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第10話 公爵家での独占契約と、異世界を熱狂させる盤上遊戯の開発

王都の中心部、王城に隣接する一等地に広大な敷地を構えるヴァンルージュ公爵邸。

その最も豪華な貴賓用の応接室に、僕たちは招かれていた。


ふかふかのベルベットのソファには、僕とリズ、そしてシャルロット王女とベアトリスが腰を下ろしている。

テーブルには最高級の茶器が並べられ、芳醇な香りが部屋を満たしていた。


そして僕の対面に座っているのは、この屋敷の主であり、王国の筆頭貴族であるヴァンルージュ公爵その人だ。

銀色の髪をオールバックに撫で付けた、氷のように冷徹で知的な瞳を持つ壮年の男性である。


「よく来てくれたね、アレン殿。我が娘ベアトリスが日頃から世話になっていると聞いている」


公爵が低い、しかし威厳のある声で口を開いた。


「とんでもありません。僕の方こそ、お二人には学園で親しくしていただき感謝しております」


僕は当たり障りのない貴族のテンプレ挨拶で返し、紅茶に口をつけた。

今日の訪問の主な目的は、親睦を深めることではない。


辺境伯領で爆発的な利益を生み出し続けている『弱酸性アミノ酸シャンプー』と『高保湿・魔力付与ローション』の、王都における独占販売権の交渉である。


王都での流通を拡大するには、強力な販路とコネクションを持つ公爵家と手を組むのが最も効率的だった。


「さて、本題に入ろう。君が開発したという美容品の噂は、すでに王都中の貴族女性の耳に入っている。我が公爵家の商会を使って、王都での販売を全面的に引き受けたいのだが、条件を聞かせてもらえるかな」


公爵の目が、父親のそれから「冷徹な商人」のそれに切り替わった。

隣に座るリズが、少しだけ緊張したように僕の袖を掴む。


しかし、前世の現代知識と【天界の端末】の演算能力を持つ僕にとって、この程度のビジネス交渉は造作もないことだった。


「光栄なご提案です、公爵閣下。ですが、この美容品は『希少性』こそが最大の価値です。王都に大量に流通させてしまえば、ブランド価値が暴落してしまいます」


「ほう。では、どうするつもりだ?」


「王都の一等地に、完全会員制の専門サロンを設立していただきます。そこでプロの施術師による洗髪とスキンケアのサービスを提供し、商品はそのサロンの会員のみに、辺境での価格の五倍で販売するのです」


僕の提案に、公爵の眉がピクリと動いた。

ベアトリスも驚いたように目を見張っている。


「富裕層の『特別扱いされたい』という心理を突き、高価格帯を維持したまま利益を最大化する。さらに、原液の供給量は辺境伯家が完全にコントロールします。公爵家にはサロンの運営と流通を担っていただき、利益は折半。これが僕の提示する条件です」


僕がスラスラと事業計画と利益率の計算を口にすると、応接室は水を打ったように静まり返った。

沈黙が数秒続いた後、ヴァンルージュ公爵が突然、大きな声で笑い出した。


「はははっ!素晴らしい!君は本当に十二歳なのか?王国の財務卿よりも遥かに鋭い商売の嗅覚を持っているぞ。娘が君に執心する理由がよく分かった」


公爵は満足げに頷き、即座に契約書にサインをした。

こうして、僕のスローライフのための不労所得は、辺境の特産品から王都の超高級ブランドへと進化を遂げ、さらに天文学的な数字へと跳ね上がったのである。


「さて、美容品の件はこれで合意だ。他にも何か、私の商会に期待することがあるのかな?」


上機嫌な公爵の問いかけに、僕はニヤリと笑った。


「実は、ここからが本命の提案です。公爵閣下、最近の王都の夜会やお茶会を拝見していて思ったのですが……この世界の貴族は、娯楽が少なすぎませんか?」


「娯楽、だと?」


「はい。美味しい食事と音楽、あとは派閥の噂話くらいしかやることがない。もしそこに、誰もが熱狂し、知性を競い合える新しい『盤上遊戯』を提供できたら、どうなると思いますか?」


僕は左腕のスマートウォッチをこっそりと起動し、【物質合成アプリ】をバックグラウンドで走らせた。

あらかじめ用意しておいた木材や大理石の破片を、テーブルの下で一瞬にして再構築する。


「アレン、ひょっとして何か新しいものを作ったの?」


リズが目を輝かせて身を乗り出してくる。

僕は頷き、テーブルの上に完成したばかりの三つの木箱を並べた。


「これを、公爵家の商会を通じて王都の貴族たちに売り込みたいんです」


一番小さな箱を開ける。

中には、八×八のマス目が描かれた緑色の盤と、表が黒、裏が白に塗られた平たい円形の石が六十四個入っていた。


「これは『リバーシ』というゲームです。ルールは極めて単純。自分の色の石で相手の石を挟めば、自分の色に裏返る。最終的に石の多い方が勝ちです」


「挟めば裏返る……?それだけですの?」


シャルロットが不思議そうに首を傾げた。


「ええ。ですが『覚えるのには一分、極めるのには一生かかる』と言われるほど奥深いゲームです。シャルロット、ベアトリス、試しに一局打ってみませんか?」


僕が盤を中央に置くと、二人の令嬢は興味津々といった様子で向かい合った。

シャルロットが黒、ベアトリスが白を持ち、僕の指示に従って石を置いていく。

最初は単純に石を裏返すだけだった二人だが、数手進むうちに、このゲームの持つ恐ろしい中毒性に気づき始めた。


「ああっ!シャルロット様、そこを取られると私の石が一気に……!」

「ふふっ、甘いですわベアトリス。角を取れば、この列はもう裏返りませんわよ!」


二人の目が完全にマジになっていた。

特に知略に長けたベアトリスは、中盤以降の先読みで圧倒的な計算能力を発揮し、最後は盤面を真っ白に染め上げて圧勝した。


「くやしい……!アレン様、もう一回!もう一回ですわ!」


シャルロットが顔を真っ赤にして再戦を要求する。

ベアトリスも「いつでも相手になりますわよ」と扇子で口元を隠しながらも、その瞳はギラギラと燃えていた。


リバーシの単純明快さと、逆転の爽快感が見事に彼女たちの心に刺さったのだ。


「リバーシだけではありません。より高度な戦術を好む者には、こちらの『チェス』を」


僕は二つ目の箱を開け、市松模様の盤と、精巧に彫刻された大理石の駒を並べた。


「王や騎士、城など、異なる動きをする駒を駆使して、相手の王を討ち取るゲームです。見た目の美しさも相まって、高位貴族のステータスシンボルになるはずです」


「美しい……。この駒の造形だけでも、芸術品としての価値がありますわ」


ベアトリスがチェスの駒を指でなぞりながら感嘆の声を漏らす。

ヴァンルージュ公爵も、身を乗り出して盤面を食い入るように見つめていた。


「そして最後が、究極の頭脳戦とも言える『将棋』です」


三つ目の箱から、五角形の木製の駒を取り出す。


「このゲームの最大の特徴は、敵から奪った駒を『自分の兵士』として盤面に再配置できることです」

「なんと……!捕虜を自軍に組み込むシステムだと!?それは戦術の幅が無限に広がるではないか!」


公爵が思わず立ち上がり、興奮に満ちた声を上げた。

軍の指揮権を持つ貴族にとって、将棋の持つリアルな戦場シミュレーションの要素は、抗いがたい魅力を持っていたのだ。


「アレン殿……君の頭脳は底が知れんな。この三つの遊戯、間違いなく王都の社交界を席巻する。いや、覇権を握れるぞ!」


公爵の目が、莫大な富と権力を前にした野心で輝いていた。


「ええ。製造のレシピとルールの権利は僕が持ちます。公爵家には、これを豪華な素材で量産し、貴族の夜会で流行らせていただきたい」

「承知した!すぐに我が領地の最高峰の職人を集めよう!」


公爵との間で、新たな超大型の独占契約が即座に結ばれた。


テーブルの上では、シャルロットとベアトリスがすでに三局目のリバーシに熱中し、リズが「私もやりたい!」と楽しそうに観戦している。


「ふふふ。これでまた一つ、僕たちのスローライフの資金源が確保できたな」


僕は紅茶を飲みながら、完璧に進行する自分の計画にほくそ笑んだ。

しかし、この現代遊戯の投入が、単なる娯楽の提供にとどまらず、国王をも巻き込んだ王国規模の大流行ムーブメントを引き起こし、僕自身の立場をさらに盤石な(逃げられない)ものにしてしまうとは、この時はまだ予想していなかったのである。

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