第12話 現代科学vs魔法結界。深夜のハッキング無双と魔族の契約
王都盤上遊戯大会での喧騒から数日後。
僕たちは、再びヴァンルージュ公爵邸の秘密の図書室に集まっていた。
しかし、前回の甘い特訓のような雰囲気は一切ない。
テーブルの上のチェス盤は片付けられ、代わりに王都の詳細な地図と、いくつかの羊皮紙が広げられている。
シャルロットとベアトリス、そしてリズの表情は、いつになく真剣で、そして暗い。
「アレン様。以前お話しした、私たちが学園に入学する直前に街道でオークの大群に襲われた事件……。あの件についての調査が、公爵家の情報網によって大きく進展いたしましたわ」
ベアトリスが地図の一点を指差しながら、冷徹なトーンで切り出した。
彼女が指差したのは、王都北部に広大な敷地を持つ『バルバトス伯爵邸』だった。
「バルバトス伯爵……。確か、シャルロットのお兄様である第一王子の派閥の有力貴族だよね?」
「ええ、そうですわ、アレン様。バルバトス伯爵は、私の父であるヴァンルージュ公爵家や、シャルロット様を支持する派閥とは長年対立関係にありますわ。そして、今回の調査で、事件当日にオークの群れを街道へ誘導するための特殊な魔導具を、伯爵家の息のかかった商会が購入していた証拠を掴みましたの」
ベアトリスの言葉に、シャルロットが青ざめた顔で唇を噛んだ。
「お兄様が……。いえ、お兄様を利用して、バルバトス伯爵が私を暗殺しようとしたのですわね。そうすれば、父上……国王陛下は深く悲しみ、王家の威信は失墜する……」
「おそらく、それが狙いですわ、シャルロット様。ですが、これはまだ状況証拠に過ぎませんわ。決定的な証拠がなければ、国王陛下も有力貴族である伯爵を裁くことはできませんわ」
「決定的な証拠、か……」
僕は腕を組み、左腕のスマートウォッチ型端末──【天界の端末】を愛おしそうに撫でた。
前世が理系のオタクであった僕にとって、この世界の「魔法結界」や「暗号」は、非常に古臭く、脆弱なシステムにしか見えない。
現代科学の論理を魔力で強制執行するこの端末を使えば、物理的な潜入など必要ないのだ。
「ベアトリス。バルバトス伯爵邸の正確な座標と、現在展開されている防御結界の魔力波長のデータはあるかな?」
「え?ええ、もちろん用意してありますわ。公爵家の魔導師たちが密かに計測したデータですけれど……。アレン様、一体何を?」
僕はベアトリスから受け取った羊皮紙のデータを、スマートウォッチのスキャナーで読み取らせた。
ホログラム画面に、バルバトス伯爵邸の立体図と、その周囲を覆う幾重もの魔法障壁が赤く可視化されて表示される。
「よし、データリンク完了。【索敵アプリ】と【解析アプリ】を並列起動」
僕は空中に浮かぶ画面を高速でスワイプし、伯爵邸の防衛システムに対するアプローチを開始した。
「アレン、またすごいやつやるの?」
リズが目を輝かせて僕の腕を覗き込んでくる。
「ああ。まずは【小型ドローンアプリ】を起動。素材は……そこにある大理石の灰でいいか」
僕は床に落ちていた大理石の粉末を魔力で再構築し、蚊のように小さな、光学迷彩を施した隠密ドローンを数体合成した。
ドローンたちは僕の魔力を動力源として、音もなく図書室から飛び立ち、王都の夜空へと消えていった。
数分後、ホログラム画面にドローンからの映像がリアルタイムで映し出された。
バルバトス伯爵邸の上空。
肉眼では見えないが、端末の画面には複雑な魔方陣が何層にも重なり、邸内への侵入を拒んでいるのが分かる。
「さて、ここからが賢者の本領発揮だ。【ハッキングアプリ】起動」
僕は画面に表示された魔法結界の数式の配列を解析し、その脆弱性を探し出した。
この世界の魔法は、精霊への祈りや詠唱によって構成されているため、論理的なバグ(矛盾)が非常に多い。
「物理的な破壊は検知されるけれど、魔力波長の位相を反転させて、一時的に結界の『論理的空白』を作り出せば、気づかれずに侵入できる」
僕は画面上のゲージを指先で微調整し、伯爵邸の防御結界の波長に合わせて、僕のドローンから放たれる魔力の位相を逆転させた。
画面上の赤い障壁が一瞬だけ青く変わり、僕のドローンは抵抗なく結界をすり抜けて邸内へと侵入した。
「嘘……。バルバトス伯爵邸の結界は、王宮魔導師も舌を巻くほどの強固なもののはずですわ……!それを、一度も触れずに突破するなんて……!」
ベアトリスが信じられないものを見る目で絶句している。
シャルロットも呆然と画面を見つめていた。
「よし、ドローンAは伯爵の書斎へ。ドローンBは地下室へ向かわせる。……おっ、ビンゴだ」
ドローンが捉えた映像。
バルバトス伯爵邸の地下、分厚い魔力遮断壁に囲まれた秘密の部屋。
そこに、バルバトス伯爵が、一人の男と対峙していた。
いや、男ではない。
ドローンの解析画面には、その男の全身が『得体の知れない黒靄』で構成されていると表示されていた。
魔力濃度が異常に高い。
人間はおろか、高ランクの魔獣ですらあり得ないほどの、禍々しい力の奔流。
「これは……【魔族】反応!?」
僕の端末が、この世界には存在しないはずの種族を検知して警告を発した。
「魔族……!?建国英雄によって、遥か彼方の魔界に封印されたはずの……!」
シャルロットが悲鳴のような声を上げた。
「アレン様、音声を拾えませんこと!?」
ベアトリスの問いに、僕は即座にドローンの集音センサーを最大まで引き上げた。
端末のスピーカーから、伯爵たちの会話がノイズ混じりに再生される。
『……バルバトス伯爵。我ら魔族の力を借りて、この国の王座を狙う準備は整ったか?』
黒い靄の中から、鼓膜を痺れさせるような、不快で重苦しい声が響いた。
間違いなく、この世のものではない存在の声だ。
『ええ、魔将閣下。街道でのシャルロット王女暗殺は失敗しましたが、第一王子派の有力貴族はすべて掌握いたしました。来月の建国祭、国王が玉座を空ける瞬間に、王城の結界を内側から破壊し、閣下の軍勢を招き入れます』
バルバトス伯爵が、薄汚い野心に満ちた顔で魔族に傅いている。
『ククク……。良いだろう。王国の魂は我ら魔族が喰らい、貴様には抜け殻となったこの国の王の座を与えてやる。契約は成った』
魔族が手をかざすと、伯爵の体に黒い紋章が刻み込まれた。
それは、自らの魂を代償に強大な力を得る、悪魔の契約だった。
「信じられない……。お兄様の派閥の重鎮が、魔族と内通して王国の転覆を企てているなんて……!」
シャルロットが涙を流して崩れ落ちた。
ベアトリスも、事態のあまりの大きさに顔を青ざめさせ、震えている。
単なる貴族の派閥争いではない。
これは、人間と魔族の戦争の前兆だ。
「……アレン。こいつら、シャルロットを殺そうとしただけじゃなくて、この国全部を魔族に売ろうとしてるんだね」
リズが静かに、しかし凄まじい殺気を放ちながら立ち上がった。
彼女の碧眼が、トラックに轢かれる直前のような、あの冷たい怒りの色に染まっていく。
「ああ。どうやら、僕のスローライフを邪魔する奴らは、人間だけじゃ足りないらしい」
僕は左腕のホログラム画面を操作し、今録画した映像と音声データを端末の【専用ストレージ】に厳重に保存した。
そして、左手のひらをバルバトス伯爵邸の座標に向け、魔力をチャージし始める。
「アレン様、まさか今からあそこへ……!?」
「決定的な証拠は掴んだ。なら、あとは僕たちの平穏を脅かすガン細胞を、根こそぎ除去するだけだ」
僕は冷徹な賢者の顔になり、ホログラム画面の【攻撃手段】の中から、以前レッドベアを蒸発させた『プラズマビーム』よりもさらに凶悪なアプリ──【戦術核相当・空間切断魔法】を選択した。
「リズ、シャルロット、ベアトリス。今夜中に、バルバトス伯爵と、そこにいる魔族を完全に殲滅する。カチコミの準備をしてくれ」
「了解!」
「はい、アレン様……!我が王家の誇りにかけて!」
「ええ、アレン様。公爵家の名において、王国の平穏を取り戻しましょう」
三人のヒロインが、それぞれの武器と魔法を構え、僕の背後に並んだ。
最強のハーレム協定が結ばれてから最初の共同作業は、王国の危機を救うための、伯爵邸への深夜の強襲となったのである。
僕の平穏な学園生活の裏で、異世界の理を書き換える賢者と、最強のヒロインたちによる、魔族との戦いの火蓋が今、切って落とされた。




