たったコップ1杯
水が飲みたくてたまらん、喉がカラッカラだわ。
目の前がぼやけてきて、だんだん見えんなってく……。
おれは、竹山 晴彦。
父ちゃん、母ちゃん、おれ、妹の4人家族だったんだて。
うちは裕福とは言えんけど、困っとるほどでもなくて、まぁそれなりに幸せに暮らしとった。
でも、父ちゃんが兵隊で呼ばれてってから、つらい毎日が始まったんだわ。
おれは、その時、何で父ちゃんが行かんならんのか分からんかったけど、戦争だってのは、あとから聞いた話だわ。
母ちゃんは、それからずっと、おれと妹のために必死に頑張っとった。
たまに顔が腫れとったこともあったけど……きっと、なんか盗ってきたんだらぁな。
だからこそ、おれは残さず食べて、母ちゃんに「ありがと」って気持ち伝えたかったんだて。
そのうち、母ちゃんが倒れてまった。
代わりに、おれが学校やめて働きに出たんだわ。
仕事は兵隊さんの荷物運んだり、重たいもんかついだり、そんな毎日だった。
でも戦争が激しくなってきたのか、うちのあたりにも爆弾がよう落ちてくるようになったんだわ。
びびりながらも、病気の母ちゃんと、帰りを待ってくれとる妹のために、死ぬ気で働いとった。
そんなある日、父ちゃんが戦死したって知らされた。
母ちゃんはそれ聞いて、病気が悪化して、ほとんど起きれんようになってまった。
妹は、まだ小さくてよう分からんかったのか、ずっと父ちゃんのこと聞いてきた。
おれも受け入れられんかった。つい、妹に怒鳴ってまった。
「もう、あっち行っとって!」って。
妹はびっくりした顔して、母ちゃんのとこ行っちゃった。
その日も、朝早くから仕事で家を空けとった。
それが間違いだったんだわ。
母ちゃんと妹、二人とも死んでまった。
いつも通りの空襲警報だった。
でも、まさか落ちるなんて思っとらんかった。
いや、思いたくなかっただけかもしれん。
家の近くに爆弾が落ちて、母ちゃんは寝たきりだったもんで逃げれんかった。
妹も、まだ子どもで何も分からんかったんだわ。
おれが帰ってきたときには、もう火の海だった。
家族も、家も、何もかも、全部、無くなってまった。
そっから仕事もせんようになって、何もやる気が起きんようになってな。
でも、金なんてあるわけないで、身体は痩せ細って、骨ばっかになっとった。
それでも腹は減る。
たまたま見かけた人から、ご飯盗ったんだわ。
必死で逃げたけど、大人の足は速かった。
すぐ捕まって、殴られて終わりだったけど……腹は減ったままだった。
もう一回、母ちゃんのご飯が食べたい、って思った。
でも、もう力も入らんし、喉が乾いて仕方ない。
ふと、上から何かポタポタ落ちとる。
目も見えんけど、水やと思って、それを口に入れた。
一口、また一口……。
それでも、喉の渇きは消えんかった。
だんだん、辺りが暗うなってきた。
まだ昼やと思っとったけど、どうやら夜だったみたいや。
寝るとこ探そうと立ち上がろうとしたけど、力が入らん。
それどころか、目の前がどんどん暗くなってく。
もう、ほとんど何も見えん。
おれ、どうなってまったんだろか――。