真相と決意
二〇一八年 八月
八月になり、学校は夏休みとなった。そんな中俺はカレコンの作品制作に追われていた。そんな時、カイル先生が自分の教室はまだ空いているからと制作のために使わせてくれた。今年は担任でもないのに申し訳ないと断ろうとしたが、正直そんなこと言っていられる状況でもなく、毎日のように通っている。
「リトくん、手が止まっているよ。」
驚いて針が手に刺さった。不思議と痛みはない。
「ああ、ちょっと昨日、寝るのが遅かったからですかね。」
先生のパソコンを弾く音が静かにこだました。
「もう少しマシな返事が来ると思っていたがな。ミアさんのことが気になっているのか?」
視線が迷子になった。しかし、すぐに居場所を見つけた。
「否定はできないですね。あいつが何週間も不登校とか小学生以来で。」
不登校。そんなありきたりなものではない。しかし、何の根拠もない。ただの幼馴染みの勘にすぎない。
「そうか。でも君はそう思えていない。不登校以上の何かがあると、思っているのではないのかい?」
再び先生のタイピング音が教室の空気を揺らした。そして俺の視線は再び居場所を失った。「なんのことですか?俺はただ手伝ってくれるやつがいなくて困っているだけですよ。」
視線は居場所を求め、膨らむ指先の血液をただ眺めていた。それに気がついたのか、カイル先生は絆創膏を探してくれた。
「BOXという企業を君は知っているかい?」
「ええ、この学校の生徒でその名を聞いたことない人が居たら退学ですよ。」
そう言いながら、絆創膏を貼った。
「ところで君は警察を信用しているかい?」
なんの質問かよく分からなかったが、信用せずには日本で暮らすことは不可能だろうと思った。
「では、君は服、と言うより、服飾業界は好きかい?」
「じゃなかったらとっくの昔にこの学校やめて理系大学目指していますよ。」
そう応えると教室から音が消えたような気がした。同時、先生の口が開いた。
「アパレルの闇を知っても、君はそう言えるか?」
闇?きっと先生は染色による環境汚染や、無駄な物資について言っていると思った。しかしこのようなアパレルの現状は一年生の頃に授業で嫌というほど突きつけられた。
「そうですね、そこは考えるべき問題ですけど、足洗う理由には不十分だと思いますよ。」
そう言いながら俺はミシンの元に戻った。
「では質問を変えよう。拉致・監禁・無賃金労働についてどう思う。そして、その被害に君の知人や友人が巻き込まれたらどうする。」
一瞬、右のつま先が動きを止めた。しかしあり得ない。このセキュリティ社会の現代でそんなことが起こっている訳がない。落ち着こうと思うと自然に水を飲んでいた。
「カイル先生もハードな冗談言うようになったんですね。」
「私がどういう人物なのか。それは去年の一年を通して君なら分かっているはずだ。疑うことは悪いことではない。しかし、数パーセントでも可能性があると思うのなら、今すぐミアさんの自宅に向かいなさい。きっと鍵は開いている。」
その時俺は先生に挨拶をしたのかも覚えていない。気がつくと定期券だけを片手に、ミアの家の玄関前にいた。
今、カイル先生の言葉の信憑性はほとんどないが、もしもが怖いだけだ。鍵が開いているなんてあり得ない。しかし、ドアノブに手をかけたときにその信憑性は跳ね上がった。
「ミア?鍵開いてたから開けちゃうよ。」
玄関は至って普通。春休みにミアの課題を手伝いに来たときと変わりない。1Kの廊下を進み、奥の部屋へと向かう途中、違和感に駆られた。不登校になる人は基本、外界との繋がりに拒絶反応を起こしていることが多いと聞いたことがある。となると、鍵をかけないのは不自然だ。
奥の部屋に入り、言葉を失った。そこにミアの姿はなかった。一通り部屋中探したが何もなかった。全てがいつものミアの部屋だった。もしかしたら帰ってくるかもしれないと思い、お昼過ぎまで机に向かって待っていた。一人だったからか、なんだか違和感がある。しかし、ミアは帰ってこなかった。諦めかけていたとき、右のポケットに入っている携帯が鳴った。
「ミア?」
正しく発音できていたのか分からない声で名前を呼んだが、相手はカイル先生だった。
「すまないね。色々と聞きたいこともあるだろう。また教室に戻ってきなさい。そこで話そう。」
「先生、あれはどういうことですか。」
先生は至って冷静に、俺を席へと案内した。
「まず初めに知っておいて欲しいことがある。この業界は腐っている。そして、その元凶はBOXであり、ミアさんは最近BOX傘下の縫製工場でインターンシップをしていた。そしてそこで事件が起きた。」
つっこみたいことは山のようにあるが、カイル先生がここまで饒舌になるのは初めてだったので、ひとまず聞くことに専念することにした。
「BOXがここまで大きくなれた理由はいくつかある。一つは創業者の一人の血縁。一つは圧倒的なカリスマ性。一つは無賃金労働による利益の増幅。このあたりだろう。そしてミアさんは、おそらく無賃金労働のために攫われた。実際、このような失踪事件は過去に何度も起きている。」
「すみません、いくつか聞きたいんですけど、そんなに事件が立て続けに起こっているのは本当ですか?そんな事件ニュースでもネットでも見たことないですよ。仮にそれらが本当だとして、なぜ警察が動かないんですか?」
さすがに聞きたいことが積もったので話を遮って質問した。事実なら恐ろしいことだ。しかし、あまりに現実味がなかった。事実確認をしたかった。なにより、ミアが巻き込まれていないで欲しいと願っていた。
「残念ながら全て事実だ。そして報道されない理由はBOXが成長した理由の一つ、血縁だ。BOXは元々、デザイナーのベル、パタンナーのエド、生産管理兼営業のゼノンの三人が立ち上げたBEXというブランドだった。そのうちデザイナーであるベルの家族は警察一家だ。そして彼の父は警察庁長官で、母は鑑識課のトップだ。そして彼ら一族はお金に目がなく、自分が良ければ良いという、警察にあるまじき思想を有している。あとは察しが付くだろう。そう言うことだ。」
世界一のアパレル企業がそんな一面を持っていたなんて、ミアが居なくなっていなければ信じることはなかったと思う。しかし、この現状とカイル先生の静かな瞳が、この世の真実を突きつけてきた。心の雲が一層分厚くなった気がした。
「先生はなぜこれを俺に話したんですか?」
おもむろに先生は鞄を広げ、一通の紙を机に置いた。
「君が望むのなら、今年十月から警察学校へ行くことができる。中学剣道全国大会ベスト一六、高校剣道全国大会三位の実績があれば大丈夫だ。」
「いや、いくらなんでも急すぎます。」
それだけじゃない。人生をそこに賭けるにはまだ証拠が不十分に感じていた。なにかミアが本当に攫われたという証拠がないとその橋を渡る気になれなかった。
「ミアさんの部屋、本当にいつも通りだったか?なにか小さな違和感があったはずだ。例えばカーテンが変わっていたり、部屋が異常なほど綺麗だったり、家具が修理されていたり。」
自分の瞳孔が開く感覚がした。あの机を使っていたときの違和感の正体。一人だからじゃなかった。あの時、机の天板の木が変わっていた。それに、ミアの家は一軒者で溢れているが、各々が自分の居場所を持っているような不思議な空間だったが、その居場所が若干違っていた。
「リトくん、心当たりがあるようだね。どうする?」
「俺の人生オールインします。」
左の肩の暖かさを確かめるように手をかざした。




