14.
3人は、ひとまず颯太と三浦が最初に出会った町に戻ることにした。
天音の頼みだった香織の未練も解け、颯太の夢を探す目的も達成したため、目的を失ってしまった。
「ああ、ちょっと楽しみだな」
「何日も俺に付き合ってくれてありがとうございます」
「良いの良いの」
「お二人はどんなきっかけで出会ったんですか?」
颯太は、夢遷記録局の職員と名乗ったこと、人探しをしていることを忘れないように慎重に言葉を並べる。
「俺がこの世界で目を覚ました時、おじいさんにたまたま出会って、そのおじいさんにこの世界のことを聞いていた時に、休憩中の三浦さんが来たんですよね」
「はは、そうだったね。そういえばあの時、行きつけのカフェのドリンク飲んでたんだよな。そろそろまた新しいの出てるかなあ」
「お二人は人探しをされているんですよね?」
「あ、うん、そうそう。俺の幼馴染を探してる」
「へえ。その話聞いても大丈夫?」
「うん」
三浦は2人の様子をうかがいながら電車の座席に深く背を預けた。
夕暮れどき。
暖簾の揺れる小さな定食屋で、湯気の立つ味噌汁の匂いが漂っている。
「いらっしゃい…あ!三浦さん!お久しぶり」
「久しぶりです!今日は3人で」
「あらあら、こちらの席どうぞ」
三浦と同じからあげを頬張りながら、天音が笑う。
「お、おいしい!!!」
「やっぱり和食は心が温まるなあ…」
「最近香織さんのパンばっかりだったもんね。あれもおいしいけど白米も最高だ」
「ふふ、どうも~」
幸せそうにほっぺを膨らませて食べるその顔を見て、喉まで出かかった言葉を無理やり押し込める。
代わりにどうでもいい雑談をこぼし、笑い声で本音を隠した。
そして、箸を置いた瞬間、颯太の脳裏に生前の夢の姿が浮かぶ。
夕立のあとの蒸し暑い夏の日。
駅前の小さな定食屋。
小学生低学年くらいのことだっただろうか。
「熱っ!舌やけどした!!」
夢はふーふーと吹きながら、からあげを恨めしそうに見つめていた。
「俺何から食べようかなー」
「夢、ほら、まず野菜食べなさい」
夢の父が笑いながら皿を押す。
「颯太も唐揚げ食べてみなよ、めっちゃあついよ」
夢はなぜか真剣な顔で言い張る。
「じゃあ俺は野菜から食べようかな。唐揚げから食べるようなお子様じゃないんでね」
「何言ってんの。2人仲良くお子様ランチ食べてるくせに」
颯太の母が颯太の頭を軽く叩いた。
その瞬間、テーブルが笑いに包まれる。
「…うるさいなあ、じゃあ唐揚げから食うよ」
颯太は赤くなりながら唐揚げをかじる。
「…うま!あっつ!!」
再び空間が笑いであふれた。
「颯太、また食べに来ようね」
「うん」
そう答えたときの、夢の嬉しそうな顔。
店を出て、濡れた道を2人で走ったこと。
全部、昨日みたいに鮮明だった。
「颯太、大丈夫?」
天音がのぞきこむ。
「ん?ああ、平気平気」
店を出ると、外の空気はすっかり冷えていた。
定食屋の暖簾が夜風に揺れる音が、背中をそっと押すように聞こえる。
天音は少し離れた場所で、橙色の街灯に照らされた空を見上げていた。
薄い雲の向こう、星がところどころ瞬いている。
その横顔はどこか遠く、光の粒のように淡かった。
颯太はしばらくその背中を見つめていたが、耐えられず三浦の袖を指先で引いた。
「……あの、三浦さん。ちょっと、いい?」
振り返った三浦は、眉をひそめる。
街灯の明かりを受けた颯太の顔は、血の気が引いたように青白かった。
「どうしたの、顔真っ青だよ」
頬を掻きながら、颯太は視線を足元へ落とした。
湿ったアスファルトに街灯の光が反射して、ぼんやり揺れている。
「いつ…いつ話せばいいと思う?本当のこと。あの子に隠してること全部」
三浦はポケットに手を入れ、背後の夜道をちらりと眺める。
「…そうだね、そろそろだね。話すべきなのは分かってるんでしょ?」
「それは…そうだけど!自分だけが楽になるためにぶつけるわけじゃないから」
「そうだね、でも、少しずつ伝えないと。そのために君は夢ちゃんを探したんでしょ」
颯太は唇を噛んだ。
「ここに来て、また夢を傷つけることが怖い」
颯太の言葉を聞いて、三浦は深く息を吐いた。
「颯太君。傷つけるのが怖いからって黙ってるの、優しさじゃないよ」
「…分かってます」
「結局さ、言わないまま時間だけ伸ばして、曖昧な距離を続ける方がよっぽど辛いよ」
颯太の胸が強く締めつけられる。
自分のせいで夢が死んだかどうかなんて、本当はそこまで気にしていないのかもしれない。
大事な人が、好きな人が悲しんでいたのに、それに気づかず冷たい態度を取ってしまった自分の甘さに心底腹が立っている。
こんな自分に対して夢は、天音はずっと本音を聞いてくれた。
馬鹿で隣にいる資格なんてないのに、まだそばにいたい。
ただの自己満足。
「…分かってます」
三浦はため息をつき、颯太の肩を軽く叩いた。
颯太はゆっくりと顔を上げる。
街灯の白い光が、揺れる瞳に映っていた。
「怖くてもやるしかないよ。君はもう、選んでここに来たんだから」
夜風が吹き抜け、ふたりの間の沈黙が揺れた。
「怖がっている限り、タイミングは永遠に来ない。仕方がない」
颯太は返す言葉を失った。
足元の砂利を小さく蹴り、握った拳がわずかに震えた。
「…ですよね」
革靴のコツコツという音が近づいてきた。
天音が2人の方へ歩いてくる。
頬がうっすら赤く、息が白い。
「2人とも、なにコソコソ話してるの?」
振り向いた颯太と三浦は、ほぼ同時に声を重ねた。
「「なんでもない!」」
天音は目を丸くして、すぐに笑った。
その笑顔は無邪気で、透きとおっていて、触れただけで壊れてしまいそうなほどもろく見えた。
(…どうすればいいんだよ)
隠し続ける罪悪感と、真実を告げれば壊してしまう恐怖が、また静かに喉元へとせり上がってきた。
とある日の夕暮れ時、2人は町外れの高台で一息ついていた。
天音は街灯に照らされながら、風に揺れる草を眺めている。
颯太は胸がつまるほど緊張しながら、彼女の背中に言葉をぶつけた。
「……天音ちゃん。話したいことがあるんだけどいい?」
天音が振り返る。
「え?どうしたの?」
颯太は喉が痛くなるほど息を呑んだ。
それでも、逃げないと決めた。
「俺、人を探してるって言ってただろ?」
「うん」
「俺の幼馴染で、俺よりも先に亡くなって、記録局に記録もないから…きっとこの世界にまだいる、大切な人」
「って言ってたね」
「実は、もう見つけたんだ」
「…え!?そうなの!?いつ?」
「……」
「…ん?」
「君のことなんだ。俺の探してた人」
「…へっ?」
天音の目が揺らぐ。
袖を指先でぎゅっとつまむ。
「……ごめん。全然……思い出せない」
「天音ちゃんは何も悪くない。ただ、ずっと黙ってたことを謝りたかった」
天音は困ったように、小さく微笑んだ。
「……ありがとう。颯太君が言ってくれて、よかったよ」
颯太は胸が締め付けられたが、無理に思い出させようとはしなかった。
「今日は…もう休もう。ごめん、変な話して」
「ううん。言ってくれてよかった」
天音はそう言い、2人は別々に寝床へ向かった。
その夜。
深夜の静けさに誘われるように、天音はひとり外へ出た。
「…雨の匂い」
風は冷たく、どこか懐かしい匂いがした。
天音は空を仰ぎ、目を伏せる。
「私の、本当の名前。颯太君は、知ってるんだ」
最初に出会った日のこと、交わした言葉、遠い花火の夜。
指の先に触れた感情だけが、なぜか鮮明だった。
ふと、1つの単語を思い出す。
「夢みたい…」
その瞬間、夢の心臓がどきんと高鳴った。




