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第11話 盤上の知略と密室の公爵令嬢。王都を席巻する盤上遊戯と甘い特訓

ヴァンルージュ公爵家との独占契約から数週間後。


僕が持ち込んだ三つの盤上遊戯──リバーシ、チェス、将棋は、凄まじい勢いで王都の貴族社会を席巻していた。


最初は目新しい娯楽として夜会で披露されただけのものが、その奥深い戦略性と、公爵家が用意した豪華な大理石や象牙の盤面の美しさにより、瞬く間に高位貴族たちのステータスシンボルとなったのである。


特に、軍を指揮する武門の貴族たちは「将棋」の虜になった。

敵の駒を自軍の戦力として再配置するというシステムが、彼らの戦術的探求心を強烈に刺激したのだ。


そして、この大流行はついに王国で最も高貴な人物の耳にまで届くことになった。


「アレン様、お父様が……国王陛下が、将棋に夢中になって政務を放り出しそうになっていますわ!」


ある日の学園の昼休み、シャルロットが頭を抱えながら僕の席に駆け込んできた。


「ええっ?国王陛下が?」

「はい。昨日も深夜まで宰相を相手に対局を続けて、『この飛車という駒の動きは我が国の竜騎士部隊に応用できるぞ!』などと大興奮で……」


「それは……少し流行らせすぎたかもしれないな」


僕が苦笑いしていると、背後の席からベアトリスが優雅に立ち上がった。


「それだけではありませんわ、アレン様。陛下はあまりの熱狂ぶりから、来月の建国祭において『第一回王都盤上遊戯大会』の開催を勅命で宣言されましたのよ」

「大会だと?」

「ええ。優勝者には王家からの特別な恩賞と、名誉ある称号が与えられるそうですわ。当然、私も公爵家の名にかけて、そしてアレン様が開発された遊戯の普及を担う者として、チェスと将棋の部門で優勝を狙います」


ベアトリスの瞳の奥で、静かな、しかし激しい闘志の炎が燃え上がっていた。

知略を重んじる彼女にとって、この大会は絶対に負けられない戦いなのだろう。


リズも「私もリバーシ部門で出るよ!剣の素振りより面白いもん!」と意気込んでいる。


「そこで、アレン様。放課後、私共の公爵邸の図書室へいらしていただけませんか?」


ベアトリスが僕の耳元に顔を寄せ、甘い吐息と共に囁いた。


「開発者であり、誰よりもこの遊戯を熟知しているアレン様に、私への特別なご指導をお願いしたいのです」


その言葉の響きには、単なるゲームの特訓以上の「熱」がこもっていた。

僕は一瞬たじろいだが、彼女の熱意に押される形で頷くしかなかった。



放課後のヴァンルージュ公爵邸。

数万冊の蔵書が並ぶ広大な図書室の奥、重厚なマホガニーの扉で閉ざされた密室に、僕とベアトリスは向かい合って座っていた。

テーブルの上には、美しい琥珀と黒曜石で彫られたチェスの駒が並んでいる。


「チェックメイトですわ、アレン様」


ベアトリスが白いクイーンの駒を滑らせ、僕の黒いキングを追い詰めた。


「参ったな。さすがは公爵令嬢、三手先を読む力が格段に上がってる」

「ふふっ。アレン様に褒めていただけると、どんな勲章よりも嬉しゅうございます」


ベアトリスが嬉しそうに微笑み、テーブルに身を乗り出してくる。

普段はきっちりと着こなしている制服の胸元が少しだけ緩み、白い肌がチラリと見えた。


防音の施された密室の中には、二人の吐息と、駒が盤面を叩く静かな音だけが響いている。

距離が近い。

彼女から漂う、僕が作ったシャンプーのローズマリーの香りが、思考を甘く痺れさせていく。


「次は将棋をお願いしますわ。アレン様、私の手元を見ていてくださいね」


ベアトリスが将棋盤を引き寄せ、駒を並べ始める。

その時、彼女の白く細い指先が、偶然を装うように僕の指に重なった。


「あっ……」

「……ベアトリス?」

「アレン様」


ベアトリスが僕の手を包み込むように握り、潤んだ瞳で見つめてきた。


「盤上の戦術も奥深いですが、私は……あなたという最も難解で、最も魅力的な存在を攻略したいのです」


彼女の顔が、ゆっくりと近づいてくる。

知の頂点に立つ公爵令嬢が、その計算高い頭脳をすべて投げ打って、純粋な恋する乙女の顔を曝け出していた。


「この盤上の駒のように、私の心も体も、すべてはアレン様の御心のままに動きますわ。だから……私を、あなたの特別な存在にしてくださいませ」


ベアトリスの唇が、僕の頬にそっと触れた。

柔らかな感触と、熱を帯びた吐息。


前世の記憶を持っていようが、中身が理系のオタクであろうが、この絶世の美少女からの直接的なアプローチに耐えられる男子など存在するわけがなかった。


「……反則だろ、それは」


僕が顔を真っ赤にして呟くと、ベアトリスは悪戯っぽく微笑んで身を引いた。


「盤外戦術も、勝負のうちですわよ?さあ、特訓の続きをいたしましょう」


その後も、彼女の知的な色香に翻弄されながら、僕の心臓に悪い密室特訓は夜遅くまで続いた。



そして迎えた『第一回王都盤上遊戯大会』の本番。

王城の巨大なホールには、王国の名だたる貴族たちが集結していた。


結果から言えば、大会はベアトリスとリズの完全な独壇場となった。

僕の現代的な戦術理論(定跡やAI的な評価関数の考え方)を叩き込まれたベアトリスは、将棋とチェスの両部門で並み居る歴戦の将軍や頭脳派貴族たちを涼しい顔で血祭りに上げていった。


一方のリバーシ部門では、剣聖としての異常な動体視力と直感を持つリズが、盤面を一切の迷いなくひっくり返し続け、全戦全勝のストレート勝ちを収めた。


「見事だ!ヴァンルージュ公爵令嬢、そしてリズ嬢!我が国の未来は君たちのように優秀な若者の手にある!」


玉座から身を乗り出した国王が、大興奮で惜しみない拍手を送っている。

優勝の恩賞として、二人は王家から名誉あるメダルと莫大な賞金を授与された。


しかし、国王の関心はすでに別のところへ向かっていた。


「して、ベアトリス嬢。この神の如き遊戯を考案したというアレン・ログレー殿は、本日来ているのかな?」


国王の言葉に、ホール中の貴族たちの視線が、観客席の隅で気配を消していた僕に一斉に集まった。

しまった、と思った時は遅かった。


「はい、陛下。あちらにおりますわ」


ベアトリスが誇らしげに僕を指差す。

国王が目を輝かせて玉座から降り、僕の目の前まで歩み寄ってきた。


「おお!そなたがアレン殿か!美容品といい、この遊戯といい、そなたの頭脳は我が国の至宝である!どうだ、今すぐ我が王家の専属軍師として……」


「いえ!僕はただのスローライフを愛する一学生ですので!お言葉だけありがたく頂戴いたします!」


僕は食い気味にスカウトを断り、深く頭を下げた。

これ以上王家に関われば、本当に過労死してしまう。


しかし、国王は全く気にした様子もなく、僕の肩をガシッと掴んで豪快に笑った。


「はははっ、欲のない若者だ!では、軍師の件は保留にしておこう。だが、シャルロットの夫となる日のために、いつでも王城に出入りする許可を与えようではないか!」

「……はい?」


僕が間抜けな声を出すと、遠くでシャルロットが「お父様、ナイスですわ!」とガッツポーズをしているのが見えた。

ベアトリスは「出し抜かれましたわね」と悔しそうに扇子を噛み、リズは「アレンは私のなんだけどなぁ」と苦笑いしている。


こうして。

僕がスローライフの資金稼ぎのために開発した盤上遊戯は、王都の文化を根底から塗り替え、さらには国王公認の「次期王配候補」というとんでもない立場まで僕にもたらしてしまったのである。


逃げ場のないハーレムと、周囲からの過剰な期待。

僕の平穏な学園生活は、完全に盤上の詰み(チェックメイト)状態となっていた。

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