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進展

   二〇二六年十一月末日


 カーテンの隙間から木漏れ日のような朝日が降り注いでいた。昨日の残業の疲れが取れていないのか目が上手く開かない。時計の針が九時であることを確認し、二度寝をすることに決めた。乱れた布団を整えて再び目を閉じようと思ったとき、スマホの明かりが天井を部分的に照らしていた。

「メール?しかも非通知って怪しすぎるだろ。」

無視してスマホを裏向きに置こうとしたが、もう一度通知を見た。

「嘘だろ…」

思わず声が漏れた。件名が僕の学生時代の学籍番号だった。詐欺だとしたらこんな分りやすいことはしないで個人情報を悪用するはずだ。であれば、確実に誰かから僕に向けたメッセージだと思った。そして恐る恐るメールを開いた。

“件名:201184


 本文:添付ファイル1

    添付ファイル2“


 本文はファイルが二つだけで、文章は何もなかった。こういうのは普通、ウイルス感染の危険性があるから開かないようにしていたが、背に腹は代えられないと思い開いた。一つは動画だった。開始数秒、ただの景色に見えたそれは、決定的な一幕を捉えていた。

 ただの景色だと思ったそこには、モナちゃんのマンションのエントランスが映り込んでいた。恐らく防犯カメラなのだろうか、画面の右上に日時が記録されていた。そしてそれは、その日付だった。一通り確認して、僕はロナちゃんとリトを家に招いた。


 急な呼び出しにも関わらず、二人はすぐに駆けつけてくれた。リトは恐らく寝癖を隠すために、珍しくキャップを被っていた。ロナちゃんはいつも通のメイクをしていた。女の子の支度速度は化け物並なのかと思った。

小さな机を三人で囲む光景は、僕の家では異様だった。

「急にごめんね。進展があったんだけど、外で見せるのは怖くって。」

二人とももっと驚いたり動揺したりすると思ったが、とても落ち着いて僕の話に耳を傾けてくれた。

「賢明な判断だと思うよスグくん。大きい相手なら私たちが嗅ぎ回っていること悟って行動してくるかもだし。」

その言葉に合わせるようにリトも頷いていた。

 「早速だけど、今朝とあるファイルが届いたんだ。」

そうして、今朝の動画ファイルを再生した。再生して数秒でリトは「あ、」と漏らしたが「何でもないです」とすぐに言った。そしてその直後、とある大きな車がマンションの目の前に駐車し始めた。そして大きな車から四人が降りてマンションへと姿を消した。そして数分の早送りがあり、四人が再び車に戻っていた。

「これは、犯行の映像っていうことですか?」

恐る恐るリトが聞いてきた。僕は静かに頷いた。

「でも、直感なだけで明確な証拠とは言えないと思うんだ。」

困っているとロナちゃんが動画のシークバーを操作しだした。

「ねえここ見て。四人がマンションに入って数秒後のところ。確かこの窓のところがモナちゃんの部屋だったと思うの。」

よく見てて、と言いながら再生された動画をリトと身を乗り出して凝視する。

「まじっすか…」

リトの驚きも納得だ。恐らくレースカーテン越しだが、内側からカーテンが破れるように動いているのが分る。

 さらに少ししてカーテンは全て取られた。その後再びカーテンは付けられたが、その時は破れていないように見えた。

「でね、もう一個なんだけど。入るときに持ってた筒状の荷物は、入るとき一人で抱えているの。だけど出てくるときは…」

「二人で抱えてる。」

リトと声が重なった。言われてみれば違和感だ。何度も二人が来るまで眺めていたのに気がつかなかった。やはりロナちゃんの勘は凄い。

「ところでこの車、なんか凄い特徴的だけどなんだろう。」

ロナちゃんの問いかけに、僕は用意していたタブレットを持ってきた。

「これ見覚えがあるなと思って調べてみたんだ。多分リトも見たことあると思う。これだと僕は思う。」

タブレットに映った画像を見てリトはため息交じりに口を開いた。

「BOXのインテリア専用配送車両ですか。

BOXはアパレル事業のみならず、航空事業、インフラ事業、そしてインテリア事業を展開している。それぞれで本社ビルの所在地が違うため、直接関わることは基本的にない。しかし、なぜかアパレル事業とインテリア事業の本部だけ併設されている。だから僕とリトはこの車をよく目にしていた。

 「それともう一つだけファイルが届いていたんだけどね、こっちの方が問題かも。」

もう一つは画像ファイルだった。それを開いて二人の前に置いた。


インテリア事業部最高責任者:レン


 右は事業の一部配送においての決定権を保持する。又、右の指示における配送に関する資料、は全て当人の管理下に置くものとする。


   (株)BOX代表取締役社長 ゼノン


 「先輩、これってつまり、この事件の黒幕はBOXのインテリア事業部であり、さらに言えばレンさん、っていうことですか?」

僕は頷いた。信じたくなかった。この文書が偽物かもしれないと思ったが、モナちゃんの話をしたときのレンさんの顔を思い出すとなんだか腑に落ちてしまった。

「リト、もし可能ならこのデータを警察の友達に提供してくれないかな。そうしたら事件も明るみに出て捜査してくれるかもだし。」

「それはやめとこ。」

急なロナちゃんの声に視線が集まった。そんなに注目されると思っていなかったのか、少し焦ったように続けて話し始めた。

「あ、いや、急にこんなデータ見せられても警察が真に受けると思えなくって。」

段々と消え入るような声にリトが重ねるように口を開いた。

「それもそうですね、ロナさんの言う通りかもしれないです。それに、もしこれらが本物だとしても、モナさんの拉致をレンさんが指示したという証拠がなければ意味がありません。」

確かに、この文書が指す“一部配送”が人攫いである根拠は僕の直感だけだ。事件解決はすぐそこだと思っていたが、まだ先になってしまいそうだ。

「証拠かー。スグくんならどうする?」

突然のフリに脳がフリーズした。

「ええっとね、レンさんでしょ?レンさんがデータ管理してるって書いてあったし、なんとかしてレンさんのPCデータ抜き取るとか?」

土壇場で出した案は割と悪くないように思えた。

「悪くないと思いますけど、先輩の作戦だと誰も見ていないときに怪しまれないようPC操作をしなければいけないので難しいと思います。」

確かにな、と思い押し黙った。

「これは仮説なんですけど、レンさん単独じゃなくて、BOX自体が黒幕だと思うんです。ゼノンさんが任命していますし。その場合、レンさんは誰かとターゲット選定等のやり取りがあると思うんです。もしそのやり取りを入手した上で本人に自白させることができれば十分だと思います。」

少し間が開いて、「あ、用事あるの忘れてた!」と言いだし、ロナちゃんは荷物を片付け始めた。

「ごめんね!また進展あったら連絡してね。」

そう言いながら駆け足で家をあとにした。少し寂しい空気が流れたように感じた。

「先輩、かなり今更な質問しても良いですか?」

静まりかえった自室が再び生気を取り戻したようだった。リトから真剣なトーンでされる質問は初めてだったので少し身構えつつも頷いた。

「モナさんって、スグ先輩にとっては過去のクラスメイトで、友人の思い人ですよね。言ってしまえば他人の域だと思うんです。それなのにどうしてそこまでできるんですか?」

言われて初めて自問した。確かにどうして僕はここまでしているのだろう。しかし、ふと一人の顔が頭に浮かんだ。

「モナちゃんのことが好きな友人に何度も助けられたからかな。向こうはどう思っているか知らないけど、自信のない俺を何度も励まして前を向けさせてくれた。だけど今まで俺は何もしてあげられなかった。だからせめて、今回くらいは俺が助けたいんだ。なんかダサいこと話しすぎたな。忘れてくれ。」

小っ恥ずかしくなってしまい、コップに入れた水を飲み干した。

「記憶力鶏並みなんで安心してください。」

そういうリトに少し救われた気がした。

「あ、すみません、このあと美容室行かなきゃなのでこの辺で。」

そうしてリトも我が家をあとにした。

 ジオは学院で初めて声をかけてくれた人だった。一人で上京してきて不安だらけだったが、都会育ちのジオのおかげでかなり楽しめた。ロナちゃんと出会えたのも彼のおかげだ。失恋した時には、夜中だったのに家にきて一緒に酒を飲んでくれた。課題が上手くいかなくて病みようだったときは深夜のドライブに誘ってくれた。数え切れないほど助けてもらえた。そんなジオは僕と違ってかっこよく見えた。人として憧れ、尊敬していた。そんな彼に恩返しができるのであれば、僕は身体を張りたい。なんとしてでも証拠をつかまなければ。


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