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第6話 手加減を間違えた入学試験と、逃げ場のないSクラスの座席表

王立魔法学園の広大なグラウンドには、今年入学を迎える数百人の新入生たちが集まっていた。

教会の水晶玉を粉砕したあの日から、僕とリズは半ば強制的に王都へと護送され、今日この日を迎えたのだ。


周囲を見渡せば、いかにも高位貴族といった身なりの少年少女たちが、己の魔力を誇示するように胸を張っている。

田舎の辺境伯領からやってきた僕たちは、極力目立たないようにグラウンドの隅で息を潜めていた。


「いいかリズ。今日の目標は『限りなく平均点に近い平凡な成績』を出すことだ」


「わかってるよアレン。私は試験官の剣を絶対に折らないように、そーっと打ち込むから」


「僕もだ。魔法の的当てテストでは、一番威力の低い火の玉を出して、ギリギリ合格ラインを狙う」


僕たちは固く誓い合った。

数日前の街道で、オークの大群から王家の馬車を救い出してしまったのは完全に計算外だった。


あの時、王女と公爵令嬢に僕たちの顔を見られている。

もしここで悪目立ちして彼女たちの目に留まれば、僕の平穏なスローライフ計画は完全に終了してしまう。


だからこそ、この実技試験は何が何でも「凡庸」を貫かなければならなかった。


「次、受験番号105番。アレン・ログレー。前へ」


試験官の冷たい声が響いた。

僕は小さく深呼吸をして、指定された試験ラインに立つ。


前方約三十メートルの位置には、魔法耐性を付与された分厚い鉄の装甲を持つ「試験用ゴーレム」が鎮座していた。

一般的な新入生の魔法では、表面を少し焦がすか、わずかに凹ませるのが限界という非常に頑丈な的である。


周囲の貴族生徒たちが、辺境出身の僕を値踏みするように見つめていた。


「魔法の属性は問わない。詠唱の後、全力で的を攻撃しろ」


「はい」


僕は左腕のリストバンドに隠された【天界の端末】を、脳内の思考だけでこっそりと起動した。

視界の端にホログラムのウインドウが浮かび上がる。


一番火力の低い【火属性アプリ】を選択し、温度設定と魔力供給のパラメータを「最低レベル」まで引き下げた。


これなら、前世のガスコンロの弱火程度の威力しか出ないはずだ。

僕は周囲を誤魔化すために、適当な詠唱を口に出した。


「火の精霊よ、僕の指先に小さな灯火を集めておくれ。ファイアボール」


僕が右手を突き出した瞬間だった。

ホログラム画面に、想定外の警告文がポップアップした。


【警告:術者の魔力純度が高すぎます】

【最低出力設定でも、完全燃焼によるエネルギー変換効率が99%を超過】

【対象への熱量供給が限界値を突破します】


「……え?」


僕が焦って制御をキャンセルしようとした時には、もう遅かった。

僕の指先から放たれたのは、一般的な赤い火の玉ではなかった。


それは、酸素を極限まで取り込み、不純物を一切含まない純白の炎だった。

音もなく空間を滑るように飛んだその光は、試験用ゴーレムの胸部装甲に触れた瞬間、爆発的な熱膨張を引き起こした。


カッ!!


太陽が地上に落ちたかのような閃光がグラウンドを包み込む。

試験官や生徒たちが悲鳴を上げて目を覆った。


数秒後、光が収まったグラウンドは水を打ったように静まり返っていた。

そこにあるべき試験用ゴーレムの姿は、跡形もなく消え去っていたのだ。


代わりに残っていたのは、ドロドロに溶けてマグマのように赤く発光する鉄のラグーンと、周囲の空気が熱で陽炎のように揺らめく光景だけだった。


「……あー。ちょっと、酸素濃度が高すぎたみたいです」


僕が引き攣った笑いを浮かべて言い訳をしたが、試験官は完全に魂が抜けたような顔でへたり込んでいた。

周囲の貴族生徒たちの顎が、文字通り地面に届きそうなほど外れている。


まずい。

やりすぎた。


最低出力のガスコンロでも、燃料がロケット用の超高純度エネルギーならこうなるという、初歩的な物理法則を忘れていた。


「す、素晴らしいわ……!あの青白い光、間違いないですわ!」


ふと、グラウンドを見下ろす校舎の貴賓席から、興奮に満ちた少女の叫び声が聞こえた。

見上げると、金色の縦ロール髪を揺らす第三王女シャルロットと、銀髪の公爵令嬢ベアトリスが身を乗り出して僕を指差していた。


「やっと見つけましたわ、私の英雄様!村人A様!」


「計算通りの圧倒的な破壊力……やはり彼こそが、私たちが探していた御方ですわね」


二人の瞳が、獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラと輝いている。


全校生徒と試験官の視線が、貴賓席の王女と僕を交互に行き来した。

王族に「英雄」と呼ばれ、さらにはゴーレムを蒸発させる規格外の魔法を見せつけたのだ。


僕の隠蔽工作は、開始五分で完全に、そして致命的に崩れ去ったのである。

さらに追い討ちをかけるように、続く剣術試験でリズが「手加減して」振った木剣の風圧だけで試験用の鉄鎧が粉砕され、彼女もまた化け物認定をされることになった。



数時間後。


波乱だらけの入学試験を終え、僕たちは新入生のクラス分け発表の掲示板の前に立っていた。

当然のように、僕とリズの名前は最上位の『Sクラス(特待生)』の筆頭に記載されていた。


「ははは。スローライフのスの字も見えないね、アレン」


「笑い事じゃないぞリズ。これからは目立たないように、教室の隅で息を潜めて三年間をやり過ごすんだ」


僕は重い足取りで校舎を歩き、Sクラスと書かれた豪華な扉の前に立った。

深呼吸をして、扉を開ける。


教室内にはすでに十数人の選ばれたエリート生徒たちが着席していた。

しかし、僕が教室に足を踏み入れた瞬間、その場の空気がピンと張り詰めた。


教壇のすぐ目の前、一番目立つ中央の席。

そこには、見慣れた二人の美少女が優雅にお茶を飲みながら待ち構えていたのだ。


「お待ちしておりましたわ、アレン様」

「長かったですよ、あなたを特定するまでの数日間」


シャルロット王女とベアトリス公爵令嬢が、まるで獲物を追い詰めたように完璧な笑みを浮かべて立ち上がった。


僕は反射的に回れ右をして教室から逃げ出そうとしたが、背後からリズに襟首を掴まれて引き止められた。


「逃げちゃダメだよアレン。私たちの席、あそこみたいだから」


リズが指差したのは、王女と公爵令嬢のすぐ隣のエリアだった。

黒板に向かって、中央の列。


僕の席と思われる机の『右側』には、リズの荷物が置かれている。


『左側』の席にはシャルロットが座り、振り返るように僕を見つめている。


そして『真後ろ』の席には、ベアトリスが優雅に足を組んで微笑んでいた。


「……なんだよ、この鉄壁のフォーメーションは」


僕は絶望的な声を出した。


右を見れば最強の幼馴染。

左を見れば王国の最高権力者である王女。

後ろを振り向けば、知略と財力を握る公爵令嬢。


前後左右を完全に美少女に包囲され、逃げ道はどこにもない。

偶然にしては出来すぎている。

いや、偶然であるはずがない。


「ベアトリス。君の仕業か」

「ふふっ。公爵家の少しばかりの権力を使わせていただきました。これから三年間、仲良くしてくださいね、アレン様?」


「私は左からいつでもアレン様のお顔を見られますわ!ああっ、なんて幸せな学園生活の始まりなのでしょう!」


シャルロットが両手を頬に当てて身悶えしている。

リズは僕の右腕にギュッと抱きつき、二人の令嬢に対して牽制するように見つめ返した。


「アレンの面倒を見るのは昔から私の役目だから。王女様たちには譲らないよ」


「あら、幼馴染の特権を主張されるおつもり?面白いですわ、受けて立ちます」


「私共は公爵家の財力で、アレン様の研究を全面的に支援する用意がありますわ。幼馴染殿にそれがお出来になって?」


僕の頭越しに、バチバチと激しい火花が散っている。

教室の温度が数度下がったような錯覚に陥った。


そして、さらに悪いことに。


「おい、見ろよあの辺境の成り上がり」

「王女殿下と公爵令嬢様にすり寄るなんて、許せない」

「それにあの金髪の美少女まで侍らせて……ふざけやがって!」


周囲の席に座る高位貴族の男子生徒たちから、物理的なダメージを伴いそうなほどの凄まじい嫉妬と殺意の視線が突き刺さってきた。


彼らにとって、王女や公爵令嬢は高嶺の花であり、憧れの的なのだ。

それをどこの馬の骨とも知れない辺境の三男坊が独占している状況は、彼らのプライドを粉々に砕くものだった。

針のむしろとはまさにこのことだ。


「……終わった」


僕は力なく自分の席に崩れ落ちた。

僕が望んでいたのは、領地でシャンプーや化粧水を作って、リズと二人でのんびり暮らす平穏な日々だったはずだ。


それがなぜ、王女と公爵令嬢にストーキングされ、クラス中の男子から命を狙われるような羽目になっているのか。


左腕の【天界の端末】は、この状況を打開するアプリを何一つ提示してはくれなかった。

こうして、僕の不本意すぎる王立魔法学園でのハーレム生活と、波乱に満ちた三年間が幕を開けたのである。

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