん、辺境の田舎者には、この番犬がお似合いということか」
デリックが突然手を伸ばし、リズの細い手首を乱暴に掴んだ。
「顔だけは悪くないな、どうだ、こんな野蛮な男の護衛などやめて、僕の愛妾として王都で飼われてみる気はないか」
デリックの口から、セクハラまがいの下劣な言葉が吐き出された。
その瞬間、僕の中で何かがブツンと音を立てて切れた。
リズは剣聖のステータスを持っている。
デリックの腕など、その気になれば小指一本でへし折れるはずだ。
実際、彼女は僕に向けて大丈夫だよ、私こいつの骨折っちゃっていい?という確認のアイコンタクトを送ってきていた。
だが、そういう問題ではない。
前世で僕の手をすり抜けて死んでしまった最愛のサキ。
二度と離さないと誓った彼女に、あんな気持ち悪い男の手が触れているという事実が、僕の理性を完全に吹き飛ばしたのだ。
「その汚い手を、今すぐ離せ」
僕が地を這うような低い声を出して立ち上がった。
左腕のスマートウォッチが、主の怒りに呼応して青白い光を放ち始める。
デリックの手を力尽くで振り払おうと僕が一歩踏み出した、まさにその時だった。
バンッ!!
シャルロットが愛用の扇子で、デリックの顔面を思い切り叩き据えた。
「無礼者、アレン様の大切な御伴に触れるなど、万死に値しますわ、アレン様、このような下郎は決闘で徹底的に叩き潰してしまいなさい」
シャルロットが僕の前に立ち塞がり、デリックを指差して堂々と宣言した。
ベアトリスも背後で深く頷いている。
「ええ、シャルロット様の仰る通りですわ、アレン様の実力を、王都の愚か者たちに知らしめる良い機会です」
「え、ちょっと待って、決闘?」
僕の怒りは、彼女たちの予想外の行動によって行き場を失ってしまった。
「やってやる、ただの田舎貴族が、侯爵家の本気の魔法に勝てるわけがないと思い知らせてやる」
顔を真っ赤に腫らしたデリックが、懐から決闘用の白い手袋を引き抜き、僕の顔に投げつけた。
こうして僕は、激怒した王女の代理戦争という形で、学園の闘技場に立たされることになったのである。
◇
学園の裏手にある広大な闘技場には、噂を聞きつけたSクラスの生徒たちだけでなく、他学年の野次馬までが集まっていた。
審判を務める実技担当の教師が、僕とデリックの間に立つ。
「双方、準備は良いか、命に関わる魔法の使用は禁ずる」
「ふん、手足の一本や二本、消し飛んでも恨むなよ」
デリックが自信満々に笑い、両手に強大な魔力を集め始めた。
僕は大きな溜息を吐きながら、左腕のリストバンドをこっそりと起動する。
「始め!」
教師の合図と共に、デリックが長々とした詠唱を開始した。
「大気に満ちる炎の精霊よ、我が魔力を喰らい、紅蓮の嵐となって敵を焼き尽くせ、エクスプロージョンフレア!」
デリックの杖の先から、巨大な炎の竜巻が発生し、闘技場の地面を焦がしながら僕に向かって突進してくる。
観客席から悲鳴が上がった。
手加減など一切していない、侯爵家長男の全力の魔法だ。
しかし、僕の視界に浮かぶホログラム画面には、その魔法がただの熱エネルギーと風圧のベクトルデータとして表示されていた。
【対象の攻撃ベクトルを検知しました】
【物理反射アプリを起動します】
僕は詠唱もせず、ただ指先で空中の画面をスワイプした。
飛んできた巨大な炎の竜巻に対して、進行方向のベクトルを百八十度反転させるという単純な指示を出しただけだ。
「なっ!?」
デリックが絶望の声を上げた。
僕の目の前数十センチまで迫っていた炎の嵐は、見えない壁にぶつかったようにピタリと停止する。
次の瞬間、全く同じ威力と速度で、術者であるデリックに向かって跳ね返っていったのだ。
「ぎゃあああああっ!」
ドゴォォォォンッ!!
凄まじい爆発音と共に、デリックの体が闘技場の壁まで吹き飛ばされた。
反射されたのは魔法のエネルギーだけであり、僕の魔力は一切消費されていない。
ただ物理法則に従って、飛んできたものをそのままお返ししただけだ。
黒煙が晴れると、そこには全身を黒焦げにして白目を剥き、完全に気絶しているデリックの姿があった。
「勝者、アレン・ログレー!」
教師の震える声が響き渡る。
闘技場は、水を打ったように静まり返っていた。
僕が一歩も動かず、詠唱すらなしで侯爵家の全力魔法を弾き返した光景は、彼らの常識を完全に破壊してしまったのだ。
「さすがは私の英雄様ですわ、あのような小悪党など、アレン様の敵ではありません」
「圧倒的な演算能力、やはり素晴らしいですわ、アレン様」
観客席からシャルロットとベアトリスが拍手喝采を送っている。
そして、今まで僕に嫉妬と殺意の視線を向けていた男子生徒たちは、青ざめた顔で一斉に僕に向かって平伏した。
「アレン様バンザイ!」
「俺たち、一生あなたについて行きます!」
昨日まで僕を馬鹿にしていた貴族たちが、ガタガタと震えながら土下座をしている。
王族の威光を背負い、さらには圧倒的な力を見せつけてしまったのだから、無理もない。
「ねえアレン、なんか、すごいことになっちゃったね」
リズが僕の隣に駆け寄り、呆れたように苦笑いする。
「もう嫌だ、領地に帰りたい」
僕は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
平穏なスローライフは完全に消滅し、僕は王女と公爵令嬢の寵愛を受けながら、学園の裏番長として君臨するという、最高に面倒くさいポジションを確立してしまったのである。




