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夢の終わりに桜は散る  作者: りん


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4/17

4.




「今日、俺はどこで寝泊まりをすればいいんですか?」


「記録局の近くにホテルみたいな建物があるから、そこに案内するよ」


「ありがとうございます!山崎さんは?」


「昼の公園の近くにアパートを借りてる」


「そうなんですね」



山崎は歩みを止め、2人に向き合って軽く頭を下げた。


「2人とも、今日はありがとう。息子たちと一緒に1日を過ごしているような気分だった。わしはこっちの世界でも幸せ者だ」


「…良いんですよ。俺も颯太君も、今日を楽しく過ごせました」


「そうか。なら良かった」



少し歩くと、木々の間から噴水が見えてきた。

水の音が静かな空気に溶け込み、柔らかな光を反射している。


「あれ、こんなところに噴水があったんですね。あれ、もうすぐ夏なのに枯れ葉がいっぱい」


「この世界は地域ごとに季節が決まってるからいつでも色んな植物が生えてるんだよ」


「わあ、すごい!クリスマスみたいな葉っぱだ!」


「それはヒイラギという植物だな。手入れされていてきれいだなあ」


山崎が軽く葉に触れると、心臓がどきんと高鳴った。

この感覚は、記憶の象徴に触れた時以来だ。




「あら、見て重雄さん。クリスマスみたいな葉っぱってこんなところに生えているのね」


隣で笑う妻の声が、懐かしい。

風に揺れる髪の香り、午後の日差し。


「その植物はな、ヒイラギっていう名前なんだ。聞いたことはあるだろう?」


「ヒイラギ…ああ、何かで漢字を見たことがある気がするのだけれど」


「漢字か?木へんに冬で柊だよ」


「ああ!!今私が読んでいる小説の主人公の名前がそれだわ」


「はは、そうだったのか」


妻は少しお腹を撫でながら、楽しそうに笑った。


「ねえ、この子の名前に柊の漢字を使うのはどうかしら?ちょうど予定日はクリスマスだし、小説の主人公がとってもかっこいい子なのよ~」


「いいね、そうしようか」


やわらかな風が吹き、ヒイラギの葉が小さく揺れた。




「…柊一?」

そう呟いた瞬間、視界が真っ白になった。


訳も分からず、まばたきをすると、段々と周りの様子が見えてきた。

見慣れない町、何気ない昼下がりに、人通りの多い道のど真ん中に立っているようだった。


周りを見回すと、ある光景がふと目に留まった。


「あれは…」


見覚えのある男性が、隣にいる女性に微笑みかけている。

男性はその下を向くと、男性と女性と手をつなぐ子どもがいたことに気が付いた。


男性と女性は子供の腕を持ち上げ、子どもは楽しそうに笑っていた。


「柊一」

山崎がそう呟くと、男性の体が一瞬反応した。

男性は立ち止まり、山崎の方へ顔を向けた。


目が合ったその男は、




「…は」


「山崎さん?どうしましたか…?」

颯太が心配そうに近づく。


「あ、ああ…。そうか…」


「…全部、思い出せましたか?」


「え!」


「一瞬、見覚えのない家族のような、3人が見えた…。あれは、多分、いや、まさしく、わしの息子だった。柊一だった…」

山崎は涙を一粒流し、ヒイラギの葉をもう一度優しくなでた。




「…え」


「ん?どうしたの?」


「あ、いや、なんでもない。なんか、名前呼ばれた気がして。気のせいか」


「パパ!パパのお名前呼ばれたの?」

小さな声が弾む。


「うん、しゅういちって聞こえた気がしたんだよ~」


「しゅーいちー!しゅういちってなに?」


「ヒイラギっていう冬の植物のお名前なんだよ」


「あ、そうなんだ~。私、聞いたことなかったかも。え、だからこの子の時も?」


「まあ、実はね」


「なになにー?」


「パパのお名前はね、パパのパパが植物のかっこいいお名前から付けてくれたんだよ。だから、蓮にも同じように、植物のかっこいいお名前を付けたい!ってママにお願いしたんだ」


「うーん…へー!」


「うふふ、まだ難しいかしら。大きくなったらまたお話してあげるからね」


「うん!」


3人の影がゆっくりと長く伸びていく。


「ははは、蓮はかわいいなあ…」

柊一は息子の頭を優しくなでた。




翌日、3人は再び教会を訪れた。

「今日にも手続きをするつもりだ。せっかく取り戻した記憶も、お前さんたちと出会った記憶もすべて失ってしまう。だが、やはり、『生きたい』と考えてしまうものなのだよ」


「寂しいですが…山崎さんに出会えてよかったです」


「わしもだ。お前さんに出会えたおかげで、心残りなく行ける」



「…そうだ、別の部屋に絵があるんだ。ちと挨拶してくる」


「俺も見に行っていいですか?」


「ああ、もちろん」



「うわあ…」


沢山の作品が展示されていた。

その中でも、決して大きくないのに存在感を出している絵があった。


「そういえば、お前さんの名前、桜井だったか。目当ての絵も桜がモチーフなんだよ」


「へえ…」


絵を見つめていると、どんどん絵の中に吸い込まれていく感覚がした。


「あれ」

心臓がどきんと高鳴った。




美術室の前を通りかかると、きらびやかな額縁に入れられた絵が視界に入った。


「また金賞なんだ、すげえな」


「でも女子にめっちゃ嫌われてるよなこの人、なんで?」


「この前なんて廊下で『色目使ってコンテスト優勝してるんでしょ~』なんて言われてたぜ。なあ颯太?」


「…」


「あ、そうだった、颯太とあの人ご近所さんなんだっけか」


「ああ、いや、別にもう仲良くないし」


「いやでもさ、実際子供の頃から全部1位ってありえなくね?本当に実力だけでこんな賞取れんのかね、はは」

そういって大げさに笑うと、美術室の扉から見慣れた顔の人が出てくる。


「あ…」

颯太と友人2人は驚いて足を止める。


「…何?」


「あ、いや、別に」


「…」

女の子は表情を変えずに自分の教室へと歩いて行った。




颯太は体の力が抜け、しりもちをついた。

胸の奥がざわつき、頭の中で何かがぐるぐると渦を巻いている。


「颯太君!?大丈夫?」

三浦が慌てて駆け寄り、肩に手を置く。


「あ…?え…?」


「どうした?この絵に、見覚えがあるのかい?」

山崎の声は落ち着いていて、焦らず待つように響いた。


「今、記憶が、どんどん、頭の中にあふれてきて…。この絵を、生きていた時に、見たことがある気がして」


「ゆっくりでいいから、少しずつ思い出してみようか」


「は、はい」

颯太は小さく頷き、散らばった記憶のピースを拾い集めるために目を閉じた。




桜井颯太。

普通の中学校に通うごく普通の中学生。

両親と妹、愛犬と一緒に暮らし、運動部の副主将として活躍。

周囲からの信頼も厚く、平凡だが幸せな日々を送っていた。


颯太には1人の幼馴染がいた。

隣同士の家に住んでいたため、家族ぐるみで仲が良く、幼稚園や小学校でもいつも一緒に登校していた。颯太は、その女の子に密かに恋心を抱いていた。


幼馴染は絵の才能に恵まれていた。

幼い頃から大人顔負けの作品を描き、幼稚園の先生もその才能に気づき、コンクールに応募したところ、最年少で入賞するほどだった。

本人も絵を描くのが好きで、周囲も応援していた。


しかし、中学校に進学すると、2人の距離は徐々に離れていった。

部活の関係で行き帰りの時間が合わなくなったことや、思春期の影響で颯太自身が女の子を避けるようになったことが原因だった。


女の子は美術部に入り、コンクールで次々と入賞を重ねたが、その頃から学校内で嫌がらせを受けるようになった。

3年生の先輩が彼女をいじめ始め、その影響はクラス内に広がり、やがて他の学年や女子生徒にも波及した。


颯太は、周囲の空気を変えることはできず、女の子を助けようともしなかった。

傍観者として見ているしかなかった。


そして、1年生が2年生に進級した春の日、その幼馴染は亡くなった。



女の子の名前は、



「相沢夢」


「山崎さん、この絵の詳細って分かりますか?」


「実は、お前さんが拾ってくれたビラ、覚えとるか?」

山崎はポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出した。

紙を広げると、体験教室のお知らせのような内容が書かれていた。


「岩崎絵画教室…?」


「隣町の静かな場所にある教室でな、散歩の途中で立ち寄ったとき、この絵を見かけて、一目惚れしたんじゃ。あまりに心を奪われてな、『ぜひここに飾らせてくれませんか』と頼んだんだよ」


「山崎さん本当にナイスです。颯太君、はちょっと休んだ方がいいかな」




教会を出ると、午前のやわらかな日差しが颯太の顔に降り注ぐ。


「ここでお前さんたちとお別れか。少しの間だったが、本当にありがとう、感謝している」


「こちらこそ、ありがとうございました」


「颯太君は、大丈夫か」


颯太は空を見上げる。

「はい、もう大丈夫です」


「そうか。また、来世で会えることを願っているよ」


「来世…」



来世。

再び出会うその時は、魂は同じでも姿も記憶も変わっているだろう。

それでも、また会える。

そう信じている。


「はい。また、来世に」




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