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第9話 王宮の秘密のお茶会。結成された鉄壁のヒロイン協定と正妻の余裕

王都の中心にそびえ立つ、白亜の王城。

その奥深くにある王族専用の空中庭園に、今日は特別な客人としてリズが招かれていた。


見渡す限りの美しい花々と、澄み切った青空。

大理石の白いテーブルには、最高級の茶葉の香りが漂うティーセットと、色とりどりのマカロンやケーキが並べられている。


「よく来てくださいましたわ、リズさん」

「私共の個人的な誘いに応じていただき、感謝いたしますわ」


出迎えたのは、第三王女のシャルロットと、公爵令嬢のベアトリスだった。

二人は学園の制服ではなく、王宮の仕立て職人が丹精込めて作り上げた絢爛豪華なドレスに身を包んでいる。


対するリズは、動きやすさを重視した騎士団の特注礼装だ。

しかし、アレンが開発したシャンプーと化粧水で磨き上げられた彼女の美貌と、剣聖としての凛とした立ち振る舞いは、王族や上位貴族の二人と並んでも全く引けを取っていなかった。


「ご招待ありがとうございます。でも、どうして私を王宮のお茶会なんかに?」


リズが少し警戒した様子で席に着く。

テーブルの周囲にいた侍女たちは、シャルロットの合図と共に一礼して庭園から退出していった。

この広い空間には、今や三人の少女しかいない。


「単刀直入に申し上げますわ。今日はアレン様について、私たち三人で腹を割ってお話ししたいのです」


シャルロットが真剣な瞳でリズを見つめた。

ベアトリスも扇子を閉じ、居住まいを正す。


「アレン様は、規格外の天才です。そして、誰よりもお優しい方。私たち二人が彼に強く惹かれていることは、リズさんもご存知でしょう?」


ベアトリスの言葉に、リズは静かに頷いた。

アレンの右隣の席を死守し続けているリズにとって、この二人の令嬢からの猛烈なアプローチは日常茶飯事だ。


「うん、知ってるよ。でも、私はアレンを誰にも譲る気はないから」


リズの碧眼が、強い意志を秘めて真っ直ぐに二人を射抜く。

前世で共に死線を乗り越え、魂のレベルで結びついているという絶対の自信。


普通の貴族令嬢であれば、その剣聖の気迫に押されて言葉を失うところだろう。

しかし、シャルロットとベアトリスはふわりと微笑んだ。


「ええ、分かっていますわ。アレン様の視線の先には、常にリズさんがいることくらい」

「私共がどんなに権力や財力を見せようと、アレン様とリズさんの間にある見えない絆には入り込めないと、痛いほど理解させられましたわ」


二人の言葉に、リズは少しだけ毒気を抜かれたように瞬きをした。


「それじゃあ、なんで……」

「でもね、リズさん。アレン様って、本当に鈍感で破天荒で、時々頭を抱えたくなりませんこと?」


シャルロットが突然、ため息混じりに愚痴をこぼし始めた。


「入学試験でゴーレムを蒸発させた時もそうですし、迷宮実習の時も、私たちが倒したとはいえ、あんな無茶苦茶な魔法の強化をしてくるなんて……」


「分かりますわ、シャルロット様。先日も、私の公爵家の商会に盤上遊戯なる新しいビジネスを持ち込んでこられましたが、その利益計算の速度と精密さが、王国の筆頭財務官すら凌駕しておりましたのよ。本当に恐ろしい方ですわ」


ベアトリスが紅茶を飲みながら、やれやれという風に肩をすくめる。

リズの目が丸くなった。


恋のライバルとして火花を散らすための茶会だと思っていたのに、気がつけばアレンの規格外な行動に振り回される苦労話で盛り上がり始めていたのだ。


「あははっ、二人とも苦労してるんだね。でも、あれでもアレンは目立たないように手加減してるつもりなんだよ。昔から、本当にそういうところは抜けてるんだから」


リズが思わず吹き出し、アレンの幼少期の失敗談を少しだけ教えると、三人で声を合わせて笑い合った。

身分も立場も違う三人の少女が、ただ一人の少年のことで意気投合し、まるで昔からの親友のように笑い合う。


それは、王宮の美しい庭園に咲くどの花よりも尊い光景だった。

ひとしきり笑い終えた後、シャルロットが紅茶のカップを静かに置き、改めてリズに向き直った。


「リズさん。私、王族としての誇りにかけて宣言いたします」


空気が引き締まる。


「アレン様の第一夫人、つまり正妻の座は、あなたに譲りますわ」

「私も、シャルロット様と同意見です。アレン様の心を一番理解しているのは、リズさんですから」


ベアトリスも真っ直ぐにリズを見つめて同意した。

リズは驚きに目を見開いた。


一国の王女と、筆頭公爵家の令嬢が、辺境の騎士団長の娘に正妻の座を譲ると明言したのだ。

それは貴族社会の常識からすれば、あり得ないほどの譲歩であり、異常な事態である。

しかし、二人の言葉には続きがあった。


「ですが、私たちは絶対に諦めません。正妻はリズさんで構いませんわ。でも、私たちも、必ずアレン様の奥さんになります」


「ええ。第二夫人でも、第三夫人でも構いません。私たちも、アレン様と共に生きていきたいのです。そのために、リズさんとも良き家族として絆を深めたい……それが、今日のお茶会の真の目的ですわ」


シャルロットとベアトリスの瞳は、一片の嘘偽りもない純粋な愛情で輝いていた。

権力でアレンを縛り付けるのではなく、彼が一番大切にしているリズを尊重し、その上で自分たちも愛されたいという、健気で真っ直ぐな想い。


リズは前世のサキとしての記憶を重ねながら、目の前の二人の少女を見つめた。


(リョウくん、本当に愛されてるなぁ。……でも、この二人なら、きっとリョウくんを幸せにしてくれる)


リズはフッと柔らかく微笑み、大理石のテーブルの上に自分の手を置いた。


「分かったよ。二人の気持ち、すごく伝わってきた。アレンがそれを望むなら、私は二人を歓迎するよ。一緒にアレンを支えていこうね」


リズの言葉に、シャルロットとベアトリスの顔がパッと明るく輝いた。


「リズさん……!ありがとうございますわ!」

「私共の同盟の成立ですわね。ええ、三人がかりで、あのアレン様を完全に落としてみせますわよ!」


シャルロットとベアトリスがリズの手を握りしめ、三人は固い絆で結ばれた。

こうして、王宮の秘密の庭園において、後に王国史に名を残す最強のヒロイン協定が正式に締結されたのである。


***


「ヘックシュン!!」


同じ頃、学園の男子寮の自室で、僕は盛大なクシャミをした。

背筋に謎の悪寒が走り、思わず自分の腕をさする。


「なんだろう、風邪かな。いや、僕の細胞は魔力で常に最適化されているはずだから、ウイルスに感染するわけがないんだけど」


左腕のスマートウォッチを起動し、【バイタルチェックアプリ】で全身をスキャンするが、異常は全く見当たらない。


「まあいいか。それにしても、この世界の貴族って、お茶会か狩りくらいしか娯楽がないんだよなあ」


僕は机に向かい、羊皮紙にカリカリと羽ペンを走らせる。


「そうだ。前世でよく遊んだ『あれ』なら、いけるかな?ベアトリスの公爵家の商会を使えば、一気に王都で流行らせることができるかもしれない」


自分が気づかないところで、とんでもない外堀が完全に埋め立てられ、逃げ場のないハーレム生活が確定したことなど、この時の僕には知る由もなかったのである。


平穏なスローライフの実現は、また一歩、彼方へと遠ざかっていた。

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