家族の色
『 カラン コロン 』
あまり大きくない洋食屋の赤いドアを開けると幸せの音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
若い男性が出迎えてくれる。
店内はカウンター八席とテーブル席が四つあるが、全て埋まっている。
店内を見渡す。個室が二つ奥にあったはずだ。
「予約した桂木です」
「優君なの?久しぶりね」
青いエプロンを着た店主の奥さんが厨房から出て挨拶する。
俺を覚えていてくれた。
この店に来るのは八年ぶりだ。
小さい頃から毎年、俺の誕生日にはハンバーグの美味しいこの店だった。
たぶんこの近くの保育園に通っていたからだ。
いや、母の職場が近かったのか?
だから母が亡くなってからは、自然と足が遠のいた。
今日も奥の個室に案内される。あの頃となにも変わらない。
少し狭く感じるのは俺がそれだけ大きくなったということだろう。
テーブルの上には三人分のマットが用意されている。
今日は俺の大学合格の祝いだと思っていた。
だから、二人分でいいはずなのに間違えたのだろうか?
それとも陰膳とかいうやつ?
『 カラン コロン 』
悩んでいると父がやって来た。若い女性を連れて……
俺は人の肩の辺りに虹のような形の色が視える。
オーラと呼ばれるものと同じだと思う。
人それぞれ独自の色を持っている。
そして、下の一割ほどに家族の色が入っている。
結婚をするとその二人の色が下の方から増えていく。
新しい家族の色だ。
成長して少しずつ理解した。この色は他の人には見えないということも。
三人が席に着くと店主と奥さんが二人で挨拶に来てくれた。
「ようこそいらっしゃいました。本日はおめでとうございます」
店主たち二人が並ぶとほとんどが同じ家族の色に染まっている事に気付く。
長年連れ添うと下の方からどんどんと同じ色に染まっている。
店主達は薄い水色だ。
だから違和感があった。父とその女性に同じ色が視えない。
紹介された女性・向井裕美は何層もの色がグラデーションのようについている。
全体的に暗いイメージを受ける。
でも、不思議なことにお腹から明るい色が溢れている。
お腹が大きいことに気付くと父が
「お前の妹だ。再婚しようと思う」そう告げられた。
その女性に嫌悪感を抱いたが父が決めた人だ。
大人の事情に口を挟むことではない。
それにお腹の子の色は俺に間違いなく癒やしをくれる。
単純に妹が出来ることは嬉しかった。
「わかった。丁度良いから俺一人暮らしするよ」
反対はされなかったが、月に一度は必ず帰ってくることが条件だった。
「あっ。合格おめでとう」彼女が恥ずかしそうに祝ってくれた。
二人からといって贈られたお祝いは渋めの腕時計だった。
「そっちこそ、結婚おめでとう」その言葉に妙な顔をした二人だった。
俺が大学の近くにアパートを借りて一人暮らしを始めると二週間ほどで裕美さんが家に引っ越してきた。
食事をした次の日に婚姻届を出したらしい。
俺が賛成してくれてホッとしたと言っていた。
授業に慣れてくると、バイトを始めた。
チャイルドシートをお祝いに贈るつもりだ。
家に帰ると少しずつ赤ん坊の物が増えていた。
ベビーベッドがあり、その中に小さな洋服が並べられていた。
父が明るくなっていた。
母が亡くなってから、かなり空元気だったのは解っていた。
俺が寂しくならないように頑張っていたのだ。
母が病気で亡くなったのは俺がまだ十歳だった。
父と母の色は明るい黄緑色だった。
人を和ませる色だ。
一月経って、裕美さんに薄く黄緑の色が見えた時、ホッとしたのを覚えている。
それから三ヵ月経った頃、陣痛がきたと父は大騒ぎだった。
「初めてじゃないでしょ?」と声をかけると
「もう昔のことだから忘れてしまったよ。
あっ、それにお前の時に僕は家にいなかったから……
お産に立ち会うのは初めてだ」
なんだか頼りげのない父。
すぐ車で病院に向う。
三時間の安産だった。
「良かった。無事に産まれて……」
裕美さんが泣いている。
赤ちゃんは星の色だった。
青白い星の色!
「星良という名前はどう?」
父も裕美さんも喜んでくれた。
俺が名付け親だ。
それからはワクワクの毎日だった。
一人暮らしを始めたことを後悔するくらいに
父よりも早く妹を抱いた。
夜泣きも可愛い。
お宮参りに、お食い初め、初節句
首が据わった、寝返りをした、毎回大騒ぎだ。
スマホに溜まり続ける星良の写真。
その様子を見て裕美さんが涙を溢していた。
半年たって誰かのお墓参りに皆で行った。
豊田 優悟 享年37才と書いてある。
裕美さんが泣いていた本当の理由を知った。
彼と結婚していて、子供を一人流産していること
彼が亡くなって気落ちしている所を父に救われたと
あれから三年経った。
星良は保育園に通っている。
俺は土日帰ってきていて、月曜に実家から大学に通う。
裕美さんが弁当を作ってくれる。
必ず入る甘い卵焼きがとても美味しい。
部屋に匂いが籠っている。
星良はもう良く喋るようになっていた。
甘い卵焼きを頬張りながら
「にいに、今日も白い。せいらと同じ色」
俺は自分の色を見たことがなかった。
そうか、星良と同じ色か!星良も俺と同じで視えるんだ。
嬉しかった。
「にいに、今日はご機嫌の色」
星良は色とそれに伴う感情まで視えるらしい。
月曜の朝、僕は就活で内定を貰い、
妹の誕生日と僕のお祝いで郊外の良いお店で外食する事になっていた。
俺は駅に向い、父と継母は車で星良を送って会社に向う。
いつもと同じ景色だった。そのはずだった。
父も継母も……
携帯が鳴る。病院からだと……。
星良を保育園に送った後に事故にあったと……。
左の路地から突然車が飛び出し、助手席の裕美さんは即死だった。
父ももう危ないとの連絡を受けた。
父の最後の言葉は
「星良はお前の妹だ……頼んだぞ」だった。
俺は家に戻り、星良との二人暮らしを始めた。
時々夜中に泣いて、俺を掴んで離さなかった。
俺も就職したばかりだったので、ミスを結構やらかしたが星良がいたので頑張れた。
ある日、星良が保育園で怪我をして病院に運ばれた。
足を骨折したらしく、しばらく入院する事になった。
ベッドの上のカードに血液型がAB型だと書いてある。
えっ?
父が死んだときのベッドのカードにはO型と書いてあった。
O型の人からAB型は生れない。
DNA検査を行い、裕美さんの戸籍を確認する。
星良は父の子供ではない!
退院した星良とお墓に向う。
豊田優悟 亡くなったのは星良が産まれる八ヵ月前
星良は前の旦那さんの子供だ。
俺とは血が繋がっていない。
父さんは知っていた?
だから最後の言葉は妹だと思って大事にしろ、そう言いたかったのか?
そして、あの力は偶然だった?
星良が可愛くても、今の俺には無理だ。
裕美さんの母親に星良を預かって欲しいと手紙を書いた。
手紙を送って五日後、裕美さんのお母さんという人が訪ねてきた。
「ごめんね。知らせてくれて有り難う」そう言って俺を抱き締めた。
俺は驚いて女性を離し、挨拶する。
「初めまして。桂木優です。来て頂けて有り難うございます」
「初めましてではないの……」
裕美さんの母親は山内富子といった。
「ごめんなさい。私があなたを捨てたの。最初から全て話さないとね」
戸籍謄本を広げる
―― 特別養子縁組 ――
そう言えば戸籍謄本を見るのは初めてだった。
俺の本当の母親は山内裕美さん?
裕美さんは中三で俺を産んだ。
相手の名前は決して言わなかったらしい。
「私があなたを無理矢理に養子に出した。
私の夫が手を出す人だったから。
あの子も逃がすように家から追い出した」
「俺のことはどこで知ったんですか?」
「名前を聞いてすぐに解ったわ。
桂木さんから一度お手紙を頂いていたし、優は裕美と私で付けた名前だったから」
――
父は派遣社員のなかに“山内裕美”の名前を見つけた。
父は彼女の名前を覚えていたらしい。
契約社員にして、ずっと契約延長して見守っていたらしい。
いつか俺と逢わせたいと思っていたようだ。
裕美さんは数年前に元彼と十五年ぶりに再会。
相手はバツイチだったので、直ぐに交際となったようだ。
子供が出来て裕美さんと再婚したが、その子は産まれてこなかったらしい。
幸せだった日々が突然崩れる。
その旦那が突然倒れ急逝し、その後妊娠がわかったらしい。
父は裕美さんの旦那さんが亡くなったと聞いて、俺のことを含め色々訊いたと……
俺の本当の父親も豊田優悟だったと解り安堵したと。
「彼が亡くなったばかりですぐに結婚すると聞いて、娘と芳樹さんに事情を聞いたの。
すると、養子に出した子供を引き取ってくれた人だと……。
全ての事情を飲み込んで芳樹さんはお腹の子供ごと引き取ってくれた。
あなた達は私の本当の孫よ」
山内富子さんが俺達を抱き締める。
星良はもう眠そうだ。
星良は正真正銘俺の妹だ。
父に感謝する。
あぁ、星良は今日も可愛い。
読んで頂き有り難うございます。
感想等いただけると嬉しいです。
宜しくお願いします。
桂木 星良は 「化け猫の転生恩返し 外伝」の方にも
登場しますので 良ければ読んでみてください。